第12話 間違い探し


 利斗が提案したのはFOXの画像認識機能を利用した間違い探しだった。写真をとり、二人で移動し『4階』をループさせ、再び写真を撮る。その後、FOXに撮った二枚の写真を比較させ『間違い』がないか探るという方法だ。実際に試したところ、この試みは上手くいった。


FOX:2枚目の画像は掲示板に貼られたポスターのフォントが1枚目と相違します。


 AIの正確さに花子さんは驚きの声を隠せなかった。


「すごいな、わたしは全然気づけなかった」

「ぼくもだよ。でもAIも完璧じゃない。だからぼくたちの方でも『間違い』がないかダブルチェックしながら進もう……まったく、大人がもう少ししっかりしてくれてたら、より実用的で正確なAIがとっくにできてるだろうに」

「なんの話だよ?」

「いや、なんでもない。さぁ行こう花子さん! 二人でこのループを破壊しよう!」


 利斗が誤魔化すようにテンションをあげた様子を見て、花子さんは怪しく思った。だがひとまずこの状況から抜け出すことを優先させ、利斗と並んで歩くことにした。


 ◆


 1ループめ。FOXが間違いを見つける。


FOX:蛍光灯の総数が異なります


「おい、よく見たら滅茶苦茶減ってるじゃねぇか! なんで気づかなかったんだ!」

「大胆な間違いだと、案外気づけないものなのかもね」


 2ループめ。またFOXが間違いを見つける。


FOX:窓のサッシの種類が異なります


「分かるかこんなもん!」

「これは理不尽だね……」


 3ループめ。FOXに確認する前に花子さんが間違いに気づいた。


「あー! 見ろよ利斗! タイルの色がさっきと違う!」

「うわっ、ほんとだ。すごいね花子さん」

「へん、学校の用心棒をなめんなってんだ」


 4ループめ。間違いに――ではなく間違いがないことに気づいたのは利斗だった。


「違和感あるように思ったけど違うのかよ……」

「床の色、蛍光灯、サッシ、プレート。全部変わってない。進んで大丈夫」


 5ループめ。利斗が写真を撮ろうとするのを花子さんが止めた。


「なぁ利斗。写真撮る前にさ、二人だけで確認して間違いを探してみないか?」

「花子さん奇遇だね。実はぼくもそうしたいと思ってたんだ」


 二人は間を置いて大きく笑った。二人ともまだこのループの間違いには気づけていない。けれども、自分たちがこの間違い探しをしている状況を楽しんでいることには気づいたのだ。


 ◆


 間違いのないループを進むたび、利斗の予想通り窓の血で描かれた数字は進んだ。そして数字が『7』を超えたあと、窓の血はなくなった。利斗と花子さんは視聴覚室側の階段を下る。下り終わった二人が辿り着いたのは4階音楽室前――ではなく3階の廊下だった。ふたりはしばしの間顔を見合わせたあと、


「「やっっったぁぁぁ!」」


 共に歓喜の雄たけびを上げてハイタッチした。


「やったね花子さん!」

「ああ。二人でやればなんてことなかったな! 楽しょ――」


 花子さんは言葉の途中で利斗を突き飛ばした。一瞬、利斗はまた花子さんを怒らせたのかと思ったが、すぐ違うことが分かった。


 ヒュン! という空気を裂く音のあと、1秒前まで利斗がいたところを金属片が通り過ぎ、固いコンクリートの壁に突き刺さったのだ。花子さんは突き飛ばした利斗を今度は素早く引き戻すと、自分の後ろに隠れさせ、素早く拳銃を抜いて構えた。


「ついに黒幕がお出ましになったか」


 銃口の先には大きな木造の古時計があった。利斗は花子さんの肩から顔を覗かせて言う。


「屋上への階段にある時計じゃないか。なんで3階に」

「悪いもんがとりついてるからだ」


 古時計の正面のガラス戸が開く。そこから歯車や時計の針などの機械部品がまるで植物のツタのように連なって出てくる。


「こいつは多分『チクタクマン』だな」

「チクタクマン?」

「『クトゥルフ神話』っていう古いホラー小説の設定にちなんでわたしが勝手にそう呼んでる。大事にされなくなって、付喪神がいなくなったあとのモノ。特に機械に入り込む『神様モドキ』だ。付喪神がモノに残した神力の『残りかす』を使って悪さをする」

「モノを大事にしろーっていう警告のため?」

「いや、チクタクマンは人が困ってるのを見るのが好きなんだ。人がただ苦しんでる姿が見たいだけで悪さする怪異は結構多い」

「それで最新の『恐怖』も取り入れてループする4階を作ったんだ」

「そういうこったろうな」


 チクタクマンは機械部品のツタをうねらせると、先端から尖ったネジを3本発射した。花子さんは拳銃を叩くようにして早撃ちをする。放たれた『想像弾』は全てのネジに命中、火花を散らしながらチクタクマンの攻撃を防いだ。一瞬の出来事に、利斗は何が起こったのかすぐには理解できなかった。


「利斗、ケガしてないか?」


 そう優しく聞く花子さんはとても落ち着いていて、利斗には彼女が4階で怒ったり、はしゃいでた人物とは別人に――まるで映画やアニメの中のヒーローのように見えた。利斗は頷いてから聞いた。


「で、どうやったら倒せるの? 八尺様みたいに急所を撃てば勝ち?」

「いや、残りかすとはいえ、仮にも神様の力を使ってるやつだ。ただ撃っただけじゃすぐ復活する」

「じゃあどうやって」


 花子さんは拳銃をくるくると回した後、ホルスターにしまった。


「前に言ったろ。わたしたち怪異の世界は『思い』や『想像力』が強い世界だって。だからこいつにきちんと『負けた』と認識させて、この場から追い払う」

「認識させるって、説得とか?」

「いや、もっと分かりやすい方法――」


 花子さんは一歩前に出ると大きく足を開いて、チクタクマンとなった古時計を見据えて言った。


「決闘だ」

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