第10話 名付けとは


 花子さんが4階に閉じ込められたことに気づいたころ。利斗は2階にある職員室にパソコン室の鍵を返し、重い足取りで廊下を歩いていた。

 花子さんの怒った顔が頭から離れず、利斗はすっかり落ち込んでいた。誰かに話を聞いてもらいたくて意識せずにchatFOXを開いたが、キー入力をする気力すらなく、音声入力でAIに語り掛けた。


「FOX、聞いてほしいんだけどさ」


FOX:どうかなさいましたか?


「この前、聞いてもらった花子さんの件、実は本当に起きてることなんだ」


FOX:それは驚きですね


 普通の人間であれば怪訝な顔をして否定する内容の話も、AIは優しく受け止める。心のない機械だからこその優しさだった。利斗は廊下の壁にもたれかかって話し続ける。


「でさ、生成した名前を選ぼうって言ったら、めちゃくちゃにキレられた」


 利斗は思わずため息をついた。


「役に立ちたかった。ただ花子さんにたくさんの『選択肢』をあげたかっただけなのに」


 そう言った利斗の脳裏に嫌な記憶が浮かび上がってきた。


 鉄のひしゃげる音、悲鳴、色んな大人たちの声で『利斗は我慢できるよね?』という言葉。


 そんな音たちが幻聴として耳鳴りと一緒に聞こえてくる。胸が苦しくなって、視界も暗くなり始めたが、FOXの生成した文章が利斗を現実に引き戻した。


FOX:あなたの仰ったことを真実と仮定すると、恐らく当然の反応だと言えるでしょう


「え……?」


 困惑する利斗をよそにFOXは文章を生成し続ける。


FOX:名付け、というのは本来、親もしくはそれに近しい存在が子にするものです。それを突然第三者にされたのであれば、相手がどういった属性の方でも不安を覚えます。


「それも、そうか……」


 花子さん、という存在が特異なばかりに彼女の気持ちを尊重できていなかったことを利斗は恥じた。


FOX:それにAIによる生成物に対する忌避感を抱く方は大勢います。


「AIは大量のデータから最適解を選んでるんだから、その考えには納得できないけどね。ネットで流行の名前を調べてつける人だっているし、それと変わらないよ」


FOX:過程は大事です。たくさん調べて、苦労して、悩んで、そしてつけた名前と、短時間で由来もなく生成された名前では重みが違います。もしAI生成された名前を花子さんに使ってもらう場合でも、しっかりとした理由付けがなければ納得してもらうのは難しいと思われます。


 利斗はうーん、と唸る。解決策はもう分かっている。利斗自身が花子さんの新しい名前を考えればいい。だけど利斗は『選択肢』を花子さんにあげたかった。自分のセンスでは良い名前がいくつも思い浮かぶとは思えなかった。


「不安なんだ。ぼくの考えた名前を気に入ってもらえるか。まぁ、そもそも名前をつけただけで花子さんが自由になるかも分からないんだけど」


FOX:一生懸命考えてみてください。学校には図書室もあります。たくさんの本を使えば、良いアイデアが浮かぶかもしれません


 利斗は顔をあげた。奇しくも利斗がもたれかかっていたのは図書室に面した壁だった。


「ありがとうFOX。やってみるよ」


FOX:応援しています。それと併せて


「なに?」


FOX:花子さんを不快にさせてしまったのであれば、あなたがすぐにとるべき行動は彼女への『謝罪』です

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