第11話 流行り物
4階。痛いほどに鮮やかなオレンジの夕陽が照らす中、花子さんは自分の周囲に向けでたらめに拳銃を撃っていた。
「クソクソクソクソ!」
汚い言葉を吐くが状況は変わらず、花子さんは4階の廊下から抜け出せずにいた。
「まどろっこしいことしてないで、出てきて勝負しやがれこのチキン怪異野郎!」
威勢のいい言葉も、虚しく廊下に響いたあとに消えてしまう。そして花子さんの怒りが頂点に達しようとしたとき、花子さんはふいに何かの気配を感じた。気配の方向へ拳銃を勢いよく向ける。
「花子さん、ぼく。ぼくだよ。利斗だ」
銃口の先には目を点にして驚きつつ、両手をあげて降参の姿勢をとる利斗がいた。威勢のよさで心細さを誤魔化していた花子さんは、自分以外の誰かの存在に一瞬顔を緩めかけた。だがすぐさま眉間にしわを寄せて利斗を責め立てた。
「てめぇ! なんでここにいる!」
「ぼく花子さんに謝りたくて」
「謝るだぁ?」
「それで学校中探したんだけど見当たらないから、もしかしたらと思って儀式を試したら見つかったんだ。異世界、なんか普通だね」
「異世界なわけねぇだろ!」
花子さんは拳銃で周りを指す。
「ここは普通に学校の4階だ。けどなんかの怪異が結界かなんかを張って『別の4階』を作り上げてる。その中に二人して閉じ込められちまったんだよ!」
「儀式なしで来た時は普通の4階だったのに」
「たぶん儀式が結界に入るための『鍵』みたいな役目を持ってるんだろうよ。一気に人がいなくなって不審がられないよう、限られたやつだけ閉じ込めようとしてるんだろうさ」
「なんでそんなことするんだろうね」
「こっちが聞きてぇよ!」
利斗は手を口に当てて少し考えてから、廊下の様子をスマホのカメラで撮影する。その後、廊下を引き返し、音楽室側の階段を下る。そして花子さんが前に試した時のように音楽室前に戻ってきてしまった。走って視聴覚室側の階段を下るが結果は同じ。音楽室の前に戻る。
「なるほどね」
「なるほどねって……もうイライラ通り越してお前のそのぼーっとした態度が羨ましく思えてきたよ」
利斗はジト目で自分を見る花子さんを通り過ぎ、窓ガラスに流れた血の跡を見た。そして手を叩いてから言った。
「分かった」
「はいはい、出られないのが分かってえらいねぇ、よちよち」
「怪異の正体とか、目的は分からないけど、今この場所から抜け出す方法は分かった」
「すごいでちゅねぇ、ここから出る方法が分かったんでちゅ……え?」
花子さんは自分の耳を疑った。利斗は自信ありげに答える。
「これ『間違い探し系脱出モノ』だよ」
「間違い……脱出?」
聞きなれない言葉に花子さんは首をかしげる。利斗は説明を続けた。
「この廊下、実は普段とは違う部分、『間違い』があるんだ」
そう言って利斗が指さしたのは教室の出入り口にある、組番号が書かれたプレートだ。
「6年二組……普通じゃないか」
「本当にそう思う? よく見てみて。周りも含めて」
花子さんはじっとプレートを見た後、他の組のプレートも見て手を打った。
「あー! 組のところ! 『2組』になってなきゃいけないのに漢字で『二組』になってる!」
「その通り! 流石花子さん!」
花子さんの言う通りだった。他の組のプレートは『1組』や『3組』だが、間の2組のプレートだけが違っていた。間違いに気づいた花子さんに、利斗は嬉しそうに指を鳴らして答えた。
「もし間違いがあれば、引き返す。ついてきて」
「え、ちょ! 急に引っ張んな!」
花子さんのポンチョを引っ張りながら利斗は音楽室側の階段を下る。また同じように音楽室前には戻ってきてしまうが――
「花子さん、さっきのプレートのところを見て」
「『2組』に戻ってる……」
「逆に普段と間違いがなければ視聴覚室側の階段に進めばいい。多分、窓ガラスの血は数字の『1』で、正しく進めば数字が増えると思う。そして決められた数字に到達すれば、ここから脱出できる。何回やれば抜け出せるかは分からないけど、法則としては間違いないはずだよ」
確信したような利斗の口調が花子さんには不思議だった。
「なぁ、利斗。なんでお前はこの結界のルールに詳しいんだよ」
花子さんが見る限り、利斗はオカルトやホラーが好きそうには見えなかった。パソコン室に入り浸っているあたり、そういうものを軽視してそうだとも思えた。利斗はそんな花子さんの疑問にあっけらかんとして答える。
「だって、ちょっと前に流行ってたじゃん」
「流行ってた……?」
「『8番出口』みたいな間違い探し系脱出ゲームだよ。それにそっくり、というかまんまだね。『都市伝説や怪異はその時代の流行りの影響を受ける』ってきなこさんの貸してくれた本に書いてあったんだけど、本当だったんだね。勉強になったよ」
「そ、そうなのか……」
「花子さんは知らなかった?」
花子さんは恥ずかしそうに俯くと、消え入りそうな声で言った。
「知らない。お前みたいにスマホ? は持ってないし、お前たちに怖がられないように、昼間は宿勅室にいるから話とか聞けないし……」
花子さんに先ほどまでの威勢のよさはどこにもなく、空気の抜けた風船のように小さくなって手元の拳銃をもじもじといじる。
その様子を見て利斗は自分の言葉を後悔した。少し考えれば、花子さんが学校の外のことを知ることが難しいことくらい思いつけたのに、と。
かといって、ここで気を遣った発言をすることもしなかった。きっと余計に落ち込んだり、恥をかかされたと思うからだ。利斗も頑固者な花子さんの人となりを多少は掴んでいた。
なので利斗は自分の恥ずかしい部分を正直に話すことにした。満面の笑みで。
「花子さん、実はね」
「……なんだよ」
「ぼく、こういう『間違い探し系脱出モノ』めちゃくちゃ苦手なんだ」
「……は?」
「友達に遊ばせてもらったことがあるけど、全然クリアできなかった!」
一瞬、二人の周囲がとても静かになった。そしてすぐ花子さんは叫びながら利斗の肩を掴んで揺さぶった。
「はぁぁぁ?! 何やってんだよお前ぇ!」
「どうだ、すごいでしょう」
「自慢げに言うことじゃねぇだろぉ!」
「あはは」
「あははじゃねぇよ! わたしだってそんなまどろっこしいのは苦手だよ! どうすんだよもう!」
「大丈夫。ぼくらが苦手な部分は他の人……いや、モノに手伝ってもらえばいい」
利斗はスマホを顔の横に掲げ、微かに笑って言った。
「AIに手伝ってもらおう」
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