第6話 選択と衝突


 ゼウスとの邂逅?を終えた俺は家に戻ると、義姉さんと再び話し合うための場を設けた。


「答えは、出たの?」

「うん。色々考えた結果、自分なりの答えを出すことが出来たよ」

「そっか。じゃあ、聞かせてくれる? 司の答えを」


 そう言い、微笑む理華。

 きっと、理華は俺が自分を『虹の巫女』として犠牲にし、多くの人々を救うことを選ぶと思っているのだろう。


 だから、俺は微笑み返しながら、ゆっくりと口を開く。


は———義姉さんを『虹』にしないよ」

「ッ⁉ 司……ッ! どうして……それに、俺、って……」


 予想だにしていなかった答え、変化した一人称。


 そこから俺という人間が変わったことを察したのか、驚いた顔で口元を押さえる理華。


「信じられないかもしれないけど、俺、さっき神様と話して来たんだよね」

「神様と……? ちょ、ちょっと、どういうこと……?」

「それで【影】は『|虹の女神』によって作られた存在で、義姉さんが『虹』としてその命を捧げたら、魂が消えるその日まで、ずっと【影】達に襲われ続ける地獄の日々が送ることになるんだ」

「え、待って! お願いだから、待って! 一つずつ、ちゃんと説明して!」


 あまりの情報量に理華が頭を抱えながら、机に突っ伏す。

 確かにそうだな、と苦笑しながら、俺は最初――ゼウスとの出会い――から一つ一つ説明していった。


―――――――――


 数十分後……


「大丈夫……?」

「…………なん、とか」


 これまで人類の救世主とも言えた存在女神が、実は【影】を生み出している張本人だということ。

 『虹の巫女』は糞女女神を悦ぶために選んだ存在だということ。


 流石の理華もこれだけ衝撃な情報を耳にして、相当参っているようだ。深呼吸をし何とかいつも通りに戻し、俺を見つめる理華。


「それで……司は私を『虹』にしないことを決めたんだよね……?」

「あぁ」

「なら、【影】と正面から戦うの?」

「半分正解」

「半分?」


 俺の言葉に首を傾げる理華。

 確かに【影】と戦うのは間違いないが、それはオマケ。一番の目的は———


「―――俺の目的は『女神』を倒すことだ」

「ッ! 本気、なの……?」

「あぁ」

「相手は【影】を生み出した神様なんだよ……?」

「それでも、だ」


 『生みの親女神』が【影】より弱いはずがない。

 そして、【影】の強さは嫌と言うほど知っている。当然、戦えば苦戦を強いられるだろう。

 だが―――神の玩具になるよりはマシだ。


「もちろん、俺一人では戦いに臨むわけじゃない。義父さんや焔さんにも協力してもらうつもりだ」

「そっか……」

「そして———俺は義姉さんにも戦いに参加してほしい」

「……え?」


 俺の言葉に驚いた表情を見せる理華。

 今の自分には以前のように前に出て戦えるほどの力は残っていない――視線でそう訴えてくる理華に対し、俺は人差し指を立てる。


「義姉さんにやって欲しいのはただ一つ、『偽神兵装』を使った戦力の強化だ」

「ッ!」

「防衛隊を辞めることになったのは一人で【影】との戦闘が出来なくなったからであり、逆に言えば【影】と直接戦わないのであれば義姉さんの『偽神兵装』は間違いなく人類の大きな力になる」

「司……」

「もちろん、義姉さんは戦いからかなりの間、離れていたから嫌だったら―――」

「―――ううん、嫌じゃないよ。私も、司と一緒に戦うよ」


 「参加しなくてもいい」と俺が言おうとする前に、理華は戦いに参加すると宣言した。その瞳から不退転の意志を感じ取り、本気なのだと一人心の中で微笑む。


 流石と言うべきなのか、俺の予想通り、彼女は参戦の意志を表明してくれた。


「じゃあ、義姉さん。俺は義父さんのところへ行ってくるよ」

「うん、分かった。私も少し準備をしたら、基地に顔を出すね」


 その言葉に頷き、俺は次なる戦力を確保するために急いで基地へ向かうのだった。


―――――――――


「義父さん!」

「司か……いきなり扉を開けないでくれ、心臓に悪い」

「ご、ごめん……」

「それで? そんな息を切らしてまで、どうかしたのか?」


 部屋の奥にある椅子に腰掛け、書類を片手に問いかけてきた聖司。俺は息を整えゆっくりと口を開く。


「義父さん。『虹』の件、答えが出たよ」

「そうか、出たのか……聞かせてくれ、お前の答えを」

は『女神』を倒すことにしたよ」

「……なんだと?」


 怪訝な顔で首を傾げる聖司にどことなく既視感を覚えながら、俺は先ほど理華に話したのと同じ内容を聖司へ伝える。


 『女神』と【影】の関係。

 『虹の巫女』に訪れる最悪の未来。


 そして、それらを踏まえた結果、自身と理華が【影】と全面戦争を挑むこと。


「……なるほど」


 全てを聞き終えた聖司は深く背もたれに体重をかける。

 義父という立場からしたらすぐにでも参戦の意志を表明したいだろうが、一方で一番隊総隊長という立場からしたら他の隊員の命も考えねばならず簡単には結論を出せないでいた。


 すると、コンコンっと扉を叩く音がした。


「総隊長、今、よろしいでしょうか?」

「……入れ」

「失礼します」


 聖司が応じると、扉の向こうから一人の男が部屋に入ってきた。


「……」

「ど、どうも……」

「チッ……」


 鍛え抜かれた身体をもった男を前に、少しだけ委縮しながらも形式的な挨拶をすると、舌打ち。思わず、口を開けてポカンとしてしまう。

 男は俺を軽く睨みつけると、すぐに聖司へ視線を移す。


「全隊、本日の巡回調査、終了いたしました」

「ご苦労。何か異変はあったか?」

「やはり『虹』が壊れかけているからでしょうか、以前よりも【影】は多くなっていました」

「他には?」

「ありません」

「そうか。では、明日も報告を頼む」

「はっ」


 二人が話しているのを後ろから見ながら、俺は悶々とした思いを抱えていた。


(アイツ、どっかで見たことがある気がするんだよな……)


 どこか既視感を覚える姿に頭を必死に回転させていると、男が急に俺の方をキッと睨みつけてきた。


「……総隊長。本日の報告とは別件ですが、よろしいでしょうか?」

「……何だ?」

「ここにいる男――神木司を次の一番隊総隊長にするつもり、というのは本当なのですか?」

「うえっ⁉」


 告げられた言葉に思わず変な声を上げ、俺は男と聖司の顔を交互に見る。すると、そこで男が先日行われた総隊長会議にて聖司の後ろに控えていた人物だと思い出し、心の中で「ごめん、思い出せなくて……」と小さく謝罪する。


 確か、名前は……


「……彼方かなた、誰からその話を聞いたのだ?」

「否定しない、ということは本当に彼を次の総隊長に任命するつもりなのですね?」

「……そうだな」

「ッ! どうして……っ!」


 あぁ、思い出した。

 名前は蒼山あおやま 彼方。確か、一番隊の中でも特に優秀な戦士として紹介されていた……気がする。特段、興味のないことは覚えない主義なので名前以外の情報を曖昧だ。


 というか、何? 俺が次の一番隊総隊長?

 数字持ちナンバーズですらない俺が総隊長に?


 何の冗談だと思っていると、彼方が大声で聖司に詰め寄る。


「私は反対です! このような凡夫に務められるはずがありません!」

「凡夫だと? 彼方、お前の目は節穴なのか?」

「……どういうことですか?」


 彼方くんや。ちょっと言い過ぎだけど、確かにその通りだと俺も思うぞ。未だに、一般の部隊に所属している俺が君よりも総隊長に向いているはずがないもんな。


「お前も知っているだろう、司の『偽神兵装』を」

「……はい。一応、ですけど……」

「確かに今までは不甲斐なかったかもしれん。しかし、今の司になら任せられると私は判断したのだ」

「なぜですか……! この男は全く成長していないではありませんか!」

「ほう? 成長していない、とは?」


 聖司の鋭い眼光に一切怯むことなく、彼方は自身の意見を述べる。


「日々の巡回調査でも弱い【影】としか交戦していない。総隊長会議では多くの人々の命と『虹の巫女』一人の命、どちらを取るかをその場で選択しなかった

 ―――肉体的にも、精神的にもこの男は未熟なのです!」

「肉体的な面はともかく、精神的な面は仕方のないことだろう? もし、お前の家族が同じように『虹の巫女』に選ばれた時、即座に『虹』として捧げることを選べるのか?」

「―――出来ます」

「「―――ッ」」


 力強く断言した彼方に、俺と聖司は思わず目を見開く。


「多くの人が救えるなら、私は家族を『虹』にします」


 その瞳に宿るのは———正義の意志。

 『一』ではなく『百』、もしくは『千』を救う道を迷わず選び取る――選ぶことがこの男は出来てしまうのだ。


 もちろん、それを悪いとは思わない。

 どんな信念をもって、どんな風に人々を守るかは千差万別。そこに絶対の正解はないのだ。


 そう、正解はないのだ。


 だが―――


「―――気に入らねぇな」

「ッ⁉」


 零れ出たドスの利いた声。

 それを耳にした彼方は一瞬で俺から距離を取る。俺は生まれた距離をゆっくりと詰めていきながら、全身を小刻みに震わせる彼方に話しかける。


「あぁ、気に入らない。ほんーっとう、気に入らない。家族を『虹』にしますだ?寝言は寝て言えよ、糞餓鬼が」

「なっ⁉ な、なんでお前なんかに……ッ!」

「格下だと思っていた相手に見下される、総隊長トップを奪われる。そんなことは認めない、プライドが許さない、か―――あ~あ、これだから敗北を知らないエリート君は困るんだよな~」


 人々『千』を守るために、家族『一』を迷うことなく切り捨てる。


 そんな正義選択は―――


「―――心底、気持ち悪い」

「ッ……⁉」


 近づいてみると、彼方は大きかった。俺が平均的な身長なのもあるが、少し目線を上げるぐらいには大きかった。

 しかし、不思議と恐怖は感じなかった。


 僅かに怯えた表情を見せる彼方の胸ぐらを掴み、こちらへ引き寄せる。


「俺が総隊長になるの、反対してるんだろ?」

「そ、それは……」

「ハッキリ答えろ」

「そ、そうだっ!」


「―――なら、俺と模擬戦をしようぜ」

「……へ?」


 呆けた表情を見せる彼方から手を離し、俺は聖司の方へと視線を移す。


「勝った方が正式な次期一番隊総隊長となる。それでどうだ、親父?」

「いいだろう。今、空いている訓練場は……あるようだな」


 俺の提案に頷きながら、手元にあった端末を操作する聖司。


「では、これから訓練場で神木司と蒼山彼方の模擬戦を執り行う―――せっかくの機会だ、暇な隊員達を呼んで盛大にやろうではないか」



~~~~~~~~~


もし「面白い!」や「続きを読みたい」と思ったら、♡や☆、コメントやフォローをお願いします!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る