第2話 後世の記録
『彼女は恐ろしいほどに美しい魔術を紡いだ。
本来必要とする長い詠唱も使わず、背丈ほどの杖で少し地面を突くだけで、並の魔術師が百人集まっても発動できないであろう難易度の魔術を、いとも簡単に発動した。
その魔術式には一切の無駄が無く、威力、速度、指向性。
そのどれもが完璧だった。
魔術式に完璧などあり得ない。
何処かを伸ばせば何処かが犠牲になる。
そんな常識を超えた魔術を幾つも、何度も紡ぎ、発動していくその小柄な人影は、顔には黒い狐面を被り、帝国軍の深緑の軍服は黒く長いローブに覆われて見えなくなっていた。
その常識外れの格好は、彼女が戦場に出る時の正装だった。
彼女が好んで使うのは、魔術を蝶の形にして飛ばし、その効果を広範囲に届けるもの。
その規格外の魔術で。
彼女はいつでも、その場から一歩も動かずに戦場を支配した。
美しい蝶の軍勢を味方に、静かに戦場を支配する。
その姿は敵味方を選ばず広がって行き、彼女はいつしか、まことしやかにこう呼ばれる事となった。
「戦禍の華蝶姫」と。』
これは、グラッセ帝国軍魔術師団団員の手記に残っている一節。
ここで述べられている「彼女」と言うのは、当時のグラッセ帝国軍魔術師団団長であるヘレナ・クロウ。
第一部で触れた人物であり、周辺各国から「賢王の国」と名高い国である、今の今まで二十九代連綿と続くグラッセ帝国の中でも特に「賢王」と名高い、第三代目の皇帝陛下のウィリアム・グラッセ。
かの人物の婚約者兼帝国の魔術師団団長として、当時皇帝以外であれば世界に七人しかいなかった、禁色である竜胆色を身につける事を許された人間である。
世界随一の魔術師として名を馳せ、五百年経った今でも「魔術の申し子」の名を欲しいままにする魔術の天才。
多くの謎に包まれた人物であると同時に、数々の歴史書にその功績は記録されており、歴史にも名を残した彼女の成した偉業は数えきれないほどである。
だが、現在判明しているだけでも彼女の歩んだ人生はあまりにも波瀾万丈なものだった。
特に、彼女の十八歳までの人生は信じられないような話だけで出来ていると言っても過言では無いだろう。
(グラッセ帝国公式歴史書「グラッセ帝国の偉人達 第二部〜ヘレナ・クロウ 最高の魔術師〜」のあらすじより一部抜粋)
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