第2話 宿勅室


 嫌そうな顔をしながらも花子さんは「とりあえず拠点に戻る。ついてこい」と歩きだした。利斗もそれについていく。


「あいつ……八尺様タイプの怪異は基本、一度狙った獲物はあきらめない。いつまでもしつこく追ってくる。熊かよって」


 利斗は花子さんの話を聞きつつ、友人たちがしていた噂話を思い出していた。


『七つ橋小学校には花子さんという幽霊がいる。おかっぱ頭に赤いスカートという出で立ちで3階の女子トイレに住み着いている。座敷童のようないいお化けで、誰かが悪霊なんかに襲われていると助けに来てくれる』


 というものだ。けれど利斗の目の前に現れた『花子さん』はそんな噂話とはまるっきり違っていた。もしかしたら、花子さんを自称する、人間の妖怪ハンターとかかもしれない。そう思った利斗は通学カバンから父のおさがりのスマホを取り出すと、そのカメラを花子さんの背に向けた。そして、


「……そうかぁ」


 スマホの画面には何も映っていなかった。ただ放課後の廊下が写るだけ。目の前の女の子は正真正銘の怪異なのだ。利斗の驚きの声を聞いた花子さんはちらりと振り返って言う。


「あいつらみたいな怪異が出てるとき、携帯は通じなくなる。先生とか大人も何故か子供を認識できなくなるんだ。助けは呼べないぜ」


 花子さんは利斗がスマホで助けを求めようとしてると勘違いしていた。利斗は画面の上を見る。確かに普段は校舎内ではしっかり立つアンテナが、圏外の表示になっていた。利斗は思わず顔を険しくするが、反対に花子さんは何でもないといった調子で言った。


「大丈夫だって。わたしがお前を守る。ちゃんと学校から出してやるよ」


 利斗は自分を守ると言ってくれている花子さんに勝手にカメラを向けたことを申し訳なく思い、無言で小さく頷いてからスマホをしまった。


 ◆


 花子さんの言った『拠点』は彼女の見た目と同じく噂とはかなり違っていた。校舎3階ではなく2階、今は誰も使わなくなった宿直室の前に花子さんは立つと、扉を七回、拳で力強く叩いた。するとドアにつけられたプレートの文字が歪み『宿直室』から『宿勅室』へと変わった。


「ちょっと散らかってるけど、気にせず入ってくれ。お前ひとり廊下に残してる間に八尺様に襲われどうしようもないし」

「……お邪魔します」


 得体のしれない部屋に入るのに抵抗がないわけでななかったが、しっかり拒絶するほどの忌避感がなかった利斗は素直に部屋に入った。


 宿勅室は四畳半の畳が敷いてある和室で窓がなかった。部屋の中央にはちゃぶ台が置かれ、その周囲にはがらくたと古い映画のビデオテープの入った段ボールが乱雑に置いてある。部屋の隅には大きな箱のようなブラウン管のテレビがあり、ビデオデッキと繋がれ古い西部劇の映画を流していた。花子さんの言葉通りお世辞にも綺麗な部屋とは言い難い。だが、そんな散らかった光景も部屋の奥にある仏壇に比べれば些末なものだった。


 仏壇には仏具が置かれておらず、代わりに遺影のようなバストアップの写真がいくつも置かれていた。そこに映っているのは全員、利斗や花子さんと同じくらいの年齢の子供だ。写真の中の子供たちは普通の服を着ている子もいれば、神社の巫女さんのような服を着た女の子や、古い魔法少女アニメのステッキを持っている子等、多様な容姿が揃っていたが、皆きまって張り付けたような笑顔をしていた。


 若干の不気味さを覚えつつ、利斗は遺影を数えた。15枚。


 利斗は花子さんの言葉を思い出していた。


 十六代目“リボルバー”花子さん。


 目の前の花子さんは自分を『十六』代目、と言った。1引けば写真の枚数と数が合う。利斗の思考の歯車が嫌な考えを作り出す。名前に『何代目』とつくということは、この学校の花子さんは代替わりしているということだ。今、自分が見ている写真の人物たちは過去の、歴代の花子さんたちなのではないか。では彼女たちは今どこに? 仏壇に飾られるなんて、これじゃまるで――得体のしれないものに困惑している利斗の思考を花子さんの声が引っ張り上げた。


「おし! あったあった!」


 利斗が花子さんの方を見ると、彼女は木製のライフルのようなものを持っていた。社会科見学のときに博物館で見た火縄銃に似ていたが、持ち手のところに鉄でできたわっかのようなパーツがあった。わっかはレバーのように動く仕組みになっていて、花子さんはパーツをガチャガチャと動かしながら満足げに頷いた。


「しばらく使ってなかったけど問題なさそうだな。こいつで抵抗する前にぶち抜いてやる」

「あのさ、さっきの拳銃もだけど、それって本物の銃だよね」

「いや違う。多分モデルガンだ。わたしが目覚めたときに持ってた」


 花子さんは目を閉じ拳を握る。手を開くと、そこにはうっすらとだけ見える、ほとんど透明な弾丸があった。


「『怪異を倒す』。そう強く『思う』とこの弾丸『想像弾』を作れるのがわたしに備わった能力だ。こいつを銃に込めて引き金を引けば、八尺様みたいな怪異をぶっ倒せる。よく言うだろ『幽霊の、正体見たり、枯れ尾花』って。怪異ってのは他人の思いや気持ちの影響を受けやすい。だからやつらには思いや想像力で作った弾丸が良く効くのさ」

「ちょっと待って『目覚めた』ってどういう意味?」

「質問が多いやつだな」

「まだふたつしか質問してない」

「わたしにしてみれば多いんだ! こんなに人と話したのも初めてなんだぞ!」


 花子さんはライフルを肩にかつぐと部屋を出るように顎でドアを指した。


「この部屋に人間だけいた時にどうなるか、私にも分からないんだ。だから籠城もしない。お前を校門まで護送する。そっから先は管轄外だ」

「なんていいい加減な用心棒だ」

「わたしは『学校』の用心棒だ。外のことは知らねぇ。早く出ろ」


 利斗は説明不足に納得がいかなかったが、しぶしぶ従い廊下に出た。その後に花子さんも続く。


「ったく。わたしが見える奴が出てきたときにどうなるかは考えてたけど、こんなに面倒だとは……」

「花子さん。嫌だと思うけどもうひとつ質問していい?」

「やだね」

「質問するね」

「自由かよ……」

「八尺様って分身とかする妖怪だっけ?」


 利斗が無理やりした質問が終わる前に、花子さんは大きく目を見開いて周囲を見渡した。


「ぽ、ぽ、ぽ」

「ぽぽぽぽぽ」


 廊下の端から宿勅室の方へ八尺様が歩みを進めていた。一方の廊下の端から、体に銃弾で出来た穴が開いた八尺様が。そして宿勅室を挟んで反対の方には無傷の八尺様が――二人の八尺様が利斗と花子さんを挟み撃ちするように迫っていた。

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