第3話 Amen!


 花子さんは右手にライフル、左手に拳銃を持って二つの銃口をそれぞれ八尺様に向ける。


「ちっ……二体いたのかよ」

「珍しいことなの?」

「ああ。獲物の取り合いになるから八尺様タイプは単独行動が基本なんだ。なんだってツーマンセルで動いてるんだ……」

「特別に仲がいい二人なのかも。友達がいるのはいいことだ」

「ああ、そりゃいいな。『八尺姉さま、今日はパソコンオタクっぽい男の子をちぎって食べましょう?』『賛成よ八尺子。上半身の美味しいところはあなたにあげるわ。付け合わせに学校の怪異もいただこうかしら』ってか。いい訳ねぇだろバカ!」


 利斗と会ったときとは打って変わって、花子さんの表情に余裕はなかった。


「お前を守りながら近接パワータイプの怪異を二体同時に相手にするのは分が悪すぎるんだよ」

「つまり、ぼくが足手まといだと」

「そういうこった。分かってるならわたしから絶対離れんな――」

「分かった。ぼくが八尺様を一人ひきつけるから、その間にもう一人を倒して」

「ああ、了解どうぇっ?!」


 花子さんが止める前に利斗は体に穴の開いた方の八尺様の方へ走り出した。八尺様の手が利斗に伸びるが、利斗はしっかりと手の動きを見て頭を下げて躱す。そのまま八尺様の長い足の間をスライディングで通り抜け走る。


「なるべく早めに終わらせてねぇ~」

『っぽ、ぽぽぽ』


 間延びした声を出した利斗を穴あき八尺様が追う。


「バカ! いいから戻ってこい! 死にてぇの――」


 助けに行こうとした花子さんを、穴のない八尺様の日傘突きが襲う。殺気を感じて花子さんは躱すが、日傘の先端が頬をかすめ、そこに一筋の赤い線ができた。


『ぽぽぽぽ』

「すげぇな。その傘から『子供をぶっ刺して殺す』っていう『思い』をバンバン感じるぜ。刺されたらわたしもどうなるかわかんねぇ」


 花子さんは頬の血を指で拭うと不敵に笑って拳銃を八尺様に向けた。


「だけどな、銃が日傘に勝てる想像もできないだろ、お嬢さん? きついのをお見舞いしてやるよ」

『ぽぽぽ!』


 挑発に怒り狂った八尺様は大ぶりで、けれども素早く日傘を振るい始める。この猛攻には花子さんも銃の狙いを定めることができず、攻撃を後ろに下がって回避することしかできない。花子さんは近くの教室に飛び込む。八尺様の筋力はあまりにも強く、日傘が振るわれる度に教室の机がまるで台風に飛ばされたかのように舞った。


「ハハハ! こりゃこのクラスのやつらの1時間目は掃除で潰れるな!」


 余裕そうな言葉とは裏腹に花子さんは後ろに下がり続け、ついには教室の隅にまで追い込まれてしまった。


『ぽーっ! ぽーっ!』

「お前、勝ったと思ってるだろ」

『ぽぽぽぽぽ!』

「あーやだやだ、これだから田舎怪異は嫌いなんだ。頭が悪くて戦ってても面白くねぇ」

『ぽーっ!』


 死ね、という言葉の代わりにぽと叫びながら、八尺様は花子さんに致命の一撃となる突きを繰り出す。これこそ、花子さんが待っていた攻撃だった。


「そらっ!」


 花子さんは大きく右足を振り上げると、自分を刺そうと下向きに突き出された日傘の先端を踏みつけた。


『ぽっ?!』

「バーカ。部屋の狭い場所じゃ傘は振れないから、突き攻撃をしてくるのがバレバレなんだよ」


 八尺様は傘の持ち手に力を入れて花子さんを跳ね除けようとするが、上手くいかない。傘が動かない。教室の机を軽々吹き飛ばす力がまったく発揮されない。


『ぽぅっ?!』

「もう一回言うぞ。バァァァカ!」


 花子さんは歯を剥き出しにして笑った。


「てこの原理を知らないのか? 支点が作用点に近けりゃ、滅茶苦茶力を入れないと物は動かないんだぜ。今は傘の先端が作用点、そして支点がわたしの足だ」


 はっとした八尺様は傘を手放そうとしたが遅かった。


「Amen!」


 花子さんが決め台詞を言うと同時に、彼女の持った拳銃が6回、火を吹いた。6発の想像力で作られた弾丸は全て八尺様の頭部に命中し、6個の穴を作る。


『ぽぅ……』


 力なく呻いた後、八尺様はどしん、と音を立てて倒れる。その体はすぐさま溶け出し、跡形もなくなった。


「言ったろ。日傘で銃に勝てるわけねぇって」


 花子さんは拳銃を回してからしまうと、あたりを見渡し、めんどうくさそうに頭をかいた。


「やれやれ、机を戻しといてやるか。授業が潰れてこの教室のガキどもがこいつみたいにバカになったら困――」


 花子さんはそう言いかけたとき、今日出会ったもう一人の『バカ』の存在を思い出した。


「どぅわぁぁぁ! 利斗のこと忘れてたぁ!」

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