繰り返し何度も③

「どうして殴ったんだ」


 両親が学校に呼び出されたその日の夜。父、繋吾(けいご)は部屋に引き篭もっている縁の元を訪ねてきた。彼の厳しい表情から、縁を説教するために改めて理由を聞きにきたと言ったところかと察する。

 繋吾は学校で先生たちに謝るばかりで縁に対しては何も聞いてこなかった。きっと家でみっちり聞く予定だったんだろう。時間はたっぷり作れるし、縁はどこにも逃げる事ができない。


 内心、はあとため息を溢した。


 目の前の繋吾から視線を逸らし窓の外を見て、今日はきっと長い夜になるんだろうなと暗くなったばかりのほのかに赤い空を眺めた。


「質問に答えなさい」


 繋吾へ視線を戻すとじっと縁を見つめていた。

 あの時のことを思い出すと不快な気持ちになるしいちいち面倒だけど、答えないと解放されることはないだろう。早く一人になりたくて縁は口を開く。


「…………結衣をいじめたから。何を言ってもダメだったから殴った」


 不貞腐れながらそう説明した。

 自分の見ていないところでいじめは加速していくばかり。いつか取り返しのつかないことになった時に、何もしなかった自分に後悔する。だから行動に移した。

 それだけだった。


 腕を組み、仁王立ちする繋吾はじっと縁を見つめながら何か考えている様子だった。

 ダメじゃないかと否定するのだろうか。反省しなさいと説教するのだろうか。

 どれも面倒だな。顔を俯き、理解してもらえないであろう感情に、憤るこの気持ちをギュッと膝の上の拳に込める。爪が手のひらに食い込むのもお構い無しに力の限り握りしめた。


「……そうか」


 だが繋吾は否定の言葉も説教もせず、そうかと受け入れた。

 縁はハッとして顔を上げると、彼と目が合う。


「お前は、守りたかったんだな」


 怒っているように見えた表情はすぐさま穏やかになり、目尻にはたくさんの皺を寄せ、声色はとても優しかった。

 繋吾の言った通りだった。


(そう。ただ、守りたかった。それだけなのに)

「……っ、ぅ……くっ」


 大粒の涙が頬を伝ってボトボトと落ちていく。

 爪が食い込むほど強く握りしめた拳は、行き場のないこの感情を抑えるために必死に震えていた。


 悔しかった。

 こんな守り方しかできない自分の行動が、そういう考えにしか至らなかった自分の思考が、全てが悔しくてたまらなかった。

 縁が守りたかったのはなんだったのか。

 自分の気持ちだけを考えていなかっただろうか。

 相手の気持ち、結衣の気持ちはちゃんと考えていただろうか。

 ぐるぐると頭の中で自分の行動を振り返る。

 だけどどう考えても後悔しかなくて、悔しくて腹が立った。


 息が整うまで繋吾はただ黙ってそばに居続けた。

 辛かったなと背中をさするわけでもなく、よく頑張ったなと抱きしめるわけでもない。同じように座り、目線を合わせてくれるだけだ。

 だけどその存在が絶対にお前を見放さないと言われているようでとても心強かった。

 そして縁が落ち着いたのを見計らってゆっくりと繋吾は口を開いた。


「縁、お前に何が出来る?」

「……え?」

「お前は五体満足で生まれた健康体だ。滅多なことがない限り風邪も引かない。そんなお前は結衣さんのために何が出来る?」

「何が……」

「一度考えてみなさい」


 そう言うと、話は終わったと繋吾は部屋を出ていった。

 たくさん泣いて自分の気持ちを吐露したからだろうか、頭はすっかりと冷静さを取り戻していた。自室に一人取り残された縁は繋吾の言った言葉の意味を考えていた。


 自分に何が出来るのか。結衣のそばにいることは簡単だ。毎日家に行ったり、連絡を取り合えばいい。でもそれだけでは何も守ることになはらないし、縁自身が満足するだけの行為だ。

 ではどうすればいいのか。

 一番はやはり病気を治すこと。それが出来れば他も自ずと解決できることが多い。


「知識をつけるために勉強をすればいいのか?」


 成績は元々悪くなかった。勉強も別に嫌いではない。

 知識をつけて医者になれば結衣の病気を治せるかもしれないという考えに至ってふと気づく。


 でもそれって今の結衣を守ることになっているだろうか、と。

 すぐに医者にはなれない。年数はかかるし、たとえ医者になれたとしても結衣の病気はそこまで待ってくれるとは限らない。

 優秀な医者を探して治療してもらう?

 何も持っていないただの中学生の自分がそんなことできるのだろうか。


「もっと他に、何かあるはず」


 椅子の背もたれにもたれかかりながら天井を見上げる。

 今の自分に何が出来るのか、すぐに答えは見出せなかった。

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死逢わせ 夏目莉々子 @natsumeRiriko

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