第5話 We can Fight!
利斗を追っていた八尺様が不意に顔をあげた。男子トイレのほうから子供の嗚咽が聞こえたからだ。八尺様はのしのしと男子トイレに歩み入る。泣き声は一番奥の個室から響いていた。八尺様は子供が怯えている様が好きだった。理屈ではなく、本能からの嗜好だった。なので、子供がしっかり怖がるように手前の個室から順に扉を壊しながら近づいて行った。八尺様が近づくたびに泣き声が大きくなる。
そして最後のドアに立った時、壊すのを止めた。男の子を油断させ、安心しきったところを長い手足を使って個室の上から掴み上げる算段だ。そうしたほうが子供が怖がる。八尺様は頃合いをみて手を伸ばしたが、急に泣き声が止んだ。代わりに
『We can Fight! We can Fight!』
という自信に満ち溢れて良そうな男女の掛け声が聞こえてきた。不思議に思った八尺様は個室の上から覗き見た。
トイレには男の子――利斗はいなかった。かわりにあったのは、便座の蓋の上に置かれたスマートフォンで、画面にはYouTubeの動画が流れていた。タイトルは『男の子泣き声 映画用SE』。だが流れていたのは、筋肉を誇らしげに見せる男女の動画――トレーニングジムの広告だった。
『ぽっ!』
騙されたことに気が付いた八尺様は振り返る。入口近くの掃除用具ロッカーに潜んでいた利斗が頭に雑巾を乗せながらロッカーから飛び出し、男子トイレから逃げ出していた。
『ぽぽぽぽぽぽ!』
「あはは。We can Fight! We can Fight!」
自分の置かれた状況が滑稽で、なんだかおもしろくなってしまった利斗は笑いながらFOXが提示してくれたルートを走った。
男子トイレをでて右、外へ通じる体育館に近い出入口から外へ逃げる。そしてグラウンドから校門の方へ走り抜けようとするが、
「あっ!」
利斗は石につまづき、グラウンドの真ん中で転んでしまった。すぐ動けない利斗にすぐさま八尺様が迫る。
『ぽぽぽぽぽぽーぅ』
利斗が死の恐怖に怯える様が見たくて、八尺様はわざとゆったりと近づいた。だが利斗は動じていなかった。
「ごめんね八尺様。一身上の都合でぼくはきみのことがちっとも怖くないんだ」
『ぽ?』
「それに今は味方がいる。全然怖くないよ」
利斗は地面に倒れたまま、隠し持っていた防犯ブザーからピンを引き抜いた。すぐさま甲高い音が学校の敷地中に響き渡る。
パーン!
防犯ブザーの音に混ざって破裂音が聞こえたかと思うと、八尺様の視界が暗転した――否、正確には撃ち倒された。利斗からほんの数センチしか離れていない距離で、頭に大きな穴をあけた八尺様が音を立てて倒れる。
破裂音の出どころ、校舎2階のベランダにはライフルで八尺様を狙撃した花子さんがいた。冷や汗を袖で拭いながら決め台詞を言う。
「Amen!」
花子さんは防犯ブザーの音で利斗がどこにいるか分かり、居場所を見つけて攻撃できた。そしてライフルはFOXの予想通り、開けた場所で効果を発揮した。利斗はベランダにいる花子さんに向って親指を立てた。
「ナイスショット!」
花子さんはむっとした顔で、親指を下に向けて返した。
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