訪問入浴

梅雨すみれ

訪問入浴

目を開けることなきひとに満面の笑顔で「はじめまして」と告げた


バイタルを測らんと取る右腕のだらんと重く指の冷たき


弱々しき、血圧、脈拍、呼吸数、呼吸音では雑音強し


吸引を担う訪問看護師の到着を待つひたすらに待つ


熟練のナースが痰を引く手技はイオン流れる清流のよう


我よりも親しき訪問看護師の許可が下りて絶壁に立つ


ハヤブサのごとく訪問看護師は次の任務に飛び去りてゆく


この部屋に正看護師はわれひとり急に背中がずとりと重い


意思持たぬ腕がだらんと落ちぬよう移動の前に手を縛りゆく


浴槽に運ばれてゆくこのひとのしかめ顔なる反応うれし


湯のなかで開いた目蓋はすぐにまた固く重たく閉じてしまえり


湯につかるひとの呼吸を数えつつ鎮まることなき我の脈拍


この部屋を包む香りのシャンプーは妻を愛するひとの選びし


おもむろにカメラレンズを近づけて湯舟の妻を見つめいるひと


物言えぬ母が湯船に浸かるとき二歳の瞳は数珠玉のごと


掛け声のいち、にっ、さんで抱えいるからだぴったり合わせて運ぶ


滑らかな肌は浮腫んで全身の重く膨らむ輪郭までも


マタニティパジャマに腕を通しゆくクマがだらんと寝ている柄の


肩枕を整え気道を整えて酸素飽和度九十一%


一分間呼吸回数数えつつ同じリズムで呼吸を真似る

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

訪問入浴 梅雨すみれ @tuyusumire

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画