第19話 『最強』VS『最凶』


 神話の多くは、様々な解釈によって同じ物語でも内容が大きく異なるということが往々にして存在している。


 そして、何度も解釈を繰り返していった結果、原典がどのような物語なのか分からなくなってしまうことも少なくない。



 そんな中、『女神』が使った『起神聖零オリジン』はを顕現させる秘儀。


 原典とは、始まりにして最も高い理想を描いた物語。


 つまり―――


『ァア————!!!!!!』

「この強さ、総隊長達の『偽神兵装』に並んでいる……⁉」

「いや、それ以上……⁉」


 ―――その強さは神の力を疑似的に模した『偽神兵装』以上である。


 神域に現れた総隊長を模した二体の【影】に俺達が苦悶の声を上げる。


「親父! これって、親父と二番隊総隊長の力だよな⁉」

「正確には、より高度に複製された物、だがな!」


 『全能ノ神王ゼウス』の形態の一つである斧で攻撃を仕掛けながら、聖司は冷静に状況を整理していく。


「目の前にいる【影】の強さは総隊長級だ! おそらく、地上部隊の方にも現れているはずだ、最重要討伐対象だと伝えろ!」

「了解ッ!」


 聖司の指示を受け、隊員の一人が連絡機で報告を入れる。


「総員! 目の前の【影】は厄介だが、数は二体だけだ! 落ち着いて倒すぞ!」

『了解ッ!』


 そして、素早い連携で【影】を包囲し、多数対一の状況を作り出す。


「ふふっ、皆さん、そんなにこの子達【影】と遊びたいんですね」


 しかし、『女神』は微塵も焦った様子は見せず、穏やかに微笑む。



「だったら―――こうしちゃいますね♪」


 『女神』がそう告げた次の瞬間―――


『えっ?』


 ―――俺以外の隊員達の足元が大きく割れ、聖司達が困惑したまま為す術無く、落ちて行く。



「お、親父⁉ 彼方⁉」

「くっ……すまない、司!」

「一旦、離れる! それまでの間、耐えてくれ!」


 同じように困惑していた俺に聖司と彼方は一言だけ伝え、他の者と同じように底の見えない穴へと落ちていくのだった。


 【影】に聖司達の後を追わせた『女神』は俺の方へ視線を向け、手を合わせながら首を小さく傾ける。


「さぁ、二人きりになれたことですし、少しだけお話でもしませんか?」

「……チッ」


 可愛らしい顔の裏に隠された『逃がさない』という強い意志を感じた俺は舌打ちをし、渋々ではあるが『女神』の提案を受け入れることにした。



―――――――――



「ここは……先ほどの領域か」

「どうやら、神域からは出ていないようですね」


 穴から落ちた聖司達は自分達がいる場所が『女神』に入る前の領域だと認識し、油断せず周りへ視線を巡らせる。


『『アァ————!!!!!!』』

「ッ! 追いかけてきたのか……!」

「どうしますか? あの強さは馬鹿に出来ませんよ」

「そうだな……」


 どう攻略するべきか悩む聖司達。


「なら、私が『真銘解放』をしましょうか?」

『ッ⁉』


 すると、一人の女性が自ら名乗り出た。


「あ、貴方のを、ですか……」

「あら、駄目だったでしょうか?」

「い、いえ! ただ、貴方の『真銘解放』はギリギリまで取っておくべきだと思いまして……」


 思わず止めようとした彼方が女性の反論のしどろもどろになる中、聖司が女性に問いかける。


「いいのか? お前の『真銘解放』は特にが大きいはずだ」

「構いませんよ。別に死ぬわけではないのですから」

「……そうか。ならば頼む」

「はい」


 聖司の頼みに女性は力強く返事をすると、一人前に出る。



『【傾聴せよ これよりは真なる神話物語】』


『【あらゆる想いの原点たる、神秘の物語】』


『【何人にも変えられぬ、至高の神々が送りし物語】』


『【我はここに、その伝説を後世に伝え続けることを誓う】』


『【故に、神々よ どうか、我に汝の力を】』


白鐘ノ女王ヘラ―――真銘解放オーバーロード



 そして、流れるように唄を口ずさみ、切り札である『真銘解放』をこの神域に顕現させた女性。



「行きますよ、皆さん」



 彼女の名は白皇はくおう ひびき


 ―――二番隊総隊長にして、防衛隊『最凶』の戦士である。



―――――――――



「はい、お茶ですよ」

「…………」

「あら、いらないのですか?」

「……普通、敵である存在から差し出された物を『ありがとう!』って飲めると思うか?」

「もうっ、そんな面倒な真似はしませんよ! やる時はちゃんとりますから!」

「物騒すぎるだろ……」


 領域に生み出された畳とその上に置かれたちゃぶ台を挟み、俺と『女神』は水晶を通して地上と神域の戦闘を眺めていた。


「あら、あの女性……」

「この人か?」


 すると、『女神』が神域でのある一部分の戦闘に視線を集中させており、俺はどの人物を見ているのか確認する。


「はい、人間なのにあそこまで神に近い力を出せるとは……」

「それはそうだろうな。なんたって、あの人白皇 響は防衛隊『最凶』の戦士だからな」

「最強ではなく最凶、ですか?」

「あぁ、見ていれば分かるさ」


 そう言いながら、俺は水晶の向こうに映る戦いに意識を集中させるのだった。



―――――――――



「す、凄い……!」

「あの【影】を、あんな一方的に……!」


 その戦いを眺めいた隊員達は皆、唖然とするしかなかった。


「あはははははははははっ!!!!!!」

『グギャ……ッ⁉』

『グギャグギャ⁉』


 神域での戦いは、白皇の独壇場だった。


「ほらほらっ! もっと抵抗してくださいよ!」


 純白の戦装束に身を包んだ白皇が無数の手刀と蹴りを放ち、【影】に軽くないダメージを与えていく。


『ァア——————!!!!!!』

「あははっ、遅いですよ!」


 反撃とばかりに【影】が武器を振るうも、白皇は簡単にその一撃を弾き飛ばす。


「さ、流石ですね……」

「あぁ、相変わらずの戦闘センスだ」


 周りの隊員達と同じようにその戦いを見ていた彼方と聖司も感嘆の声を漏らす。


「もちろん、白皇総隊長ご自身の力もそうですが……それを『あの鐘』で、さらに強化しているんですよね……」

「流石、『白鐘ノ女王ヘラ』と言うべきだろうな」


 そして、彼らは背後にそびえ立った純白の塔、そしてその頂点に置かれた鐘を見上げる。


「『白鐘ノ女王ヘラ』を能力別で分けるとしたら、強化系が最も妥当なのですが、厳密に言えば『強化』ではなく『凶化』を主としているんですよね?」

「あぁ、あの鐘がもたらすのは二つ。一つは一定領域内にいる者への常時回復、それも対象を味方だけにすることも出来る優れたものだが、これは本命の効果を出来る限り伸ばすための効果に過ぎない」

「その本命の効果というのがアレ、ですよね……?」

「そうだ―――強制集中。それが『白鐘ノ女王ヘラ』の真骨頂だ」



―――――――――



「強制集中、とは何でしょうか?」

「簡単に言うと、ある物事しか考えられなくなる状態を指す言葉だ。スポーツ選手が『ゾーンに入った状態』って言ったら分かるか?」

「なるほど! それならば、あの動きにも納得です! 戦闘のみに集中することで全力以上の力を発揮できているのですね!」

「まぁ、その代わり、その他の事が見えにくくなるっていう欠点があるんだが、白皇あの人の場合はないような物だな」


 俺はそこまで話すと一度、出されたお茶で乾いた喉を軽く潤す。そして『女神』に視線を戻しながら話を続ける。


「あの【影】はお前の部下で一番強いんだろ?」

「はいっ! 名付けて【神罪ノ影ディオン】! 私が持つ『最強』の手駒です!」

「なるほどな。なら、この戦いは『最強』VS『最凶』ってことだな」

「ふふっ、どっちが勝つと思いますか? 私はもちろん、【神罪ノ影ディオン】です!」

「俺も当然、白皇さんだ」



 敵同士とは思えない程、楽し気な空気を醸し出す俺達は互いに神域、そして地上の戦いの行く末を見守るのだった。



~~~~~~~~~


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