2章 夕陽のループ廊下

第7話 ありきたりな学校の怪談


 利斗が花子さんと会ってから三日たった日の掃除時間。その週、利斗のいる班は校舎3階の廊下の一部の掃除が割り当てられており、利斗は箒を適当に動かしながら、同じ班のクラスメイトたちの言葉に耳を傾けていた。


「知ってるか、夕暮れ時に誰にも見られず、手で八の字を書きながら校舎の1階から4階まで上がると、言葉の通じない異世界の学校に辿り着くんだってさ」


 そう言っているのは班で一番体の大きい男子の南条なんじょうだ。南条はクラスメイトを怯えさせようと声を一段と低くする。


「なんでも、罪人たちの汚れた魂が別の時空への扉を開くんだと……!」


 七つ橋小学校は大昔の処刑場があった場所に建てられた、というのは児童の間でも有名な話だった。なのでこの小学校で語られる怪談には必ずと言っていいほど、処刑場がらみの文言がつく。そんな使い古されたフレーズを含んだ怪談をボーイッシュな女子の野村のむらが茶化す。


「いや、ないっしょそんなの。子供っぽすぎ」


 そんな野村を茶化し返したのは班の中で一番のお調子者の男子、三浦みうらだ。


「あっ、さては野村っちビビってるな~」

「や、ビビってないから。馬鹿馬鹿しいだけだから。きなこもそうだよね?」


 きなこ、と呼ばれたのは喜納田きなだが苗字の女の子だ。眼鏡をかけた文学女子なのだが、本人の性格が明るく気さくで、自分の苗字を面白おかしくした『きなこ』というあだ名を気に入り、男女ともに使わせている。そんなきなこのことなので、この話も


「なにそれ面白そう! 『きさらぎ駅』みたいでいいじゃないですか! やってみましょう!」


 とノリノリだった。男子二人はこの流れに便乗する。


「きなこさんが行くなら、俺たちも行くしかないよなぁ」

「野村っちは女子でチキンだからこれないかぁ」

「あーもう行く行く。付き合ってバカ三人の顔を拝みますよ。ねぇ、利斗も付き合うでしょ」


 4人の話を他人事のように聞いていた利斗は野村の声に気づくのに遅れ、数秒間を開けてから返事をした。


「あーごめん。今日は無理。一身上の理由で」

「でたよ、利斗の『一身上』が」


 少しいじめっ子気質のある南条が意地悪そうな笑みを浮かべて利斗の顔を覗き見る。


「さては怖くて漏らしちゃうから行きたくないんだろ」


 本当に今日は都合があるから断りたいのに。そう思った利斗だが、ストレートに理由を言っても相手は聞かないしイジりはエスカレートする。答えに困窮する利斗だったが、助け舟を出したのは普段は南条の腰巾着をやっている三浦だった。


「いや、多分そいつ連れてってもおもろくないよ。利斗『フェイクドキュメンタリーQ』見ても全然怖がってなかったし」

「そうそう! 利斗さん、私が貸してあげた『近畿地方』も『リング』もあくびしながら読んでました!」


 きなこも三浦に続く。純粋に面白くないやつと思われたのか、南条の追及はこれ以上なかった。


「じゃあ利斗抜きで行くからな。お前ら一回家帰ってから再集合なー」

「明日とかなら良いんだけど……」

「いいよ。利斗は無理に子供っぽいのに付き合わなくて」


 そう言った野村の言葉で放課後の学校探索のメンバー募集は締め切られた。各々、掃除道具をロッカーを入れた後、利斗と他4人は別々の方向に歩む。後ろにいる利斗をチラチラ見ながら4人は、


「半年前に転校してきたときからあいつ変だよな……何かあるとすぐ『一身上の都合』って言うし」

「でも空気が読めないわけじゃないんだな……チクリもしないし」

「むしろノリは良い方というか、クラスでバカなこと最初にやるのあいつだよね」

「利斗さんは良い人ですよ。困った時にすぐ助けてくれますし」


 口々に利斗の人となりを本人に聞こえる声量で話すが、当の利斗は気にしていなかった。利斗は班の4人から十分に離れると、ポケットに隠し持っていた10円玉を取り出し、やる気に満ちた目でそれを見ながら言った。


「よし、やるぞ。ひとりこっくりさん」

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