第9話 デマと真実
花子さんは利斗に対する怒りを引きずったまま、学校の階段を手を八の字に動かしながら登っていた。利斗を監視していたときに、クラスメイトたちの異世界へ行く噂話を花子さんも聞いていたのだ。
「ったく、腹が立つったらしょうがねぇ。ぶん殴らなかった自分を褒めてやりてぇ」
途中何度か他の人とすれ違ったが、誰も花子さんのことを認識できない。自分を見ることができる人間が現れたら、と考えることは花子さんにもあったが、実際に見ることができる人間である利斗の態度が花子さんは気に入らなかった。
「このイライラは例の異世界怪異にぶつけて解消してやる」
花子さんがそう言ったとき、ちょうど校舎の4階に到着した。七つ橋小学校の4階には音楽室、視聴覚室。そして6年生の教室がある。花子さんの昇ってきた階段側には音楽室があり、6年生の教室を挟んでもう一方の階段側に視聴覚室がある。音楽室側の階段には屋上への昇り階段もあるが、鍵がかかっており、児童が出入りすることはできない。屋上へ通じる階段の踊り場は物置代わりにされていて、カラーコーンや予備の机、動かなくなった背の高い木造の古時計が置かれていた。
花子さんが辿り着いたのはそんな変哲もない、いつもと変わらない4階の廊下だった。一通り見て回るがおかしなところは見当たらない。
「んだよ。全然普通じゃん」
教室前の掲示板のポスターや窓の外から見える街のお店の看板を見るが、違う言語になっていたりはしなかった。異世界へ入り込んでしまう、という話はデマだったのだ。
「ちっ、しゃあねぇ。利斗のクラスメイトが来るまで待ってみるか」
噂はデマだったが、デマを流して子供をおびき寄せ連れ去ったり、食い殺す怪異もいなくはない。完全に怪異が4階にいないと確認するまでは花子さんはあきらめないつもりだった。囮を使うのは気が引けたが、花子さんは仕方なく敵が現れるのを待つことにした。ひとまず利斗のクラスメイトが来るのが分かるように、3階へ視聴覚室側の階段から降りると、音楽室前に立って様子を見――
「……あれ?」
花子さんは音楽室をじっと見る。今自分は確かに階段を下った。なので3階にいなければいけないのに、何故か4階の廊下の反対側にいる。
「なんだよ、怒りすぎてぼおっとなっちまってたか。らしくねぇ」
花子さんは頭をぶんぶんと振ると音楽室側の階段を下る。そうやって音楽室前に辿りついた。
「は?」
今のは明らかにおかしい。確かに自分は階段を下った。なのに何故か4階にいる。音楽室をじっと見つめた花子さんはさらにおかしいことに気が付いた。
この時間、普段は音楽室のピアノを使って練習をする女子がいることを花子さんは知っている。ほとんど毎日聞こえる彼女のピアノが今日に限って聞こえない。花子さんは視聴覚室側へダッシュし階段を駆け下りる。だが結果は同じで気づけば4階にいた。
「クソッタレ!」
花子さんは自分が4階に閉じ込められてしまったことに気づいてしまった。噂はデマだった。だが怪奇現象が起こるのは本当だったのだ。
廊下の窓ガラスの上から血が一筋垂れてくるのが見える。誰かを閉じ込めたり、人を脅かすような演出――花子さんの経験則からして、悪意を持った怪異の仕業に違いなかった。
「なめやがって……」
花子さんはギリッと歯ぎしりすると、拳銃を抜いて窓ガラスを撃ちまくった。
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