とろけるジェラート

下東 良雄

コウジとサトミ

 ガチャリ


「コウジくん、どうぞ」

「お、おぅ……」


 高校一年生のサトミの部屋にやってきたのは、何やらオドオドしている同い年で幼馴染みのコウジ。

 サトミは、黒髪のミディアムストレートに銀縁眼鏡。学校の制服であるセーラー服に黒のダッフルコート姿の見た目からして真面目な女子高生。

 一方のコウジは、派手な金髪のショートヘア。学ランにミリタリー調でモスグリーンのマウンテンパーカーを羽織っている。


「……コウジくん、どうしたの?」

「いや、あの……女子の部屋入るなんて初めてだからさ……」


 いかにもやんちゃな風体のコウジがそんな理由でオドオドしているのかと思うと、サトミはおかしくて仕方なかった。


「あははは、昔はよく来てたじゃない」

「まぁ、そうなんだけどさ……」

「私のこと、女の子だって意識してくれてるのかな?」

「そ、そんなワケねぇだろ!」


 顔を覗き込んできたサトミの言葉に焦るコウジ。

 そんなコウジにサトミは優しい微笑みを送った。


「あっ! このちっちゃいコタツ、まだ使ってたんだな!」


 コウジは必死に話題を変えようとする。


「うん、壊れずに使えてるよ。スイッチ入れるからどうぞ」

「おぉ~、コタツ、コタツ、コタツ♪」


 ガサリとコタツの天板の上にビニール袋が置かれた。

 中にはテイクアウトした色鮮やかなジェラートのカップが入っている。

 以前からチャットで話をしていた「寒い冬にあったかいコタツに入りながら冷たいスイーツを楽しむ」をサトミの家で実行に移したのだ。

 コウジが座った右側にサトミも座った。

 小さなコタツに、足と一緒に手も入れて身体を縮こませるふたり。


「うー、今日も寒ぃな」

「そうだね……」

「……サトミ、どうした?」


 少しずつ暖かくなっていくコタツの中と反比例するかのように、どことなく元気がなくなっていくサトミ。


「……コウジくん、本当に大丈夫なの?」

「なにが?」

「その……女子の家に来るなんて……ルミさんとかに……」

「ルミ? ルミがどうかしたのか?」

「……だって、付き合ってるんでしょ……?」

「えぇーっ!」


 サトミの言葉にコウジは驚いた。


「ないないない! ルミとは確かに仲いいけど、ただのクラスメイトだし、アイツ彼氏いるって!」

「……そうなの?」

「そうだよ! ルミとふたりきりで会ったりしたことないし、アイツの彼氏と三人で話をすることだってある! 教室でする話も大抵アイツの惚気話のろけばなしだし!」

「そっか……」


 ホッとした様子のサトミ。

 一方でコウジは頭を抱えた。


「周りからそんな風に見られてたのかぁ……気をつけないとアイツの彼氏にも嫌な思いさせちまうな……」

「ふふふふふ。あっ、ジェラート溶けちゃうから食べようよ」

「おぅ、そうだな。食べようぜ!」


 ふたりは、ビニール袋からガサガサとジェラートのカップを取り出した。

 袋にプリントされている『JEWELRY BOX』のショップブランド。街で人気のジェラートショップだ。フルーツのジェラートに微細な氷を混ぜ込んで、アイスクリームとも、シャーベットとも、かき氷とも違う、独特な食感のジェラートをラインアップしている。


「サトミのは美味しそうだな!」

「私のは『サファイアキュラソー』と『ベリーベリールビー』のダブル!」


 サトミの目の前に置かれた大きめのカップの中にブルーとピンクのジェラートが入っている。そのジェラートは混ぜ込まれた微細な氷がキラキラと輝いていた。


「青い柑橘系と赤いベリー系か。名前の通り、宝石みたいだな」

「綺麗だよね。私たち高校生が買えるスイーツなジュエリーだね」


 ふたりは笑いあった。


「コウジくんのは?」

「オレのは『ジャパニーズエメラルド』と『オニキスエスプレッソ』」


 コウジの目の前には、グリーンとブラックのジェラートが入っている。


「コウジくんのは和洋折衷!」

「抹茶とコーヒーをチョイスしてみたんだ。早く食べてぇ〜」

「あははは! じゃあ、いただきましょう!」

「いっただっきま〜す!」


 付属の木のスプーンでジェラートをすくい上げ、口に運ぶふたり。寒い冬に暖かなコタツに入りながら、冷たく甘いスイーツを食べる幸せ。それはどこまでも心を温めてくれた。


「……ねぇ、コウジくん」

「ん?」


 コウジはサトミの方へと顔を向けたが、サトミの視線はジェラートに向かったままだ。ゆっくりとジェラートを口に運びながらサトミは続ける。


「ちょっと相談していい……?」

「おぅ、もちろんだ。どうした?」

「今、ウチのクラスで占いが流行ってるんだけど……」

「女子って好きだよな、占い」

「相性占いしててね……クラスメイトの田辺くんと相性が最高って……」

「いっ! 田辺って、あの田辺!?」


 学校でも人気のイケメン男子・田辺。ただ、女癖の悪いことが男子の間では知れ渡っている。


「うん、その田辺くん。その話が田辺くんにも伝わって……」

「な、なんかしてきたのか、田辺のヤツ」

「……田辺くんに言われたの……」


 嫌な予感のするコウジ。


「……付き合ってほしいって……私のことが好きだって……」


 ふたりの手は止まっていた。

 ゆっくりと溶けていくジェラート。


「……あんな地に根の生えていないようなヤツ、やめろよ……」

「でも、私を好きって……」

「あんなヤツの『好き』なんて言葉――」

「それでも好きって言ってくれたもん!」


 コウジの言葉を遮り、サトミは叫んだ。

 いつも大人しいサトミの感情の高ぶりにコウジも驚く。

 サトミはうつむいてしまった。


「……田辺くんが本気で言ってないことくらい、私にだって分かる。ただの気まぐれだって……美味しいモノばっかり食べてきたから、たまにはゲテモノ食べたいだけだって……」

「サトミ……」

「……でも、可愛くもない私が男子から『好き』って言ってもらえた最初で最後の出来事かもしれない……だから……だから、私……」


 ゆっくりと顔を上げたサトミ。

 目には涙が溜まっていた。

 見つめ合うふたり。

 静寂の空気がサトミの部屋を支配する。

 コウジは一瞬うなだれた後、意を決したように顔を上げた。


「サトミ」

「うん」

「その『サファイアキュラソー』ってどんな味?」

「えっ?」

「味見させろよ」


 サトミはうなだれた。

 幼い頃からのコウジへの片想い。

 片想いは片想いだ。コウジにとって、自分の恋愛事情などジェラート以下。コウジへの想いが悲しみの熱に溶けて、心から流れ出ていく。


(もう諦めよう)


 サトミの初恋は終わったのだ。


 そう思った時だった。

 サトミの顎に手をやったコウジは、そのまま自分の方へとサトミの顔を向かせた。

 そのまま軽く触れるような口づけ、そしてサトミの唇にそっと舌を這わせて顔を離した。


「『サファイアキュラソー』、中々美味いな」


 突然の出来事に声も出ないサトミ。

 コウジもまた顔が真っ赤だ。


「まぁ、これがサトミの相談に対するオレの答えだけど……理解してもらえたか?」


 照れ隠しなのか、自分のジェラートを口に運び始めるコウジ。


「理解できない」


 サトミの一言にコウジの手が止まる。


「そっか……わかった……酷いことしてゴメ――」

「ねぇ、コウジくん」


 寂しげなコウジの謝罪にサトミは被せた。


「私、理解できない……だから――」


 言葉の止まったサトミに顔を向けるコウジ。


「――だから……コウジくんの『オニキスエスプレッソ』を味見させて」


 ゆっくりと身体を寄せるサトミに、コウジは焦った様子だ。


「ちょ、ちょっとサトミ! お前はそういうキャラじゃ――」


 しかし、サトミは真剣だ。


「私だって……私だって……ずっと……」

「……サトミ……」


 住宅地に立ち並ぶ建売の一軒家。

 一軒の家の窓のひとつが曇っている。

 中をはっきりと窺い知ることはできない。

 寒い冬の日、窓を曇らすほどに熱い想いが交わされているのか。

 結露越しに薄っすらと映ったふたつの人影が、ゆっくりと、ゆっくりと重なっていく。



 並んで座るふたり。サトミはコウジの肩に頭を預けて、幸せそうに微笑んでいる。ふたりの手は優しく握られていた。

 テーブルに手を伸ばしたコウジは、ジェラートのカップに口をつける。

 渋い顔をするコウジを見て、楽しそうに笑うサトミ。

 抹茶とコーヒーのジェラートが溶け切ったそれは、びっくりするほど不味かった。



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