繰り返し何度も②
最初に脳裏に浮かんできたのは、当たり前のようにそばにいた幼馴染の存在。
何をするにもいつも一緒で、手を繋いで歩んできた。
隣の家に住む同い年の女の子。
佐倉結衣。大切なその人。
昔から体調を崩しがちだった彼女の病気が発覚したのは、十四歳の時だった。
入院が長引き中々会えなくなった時に結衣の病気について聞かされた。
最初は何かとはぐらかしていた両親だったが、朝昼晩ずっと結衣の様子を聞き、挙げ句の果てには夜中に病院に乗り込もうとした縁をみて、観念して話してくれた。
「無理をさせられない。このままでは長く生きられない」
分からないことも多く、手術すれば治るかもしれないが、治療には時間がかかる病気。当時はそんな認識だった。
でも正直、縁の中では結衣が病気であると意識することがなかった。
接すれば普通だし、一緒に遊んで、よく笑い、よく話す、なにも変わらないいつもの彼女。
だからあんなことが起きるとは夢にも思わなかった。
「気持ち悪い」
人は自分と違うものに抵抗を感じ嫌悪感を抱く。特に学校という場所は、誰か一人でもそういう感情を口に出してしまうと伝染し、広まるのも早い。素直な子供は同調したようにみんな口を揃えて酷い言葉を投げつけた。
耳を塞いで聞かせないようにしても、縁が四六時中そばにいることは叶わない。その結果、学校に行くと、彼女は自分がどう思われているのか思い知ることになった。
「結衣菌が移るぞ~」
自分の触れるものは汚いのだと、必要以上に手を洗い、消毒をした。
「来ないで。私まで病気になる」
心無い言葉に人と極力関わらないようになった。
「弱い子ぶるな。ほら走れよ!」
弱いから病気になるんだと無理をして走った。その結果、体に負担がかかり入院することも度々あった。
でも彼女は一切泣かなかった。無理しているのは明白なのに笑顔で縁に「大丈夫だよ」と言うだけだった。
心無い言葉を口にする人たちに抗議しても、その場では収まるが縁が見ていないところで事態は悪化してくばかりだった。
そして事が起きた。
「な、何をしているんだ!」
用事で教室を離れている間にそれは起こり、縁が戻ってきた時には先日まで仲良くしていた友人たちが揃いも揃って結衣を汚物扱いしていた。
取り囲むように円を作り、箒などで外へ出ないよう威嚇。中心にいる結衣は震えながら小さく縮こまっていた。無数の悪意が自分に向けられていることは理解しているようで、怯えている様子だった。
目に飛び込んできたこれらの状況に、縁はすぐさま人だかりを掻き分け、中心にいる結衣を庇うようにして抱きしめた。
すると、それを見た一人の男子生徒が指を差しながら縁に言う。
「そいつはバイ菌だ。お前も感染るぞ」
その言葉にブワッと苛立った。キッとそいつを睨むと、一瞬怯んだかのように見えたが、すぐに反抗するように言葉を続けた。
「だってそいつ病気なんだろ? 気持ち悪っ。なんで学校に来てんだよ。俺まで病気になる」
「は? お前なんつった?」
「気持ち悪い、病気になるって言ったんだよ!」
同じ人間なのにどうしてそんな暴言を吐けるのか。
自分の大切な人が同じような目にあったらどう思うのか、想像したことはないのか。
そんなことを思いながらその場にいる全員に睨みを効かせていると、ふと結衣を抱きしめている腕に重みを感じた。
「……結衣? おい、結衣!」
縁の腕の中で青い顔をしてぐったりとしている結衣の姿が目に入る。咄嗟に彼女の口に手を当てる。息はしている。規則正しく呼吸をしており、乱れはない。ひとまず発作ではないことに安心して、周りの圧に耐えきれなくなった彼女は気絶したのだと理解する。
そして、こんな状況になっても誰一人として助けようとする者はいない。人の命をなんだと思っているんだと片っ端から一人一人殴ってやりたかった。
(だけど今はそんなことよりも結衣を保健室に連れていくことが先決だ)
幸いにして妨害する者はいなかったため、縁は結衣をおぶって保健室まで連れていくことができた。
その後、ベッドで寝ている彼女を保健の先生に託し、縁は教室へと荷物をとりに行った。後少しで教室というところで、聞き覚えのある声が聞こえる。
「あいつマジでなんなの?」
「さあ? お前にビビって女連れて逃げたあたりダッセーよな」
先ほどまで近くで聞いていた男子生徒の声だ。そろりとドアの隙間から教室の中を見てみると、窓際に四人ほどいる。彼らは先程の縁の態度が気に食わなかったのか、しきりにダサいだの、ウザいだの、低学年レベルの罵詈雑言を並べていた。
(俺に対する文句ならいくらでも言えばいい)
自分自身間違ったことはしていない。他人がどう思おうと気にしない。あんな言葉、痛くも痒くもなかった。
とはいえ、どうやって教室の荷物を取るかが悩みどころだった。縁も結衣も廊下側の席のため、パッと取ってパッと教室を出れば問題は無いだろう。だが、ドアは閉まっており開けて入る必要がある。その際、確実に縁の存在を彼らに知らせてしまう。
こっそりと入れば、今までの会話を聞いていましたよ感が出てしまう気もするし、逆に大きな音を立てて入ると変な威圧感を与えて絡んでくるかもしれない。
唸りながらどうしたもんかと考えている時だった。
「あーあ。今日あいつに触ったから俺病気になったかも〜」
「結衣菌移った? っておい! 触るな。死ぬだろ」
「あははは。死ね死ね〜」
その瞬間、ぷつんと何かが切れる音がした。
当時はどうするのが一番いいのか何も分からなくて、気づいたら教室にいた生徒を片っ端から殴って黙らせていた。
騒ぎを聞き、駆けつけた先生たちは教室の状況を見て、縁が悪いと決めつけた。話なんて一切聞く耳を持たなかった。
そして結衣をいじめていた生徒たちはまるで口裏を合わせたかように一致団結し、先生の前で百八十度態度を変えた。
俺は、何も『悪くない』
全て春日縁が悪い。
佐倉結衣には優しく声をかけていただけ。だって彼女は『病気』だから。
病気を理由づけされたことに腑が煮えくりかえりそうだった。
そうかそうかと納得する先生に苛立ち「ふざけるな! てめえに何がわかる」と声を荒げた。
ここにいる人間は全員敵だと、両親が学校に迎えにくるまでの間、縁の眉間には深い皺がくっきりと刻まれていた。
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