第6話 叫び


 トイレに置いたスマホを回収したあと、利斗は花子さんとともにグチャグチャになった教室の机を並べ直していた。その最中、花子さんが利斗に言った。


「なぁ、お前なんなんだよ」

「ぼく?」

「お前以外いるかよ」


 花子さんは利斗の存在そのものが不思議だった。霊感がある人間が花子さんの存在を感じ取ったりすることはあったし、八尺様のように霊感がなくとも見える怪異もいる。でも自分をはっきり認識できる人間は初めてだった。そしてその霊感に輪をかけておかしいのが利斗が八尺様に全く恐怖してないことだ。

 花子さんの経験上、小学生はほんの少し、幽霊が物を動かすだけでもこの世の終わりみたいに叫んで怖がる。だから自分も子供たちに触れないよう、気を付けて過ごしている。だが利斗は自分を殺そうとする怪異にも、突然の銃撃戦にも怯えなかった。明らかに異常だ。


「なんでわたしにも八尺どもにもビビらねぇんだよ。もしかしてお前も妖怪の類か?」

「ただの人間だよ。強いて言うなら一身上の都合、かな」

「なんじゃそら。20年この仕事やってるけど、お前みたいなやつは初めてだよ」

「そんなに長くこの学校にいて、みんなのために戦ってくれてるんだ」


 花子さんは頷く。


「わたしは20年前、あの宿勅室で目覚めたんだ。その時に声が聞こえた。『お前は十六人目の花子さんだ。学校に現れる悪しき怪異を殺せ』ってな。それ以来、ずっと八尺様みたいな連中を撃ちまくってる」

「じゃあ花子さんは目覚める前はなにしてたの? よくある『トイレの花子さん』の怪談とかだと学校で死んだ子の幽霊みたいなのが定石だけど」

「あ? 知らね」

「ええ……それって記憶喪失じゃないの? ぼくよりそっちの方がやばいよ」

「怪異なんてそんなもんだろ。パッと現れてパッと消える。西部劇のガンマンみたいに撃ちまくるのは好きだし、この仕事が性に合ってるんだ」

「やめたいと思ったことはないの?」

「ないな。というか、学校から出られないから他にやることもねぇし」


 そう花子さんがケラケラ笑いながら言ったのを聞いて、机を運ぶ利斗の動きが止まった。


「ま、そんなわけだ。これからも学校にいる間は守ってやるから、お前もあんま帰りを遅くするな――」

「ダメだ」

「は?」

「こんなの絶対ダメだ!」


 利斗が大きい声を出したので、花子さんは思わず肩を竦めた。今まで何事にも動じてなかった利斗が叫んだことはとてもインパクトがあった。


「おい、びっくりするだろ。いきなりデケー声出すなって」

「仕事が好きなのは良いことだと思う! でも学校から出られないことや、戦うことしかできないのはダメだ!」

「ちょ、落ち着けって」

「これしかない、なんてダメだ! こんなのは仕事じゃない。ただの呪いだよ! 酷すぎる!」


 利斗は机から手を離すと花子さんに歩み寄って手を掴んだ。さらに驚いた花子さんは大きく目を開いて小さく悲鳴をあげる。


「ひゃぁっ!」


 花子さんの手は氷のように冷たかった。けれども利斗はその手をしっかりと握って言った。


「だれにも花子さんが見えないならぼくがやる!」

「ちょ、離せ……てかなんで急にそんなに熱くなるんだよ!?」

「一身上の都合だ!」

「だからなんなんだよその都合って!」


 少し赤くなっている花子さんの顔をまっすぐ見て、利斗は宣言した。


「ぼくが花子さんを学校から解放する!」

「え、は? はぁぁぁぁぁぁ?!」


 花子さんは驚きのあまり自分の記憶の中では一番大きい声で叫んでしまった。だが、虚しくも利斗以外にその叫びを聞く者はいなかった。

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