第21話 『女神』の真実


 キンッ! キンッキンッ!


 神域に響き渡る金属音。放たれる数多の『英雄』の武具を、たった一振りの刀で『女神』は防いでいた。


「チッ……まさか『女神』様がここまで刀を扱えるとはな!」

「ふふっ、驚いていただけましたか?」

「あぁ、驚きが大きすぎて逃げたくなるな」

「そう言いながら、どうせ逃げないくせに♪」


 俺の攻撃を躱しながら、一瞬で距離を詰めた『女神』が強烈な袈裟切りを放つ。


「重っ……⁉」

「むっ! 女性に重いなんて言ったらダメですよ!」

「お前のことじゃなくて、お前の攻撃がだよ!」

「知りません! そんなデリカシーのない君にはお仕置きです!」

「ぐぅ……!」


 さらに重くなっていく攻撃に歯を食いしばり、俺は何とか耐えていく。


「私だって、昔は戦士をやっていましたからね。これくらいはお茶の子さいさいです!」

「そう、かよっ! 出来れば、そうであっては欲しくなかったけどなっ!」


 攻撃一つ一つが数十年、数百年武芸を積んだ者にしか繰り出せない程、研ぎ澄まされているにもかかわらず、それを「これくらい」と言い切る『女神』に俺は軽い戦慄を覚える。


 単純な技量では勝てない。今、俺が戦えているのは無尽蔵の『英雄』の武具による物量戦に持ち込んでいるからであり、少しでも俺の生成が間に合わなければ簡単に殺されてしまうだろう。


 なので―――


「―――とにかく死ぬ気で臨むしかないなぁ!」


 雄叫びと共に俺は何度目かの生成を行い、すぐさま突撃を仕掛ける。


「オラァ!」

「きゃ! もうっ、女の子に乱暴するなんていけませんよ!」

「そうでもしないと、お前に勝つことなんて出来ないんだよ!」

「ッ!」


 俺の言葉に何か驚くことでもあったのか、突然、ポカンと口を開ける『女神』


 その理由は分からないが、俺はその隙を逃すまいと懐に潜る。


「オラァ!」

「クッ……!」


 完璧とは言えないものの、一撃を入れることが出来た俺はまだ戦えるのだと感じていると『女神』が視線を下に向ける。


 戦闘中とは思えないほど無防備な姿に俺は何か罠があるのではないかと警戒し、カウンターの態勢に入る。


「……はぁ、そんな顔を見せられたら―――」


 それに対し『女神』は僅かに顔を曇らせ、


「―――嫌になっちゃうなぁ」

「は…………ぁ、っ⁉」


 次の瞬間、先ほどまでの楽しそうな表情から一変。感情を一切浮かべない表情で目の前に一瞬で移動した『女神』が最早、視認すら出来ない程の速度で刀を振り下ろした。


「ぁ……………」


 俺は反応することすら出来ず、左肩から斜めに胴体を深く切り裂かれ、大量の血を流しながら背中から地面に倒れる。


「ごめんね、こんな結末で。でも、これ以上、君の姿を見たくないんだ」


 そう言うと、『女神』は刀に漆黒のオーラを纏わせ、上段に構える。


「だから―――バイバイ。少しの間だったけど、楽しかったよ」


 そして、泣きそうな声で『女神』は刀を振り下ろした。その一撃は今の自分が食らえば、間違いなく死んでしまうだろうと思えるほど、強力な一撃だった。



 だが―――



「うぅ、らぁああああああああああああ!!!!!!」

「ッ⁉」



 ―――俺は何とか力を振り絞り、その攻撃を複数の武具を重ねることで防いだ。



「はぁ……はぁ……!」

「……抵抗しなかったら、楽に死ねたのに」

「へっ……! 冗談きついぜ、『女神』様よ!」


 無機質な顔で佇む『女神』に俺は切っ先を突き付ける。


「これは俺一人の戦いじゃねぇ、俺達人間の戦いなんだよ! 簡単に終わってたまるか!」

「……そんなところまでそっくりなんて、益々殺したくなっちゃう」

「……何の話だ?」


 何の脈絡もなく告げられた言葉に俺が問いかけると『女神』は「こっちの話」とだけ返し、刀を構え直す。


「じゃあ、続き、やろうか」

「いーや、やらないね」

「えっ?」


 俺の素早い拒絶に『女神』は目を丸くする。


「な、なんで? 君は私を倒すためにここに来たんでしょ?」

「それはそうだが……一つ、聞かせろ」

「な、何?」


 戸惑う『女神』に対し、俺は一言。



「―――『お前』は誰だ?」

「――――――――――――」



 返答はなかった。しかし、俺は気にせず続ける。



「俺の目の前にいるのは確かに『女神』のはずだが、どうも『お前』からは『女神』以外の『何か』があるように見えた」

「………………」

「ゼウスから聞いていた『残虐性』も大したほどではなかった。あの【神罪ノ影】で総隊長達を殺していないのは違和感があった。

 そして、俺は思ったんだ―――まるで、人間みたいだ、ってな」

「………そっか」



 二人きりで話していた時、確かに『彼女』は『女神』だったが、何処か『人間』のような雰囲気を俺は感じていた。



「あぁ、だから―――『お前』は誰なのか、教えてくれ」

「………うん、そうだね、分かった。話すよ、『私』が誰なのか」



 思いがけぬ所で一時休戦となった神域での戦い。先ほどのように畳などは用意せず、互いに一定の距離を保った状態で向かい合う。



「さて、何から話そうかな……」



 ―――そう言いながら、『彼女』は『真実』を語り始めた。




―――――――――



 まず、私が誰なのかって話だけど、私の外見は正真正銘、『女神』だよ。ただし、中身は『女神』ともう一つ、白木しらき かおるっていう『人間』だった時の精神が残っているんだ。


 ふふっ、驚いた顔をしてるね。


 そう、私は元『人間』なんだ。


 詳しい説明は省くけど、私は昔、君達の言う【影】と戦っていたんだ。そして激闘の末、私達、人類は敗北した。


 ここまではよくある話なんだけど、違ったのはここからなんだ。


 神域―――今いるこの領域と同じ場所で私は仲間と一緒に『虹の女神』と戦ったんだ。君の言う『残虐性』っていうのはこの神格人格が反映された物だろうね。


 いや~、本当に凄かったんだよ。こんな真っ白な空間なんかじゃなくてさ、四方八方に殺した人間の生首を吊るしていたり、歩くたびに足元から「痛い、痛いよう」って泣き叫ぶ声が聞こえるとかとか、ほんっとうに凄かったんだから!


 で、そんな性格の持ち主で仮にも神である存在が簡単に倒れてくれるはずもなくてね。当時、人類の中で最も神の力を引き出すことが出来ていた私を見て『女神』は消える直前で、こう考えたんだ―――あ、この人間に憑いてみよう、って。



 結果、人の身に神を宿した一匹の『怪物』が生まれた。



 そこから、何十年、何百年間の間、私は『女神』として生きてきた。誰一人として死なせたくなかった私の想いに反して、『女神』は次々と人々を殺戮していった。


 せめてもの抵抗で殺す人間を一人―――『虹の巫女』に絞ったわけだけど、それでも失敗する時は失敗した。


 ちなみに、これは深く関係しているわけではないんだけど、さっき、一瞬だけ硬直したでしょ?


 あれはね、君が私が人間だった頃の恋人に似ていたからなんだ。


 彼はとても心が強くてね、あの『女神』が唯一、嫌っていた人間だったんだ。絶望する姿を望む『女神』にとって、彼は常に味方に希望をもたらしていたから目障りだったんだろうね。


 私も、『女神』も。理由は異なれど、彼と君を重ねてしまったから硬直したんだろうね。



 どう? ある程度の事は分かったかな?



 ん、よかった。



 じゃあさ、最後にお願いがあるんだけど、いいかな?



 うん。きっと、君は嫌がるかもしれない。でも、それが君達が勝てる唯一の方法だからさ、君にお願いしたいんだ。



 そっか、引き受けてくれるんだ。ありがとうね。



 じゃあ―――



―――――――――





「――――――『私』を、殺して」





~~~~~~~~~


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