十六代目“リボルバー”花子さんとAI使いの少年
習合異式
1章 学校の用心棒
第1話 十六代目“リボルバー”花子さん
市立七つ橋小学校に通う5年生の少年、
始まったばかりの6月、放課後。利斗は学校の3階にある涼しいパソコン室から少し蒸し暑く感じる廊下に出た。パソコン室にも廊下にも人はいない。その日、利斗は少し複雑で時間が必要な作業をしていた。そのため、他のクラブメンバーはみな、利斗より先に帰ってしまった。担当の先生も帰るときに職員室に鍵を返すよう言って、パソコン室をあとにしていた。
廊下に差すオレンジ色の夕日が眩しく、目を細めた利斗は廊下の先にいた『それ』を最初、目の錯覚か何かかと思った。だが目が夕日の明るさに慣れてくうちに利斗は『それ』が人の形をしていて、かつ実体のあるものだと気づいた。
『それ』は白いワンピースを着た黒い長髪の女性だった。彼女の腕は異様に長く、右手には折りたたんだ白い日傘が握られていた。なにより目を引いたのが彼女の大きさだった。身長はゆうに2メートルを超えており、白くつばが広い帽子を被った頭は廊下の天井を擦っている。彼女はゆっくりとした足取りで利斗に近づいてくる。
「……ドッキリ?」
利斗はクラスメイトが自分にイタズラをしかけたのではないかと少し疑ったが、その疑いは近づいてくる女性の声と顔で否定された。
『……ぽ』
そう音を発した女性の顔は眼球がなかった。口には歯もなかった。鼻がなく、その顔面には真っ黒な空洞がみっつあるだけだった。目の前の存在がフェイクではないことを認識した利斗は思わず口に出した。クラスメイトが持っていた、怖い話が載った本。それに書かれていた都市伝説。子供をどこかにさらってしまう、長身の恐ろしい怪異。
「八尺様」
『ぽぽぽぽぽぽぽぽぽ!』
利斗が自身の存在を正しく認識したことを喜ぶように、八尺様は鳴いた。利斗は『一身上の都合』で目の前の悍ましい存在に恐怖できなかった。だが、八尺様に対してどう対処すればいいか分からず、その場に銅像のように固まってしまった。
『ぽぽぽぽぽぽっ!』
威嚇するように鳴く八尺様が、いつの間にか利斗の目の前にまで迫っていた。八尺様は手に持った日傘を振りかざす。尖った先端は八尺様を見上げる利斗に向いていて、すぐさま利斗めがけて振り下ろされた。
死
自身の命の終わりにも、利斗は怖がらなかった、怯えなかった、驚かなかった。けれど――
ダン!
という自分の背後からした音には、驚き身を竦めた。状況を理解しようと顔を上げると、目の前にいた八尺様は大きくのけぞり、バランスを崩しそうになりながら後ずさりをした。利斗は今度は自分を驚かせた音を探そうと周囲を見渡す。そして自分の背後から歩いてくる『女の子』が目に入った。
女の子は白いブラウスに深緑のポンチョ、ブルージーンズを着ていた。履いている茶色い革のブーツは高らかに足音を響かせる。背は小学5年男子の平均身長ぴったりの利斗よりも少し高く、八尺様のように長く黒い髪の持ち主であったがその髪はボサボサで、夕日に照らされているにも関わらず青みがかって見えた。そして何より特徴的だったのが彼女の瞳と持ち物だった。深く、けれども鮮やかな青い瞳は、目の前の八尺様を見据えながら不敵な態度を浮かべている。そして瞳と八尺様の間には女の子が持つ、銀色に鈍く輝く古風なリボルバー拳銃があった。目の前の女の子をまるで西部劇のガンマンのようだと利斗は思った。
拳銃の銃口を八尺様に向けながら、女の子は乱暴な口調で悪態をつく。
「クソ田舎妖怪。だせぇファッションで都会に出てきて恥ずかしくないのかよ」
『ぽぽぽ――<ダンダンダン!>――ぽっ?!』
女の子の挑発に対抗した八尺様の吠え声は、拳銃の発射音で遮られた。八尺様の白いワンピースに銃で撃たれたようなみっつの穴ができる。
『っぽぅ!』
八尺様は穴の開いた体に手を当て、苦し気に呻きながらその場から逃げ出した。女の子はそれを見て舌打ちを打つ。
「逃げんな田舎女! ちっ、やっぱ頭ぶち抜かないとダメか」
目の前の光景を眺めることしかできなかった利斗は、目の前にいる言葉の通じそうな女の子になんとか声をかける。
「あの」
「あ? なんだよ。お前わたしが見えるのか」
女の子が気だるげに発した言葉の意味がよく分からなかったが、利斗はとりあえず頷いた。
「あーマジかよ。面倒だな」
「ぼく、なにか悪いことしました?」
「いや、そうじゃねぇよ。わたしの声が聞こえるってやつなら何人かいたけど、見えるってやつは初めてだから、どっから説明したもんか迷ってるんだ」
構えていた拳銃をだらりとさげた女の子は、もう片方の手で髪をわしゃわしゃ掻いた。利斗はまず自己紹介することにした。それとお礼も。
「あの、ぼく5年2組の東木利斗っていいます。助けてくれた……んだよね。ありがとう」
女の子が誰で、どんな存在かは分からない。恐らく八尺様と同様に普通の存在でないことを利斗は感じ取っていた。それでも女の子が自分を襲おうとした八尺様を遠ざけてくれたことには違いない。利斗はぺこりと頭を下げる。
「いいってことよ。これがわたしの仕事だからな」
女の子はなんでもないというように首を振った。
「とりあえずわたしも名乗っとくか」
女の子は手に持った拳銃を指でくるくると回し始めた。
「わたしはこの学校を守る、怪異を撃つ怪異。学校の用心棒。七つ橋小学校の唯一にして無二のガンマン。十六代目“リボルバー”花子さんだ!」
花子さんと名乗る女の子は拳銃をピタリと止めると、慣れた手つきでベルトで吊ったホルスターにしまった。
「よろしくな、り――」
「名前長いね。舌を噛みそうだ。呼ぶときは花子さんで良い?」
利斗が我慢しきれず言ってしまった言葉は、花子さんに眉間のしわと「こいつ助けなきゃよかった」という感情を起こさせるには十分なものだった。
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