第12話 開戦前夜


 各々がそれぞれの思惑を抱えながら過ごしていき、遂に予告された『虹』の崩壊、その前日を迎えた。


 司はこの数週間を思い出しながら、久しぶりの実家でくつろいでいた。


「ふぅ~いよいよ明日か……」

「あれれ~? もしかして緊張してる?」


 ソファーに腰掛け呟くと、隣に理華が座りながらコップを差し出してきた。中に注がれているのは俺が好きな緑茶だった。


「逆に聞くけど、緊張しないと思う?」

「緊張すると思います」

「でしょ? まぁ、やれることはやったから、あとは力を出し切るだけだよ」


 そう言いながら緑茶を口にする。うん、ほどよく苦くて美味しい。


「義姉さんは大丈夫そう?」

「……全然ダメ」

「ダメなのかよ!」

「だ、だって! 私、久しぶりに戦うのに主戦力として数えられているんだよ! 緊張するに決まっているでしょ!」


 そう言いながら、オロオロとする理華に俺は「確かに」と苦笑する。


「でも、実際、義姉さんの『偽神兵装』は強力なんだから仕方ないと思うよ?」

「そうかもしれないけどさ~……」

「訓練にはちょくちょく参加して、ある程度は調整してきたわけだし、そこまで緊張しなくてもいいと思うけどな~」

「うん~……」


 簡単には納得できないのか、眉をひそめる理華。沈黙は何となく嫌だったので、俺は別の話題を出す。


「義姉さんは『女神』を倒した後、何かやりたいことはあるの?」

「え、突然、何?」

「いや、純粋に気になったから聞いてみただけ」


 俺がそう言うと、顎に指をあてて「ん~」と考える理華。


「そうだな~、一個だけあるよ~」

「お、何々?」

「司とデートすること~」

「ッ⁉」


 突然のことに俺は驚き、理華の方を見る。


「い、いきなり、何⁉」

「え、別に何でもいいんでしょ? なら、デートしたいかな~って」

「……アァアアアア!!!!!!!!」

「ちょ、いきなり叫ばないでよ! ビックリするでしょ!」


 「アンタの方が色々とビックリさせてるよ!」と内心ツッコミながら、俺は一度、深呼吸する。


「……いい? 義姉さんの気持ちは知っているけど、いきなりデートとか言われたらビックリするの。こっちは彼女いない歴=年齢で生きてきたんだよ? もう少し手加減をしてくれないかな?」

「え、嫌だけど?」

「何でだよ!」

「私はとってもデートしたい。ということで、『女神』を倒したら、真っ先に叶えてもらうからね」


 我が義姉ながらなんと強情な事だろうか。流石、一度決めたなら絶対に譲らないことで有名なだけある。


「……まぁ、それは一旦、置いといて」

「置かないでよ」

「……他にやりたいことはないの?」

「ん~ないかな~」


 そう言いながら、俺の空になったコップを手に取る理華。立ち上がり、新しい緑茶を入れてくれる姿を眺めていると、理華が「司はどうなの?」と聞き返してきた。


「俺? 俺はもちろんあるよ」

「デート?」

「うん、違うから。それよりも簡単なものだから?」

「え、私とデートするのが難しいとでも思ってるの? 司が望むなら、今すぐにでもやるのに」

「お願いだから、一旦、俺の話をさせてよ」


 こんなにマイペースなことを言う性格だったかな……前はもうちょっとお淑やかだった気が……するようでしないような?


 まぁ、明日の決戦に備えて出来る限り、心を落ち着かせようとしているがための行動だろうと勝手に結論付ける。


「俺はな―――この『当たり前』の日常を変わらず過ごしていきたい」

「…………」

「なんてことのない人生、ありきたりな生活。そう言う物がいかに壊れやすいのか、俺はこの数週間で思い知った」


 『虹』の真実を知った―――わけがわからなかった。


 『虹の巫女』が義姉だと知った―――何で、義姉さんなんだよ……ふざけるなよ!


 世界か義姉を選ぶよう告げられた―――しんどかった。告げられた時、頭は正常に働いていたのか、思い出せない。


 『女神』の本性を知った―――あまりに歪んだ嗜好を前に、吐き気と怒りがふつふつと沸き起こった。



 そして、分かった―――『当たり前普通の日常』は簡単に崩れ落ちるのだと。


 だから―――


「―――俺はこれからも、その『当たり前』を大事にしていきたい」

「……そっか。いいと思うよ、司らしくて」


 微笑む理華はそう言いながら、緑茶を入れ直したコップを手渡してきた。


「―――ちなみに、私とデートするのも『当たり前』だよね?」

「シリアスな雰囲気を返してくれないかな?」


 落ち着いたと思った矢先の発言に、俺は頭を抱えながら緑茶を飲むのだった。


―――――――――


 一方、その頃。


 自身らが暮らす寮のホールに集まった礼二達。


「あれから色んな所に声をかけた結果、計五十三名。あのガキを討つための部隊が完成したぞ」

『ありがとうございます。これならば、確実にあの少年を殺すことが出来ます』


 礼二がそう口にすると、ホールにいた全員の脳裏に『女神』の声が響いた。


『ここまでやってもらったのです。もう少し、何かをお渡ししたいのですが……』

「これ以上にか? この『神影鎧装』だけでも十分なのだが」

『あくまで、私が最初に声をかけたのは十数名ほど。そこからさらに数を増やしてくれたのです。何かしらの報酬はあってしかるべきです』


 そう言いながら、悩み声を上げる『女神』


「なら、二つ。欲しい物がある」


 そこで礼二は隊員達と話し合い、「これがあったらいいのにな」と言う物を要求することにした。


『欲しい物? それは一体、何でしょうか?』

「まずは戦力だ。俺達は明日、『虹』が崩壊してからあのガキを殺すわけだが、その間、大量の【影】と戦うのは避けられない。だから、アンタの手下やら配下を戦力として貸して欲しい」

『なるほど、理由は分かりました。ですが、残念ながらそのご要望に応えることは出来ません』

「神々の間で定めたルールのせいか?」

『はい、申し訳ありません……』

「謝らないでくれ。可能なら頼みたい、ぐらいの内容だからな」


 礼二達はこの数週間で『女神』から色々な話を聞いており、その内の一つ、神々の間で取り決められたルールのせいで『虹』を永続的に維持することが出来ないといったことから戦力の増加はそこまで期待していなかった。


 故に、礼二はもう一つの欲しい物を『女神』に伝える。


「なら、俺達に―――アンタの部隊としての名前をくれないか?」

『……名前、ですか?』


 そんなもの、言われればすぐにでも与えるが、どうして?


 そう問いかける『女神』に礼二は答える。


「せっかく『女神』に選ばれたんだ。狂人から世界を救った英雄の部隊として後世に伝えようとしても、肝心の部隊名がなかったら箔がないだろ?」

『確かに、皆様の偉業を称えるためにも必要なことですね』


 『ちょっと考えさせて下さい』と言い、再び悩みだす『女神』


 そして、数分後。


『すみません、お待たせして。ようやく、皆様の部隊名が決まりました』

「聞かせてくれ、俺達の部隊名を」

『はい。部隊名は―――”虹の騎士団ナイツ・オブ・シュレイン”』

「”虹の騎士団”……」

『私の『虹』を冠する、頼もしき騎士ナイト達という意味です。いかがでしょうか?』

「あぁ、最高だよ。ありがとうな、『女神』様」

『いえ、私にはこれくらいのことしか出来ませんので』


 これで準備は整った。


『では、明日。あの少年を殺し、私達の『虹』を取り戻しましょう!』

「「「「オォオオオオ!!!!!!!!」」」」


 あとは正義の名のもとに悪へ裁きを下すのみ。高揚を抑えられない礼二達が雄叫びを上げる。




『ふふっ、本当に―――馬鹿だなぁ』


 故に、『女神』の言葉に気づく者は一人もいなかった。


―――――――――



 そして、様々な思惑が入り乱れながら、一行はついに大戦当日を迎えるのだった。



~~~~~~~~~


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