第8話 ひとりこっくりさん
利斗はクラブの用事があると担当の先生に嘘をつき、パソコン室の鍵を借りた。ひとりきりでパソコン室に入るとカーテンを全て閉め、部屋を暗くし、教師用の大きいデスクの上に紙を広げる。紙はこっくりさんで使われる、五十音表、はい、いいえ、そして鳥居のマークが書かれたものだ。ネットで見つけてきた画像に、流行りのキャラクター画像なども合成し印刷したものだ。
利斗は咳ばらいをすると紙の上に10円玉を置き、人差し指を置いたまま腰をくねらせ小躍りし始めた。
「Hey! こっくりさん、こっくりさん。聞こえ――」
「どぅわぁぁぁ!」
突如、利斗の隣に現れた女の子――三日前に会った、ガンマン姿の十六代目“リボルバー”花子さんがものすごい剣幕で机の上から紙と10円玉を払い落とした。邪魔をされたはずの利斗は嬉しそうに笑って花子さんの方を見る。
「よかった。来てくれた」
「よかった、じゃねぇんだよ! 隠れて見てりゃ、やばい真似しやがって。お前、自分が何してんのか分かってやってんのか!?」
花子さんはのんきに笑う利斗の胸ぐらを掴み矢継ぎ早に言う。
「あー言わなくていい。分かってねぇからやれるんだろうからな! お前らガキどもは軽はずみに呼ぶが、こっくりさんはめちゃくちゃにやべぇ怪異なんだぞ! 人の願いを聞いて現れるという点ではちょっとした神様と言っていい。そんな存在を無茶苦茶な手順で呼んでみろ。間違えた手順の分だけ超超超超超レベルアップして召喚されるんだ! お前らが適当に呼んでブチギレた、恐竜みたいなでかさのこっくりさんに何度殺されかけたことか……」
しまいには意気消沈する花子さんだが、利斗は気にしていなかった。
「でもおかけで花子さんが来てくれた」
花子さんは利斗をキッっと睨むが、利斗は気にせずに続けた。
「こうでもしないと、花子さんに会えないと思って」
「利斗てめぇ。この前言ってた『学校から解放する』っていうの、まだあきらめてなかったのかよ」
花子さんの怒気も含んだ言葉に利斗は強く頷いた。
三日前、利斗の『花子さんを学校から解放する』という提案は花子さん自身に断られていた。
花子さんは自分の今の立場を気に入っていた。利斗に言った言葉は強がりでもなんでもなく、ヒーローのように学校を襲う怪異と戦う毎日を花子さんなりに楽しんでいた。だから、利斗の提案は花子さんにとって余計なお世話そのものだった。それに、これ以上利斗が怪異のはびこる『こちら側』に深入りもしてほしくなかった。
なので花子さんは利斗との接触を避け、けれども余計な事をしないか監視していた。
だがしかし、花子さんに会えなくなったことに業を煮やした利斗は、花子さんが想像していた以上の強硬手段に訴えたのだった。これには花子さんも我慢しきれず、利斗の思惑通りに姿を見せてしまうことになった。
花子さんはため息をついた後、人差し指で利斗の胸を突いた。
「あのな、お前のそれは『ありがた迷惑』っていうんだ。善意の押し売りは迷惑行為と変わんねぇぞ」
「オカルトには詳しくないけど、FOX。AIにいろいろ聞いてみたんだ」
「人の話を聞けってんだよ」
利斗は嫌がる花子さんに構わずスマホの画面を花子さんの眼前に差し出した。画面には利斗とFOXの対話が映っている。
利斗:トイレの花子さんって都市伝説あるよね。実はぼくの学校にもそういう都市伝説があるんだ。ちょっとしたシュミレーションなんだけど、彼女は学校から離れられず辛い役目も負っている。そんな彼女をなんとか解放する方法を思いつけないかな。
FOX:科学的な根拠があるものではありませんが、その花子さんは一種の地縛霊となっている可能性があります。そうした霊は土地を浄化、おはらいをすると言った方法で解決ができるかもしれません。おはらいに詳しい、神職の方への相談を提案します。
利斗:お金がないから専門家には依頼はできない。代案ないかな?
FOX:であれば、花子さんに別の名前をつけてあげるのが良いかもしれません。トイレの花子さん、というのは非常にポピュラーな都市伝説です。もしかしすると違う名前をトイレに縛られた霊に与えることで、地縛霊としての存在を書き換え、花子さんを自由にできるかもしれません。
利斗:名案! じゃあ名前の候補を作ってよ!
利斗は誇らしげに画面を花子さんに見せながらスクロールさせる。
「でね、すごくいい名前が何個も生成できたんだ。ぼくは選べなかったから花子さんに選んで――」
利斗が言い終わる前に、花子さんは利斗の手からスマホを叩き落とした。
「あっ、酷い」
利斗は床に落ちたスマホを屈んで拾い上げる。幸いにも画面は割れていなかったが、その画面すら割りそうなほど大きい怒声が花子さんの口から吐き出された。
「ふっっっざけんな! 人のことを馬鹿にするのも大概にしろ!」
「え、あ、花子さん?」
「『酷い』? 自己中のお前に比べればなんだってマシだろうよ!」
「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ。怒らすつもりじゃ」
「ああそうだろうさ! お前が頼ったのがなんなのかよくわかんねぇが、コンピュータに頼りきりなのは見りゃ分かる。そんなんじゃ誰かのことを考える想像力だって、クッキーの食べかすぐらいしか頭に残んねぇだろうからな!」
「まぁスマホはコンピュータだけど、今使ったのは生成AIで――」
「ああ、そうかい。ならこっちも訂正してやる。わたしは『トイレの花子さん』なんて小便くせぇ名前じゃねぇ。『十六代目“リボルバー”花子さん』だ! そのくだらないコンピュータにもそう伝えとけ!」
花子さんはそう言ったあと利斗を片手で突き飛ばしてから背を向け、パソコン室から去ろうとした。
「花子さん、待ってよ」
「うるせぇ。こっちにはお前のご学友が殺されねぇように怪異と戦うっていう大事な仕事があるんだ。お前みたいなバカに付き合ってられっか」
「ならぼくも手伝うよ」
「来んな! お前みたいなのがいたら当たる弾も当たらなくなる!」
ぴしゃり、と言い放った花子さんは乱暴にパソコン室の扉を閉めて出て行ってしまった。パソコン室には途方に暮れてしまった利斗だけが残された。
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