第5話 大神と英雄


 家を出た僕は近くの河原に足を運んでいた。


「色々ありすぎて、流石にまだ混乱しているな……」


 夕日に照らされた川を見つめながら、一人、静かに呟く。


 理華が『虹の巫女』になると即決したのは予想通りだったが、まさか自分が異性として想われているとは全くもって予想しておらず、今もそのことで頭が混乱していた。


「義父さんは反対していたし……今日は予想外のことばっかり起きてるな~」


 綺麗に整備された草むらに腰を下ろし、僕は川から空へと視線を移す。


 正直なところ、この三日間で答えを出せるのか不安を感じている。

 理華一人の命と、多くの人の命。二つを天秤に乗せた時、どちらか片方に傾くことはなく、水平のまま。話し合ったうえで決めると言ったにもかかわらず、僕は『選択』することが出来なかった。


「どうしよう……」


 そう情けなく空へ向かって呟いた時だった。


『カカカッ! 悩んでおるの、若造!』

「ッ⁉ 誰だ⁉」


 突然、頭に力強い老人の声が聞こえてきた。


『あんな残酷な現実虹の巫女を知った直後なのに元気じゃのう~』

「ッ⁉」


 聞こえてきた言葉に思わず耳を疑った。


 なぜその事虹の巫女を知っている。まだ極一部の者にしか伝えられていない情報のはずなのに、この声の主はなぜ知っているのか。

 頭の中で疑問を駆け巡らせている中、声の主は一方的に話し続ける。


『いや~これまで色んな人間達の人生物語を見てきたが、ここまでビックリな奴は初めてじゃぞ』

「……なんだよ、その傍観者みたいな台詞。神様にでもなったつもりなのかよ」


 声の主が誰かは分からないが、こんな人智を超えたことが出来ていることから、何かしらの『偽神兵装』を用いている人間がいるのだと判断し、僕はそう口にした。


 すると―――


『つもりもなにも、ワシ、神様じゃぞ?』

「………………は?」

『神々の王、大神の”ゼウス”じゃぞ?』

「は、はぁああああああああ!!!!!!!!????????」


 ―――信じられない言葉に、僕は人目も憚らず、一人、大声を上げてしまった。


―――――――――


『どうじゃ? 少しは落ち着いたか?』

「……あぁ、なんとかな」


 未だ、頭に直接語りかけてくる老人、もといゼウスに返答する。


「……で、その大神様がわざわざ僕に何の用だよ?」

『用、ってほどのことでもないんじゃが……お主にとって『必要な情報』を渡そうと思ってのう』

「……『必要な情報』?」


 一体、何の情報だろうか、と一瞬考えたが、すぐに気が付いた。


「あぁ……『虹の巫女』に関する情報か」

『なんじゃ、ビックリさせようと思ったのにつまらんのう』

「今日一日でたくさん驚かされたからな。もう気力が残っていないんだよ」


 普通ならもう少し驚くのだろうが、そもそも神様に話しかけられているという非現実的な状況に陥っている時点で十分驚いているのだ。


「で、何が目的だ?」

『目的じゃと?』

「僕からしたら、わざわざ神様が出張ってまで伝えにくるってことは、何か目的があると思っているんだよ」

『そんなもんあるわけがなかろう。ただ、面白そうだから伝えに来たのじゃよ』

「……お前、本当に神様なのか?」


 そんな理由で話しかけてくる神様がいるのかよ、と心の中でツッコミを入れるとゼウスは何故か笑い声を上げる。


『カカカカッ! お主らが変に敬い過ぎなだけで、神も人間と大して変わらんわい』

「……そうか。まぁ、少なくともアンタゼウスはそうっぽいな」


 声や話し方だけなら確かに人間っぽいかもな、と思いながら、僕はゼウスに問いかける。


「その『必要な情報』とやらをタダでくれるのか?」

『もちろんじゃ。というか、ワシが教えたいだけじゃから、むしろ聞いてくれ』

「つまらない情報だったら怒るぞ?」

『安心しろ。間違いなくっ! 重要な情報じゃからのう!』


 相当、自信があるのか元々大きい声をさらに大きくしながら話すゼウス。


「重要ねぇ~」

『なんじゃ、疑っておるのか?』

「いや、そもそも一応、神様ってことで話しているけど、それ自体もまだ疑っているからな?」

『カカッ! 生意気なクソガキじゃのう!』


 僕の生意気な態度もゼウスにはお気に召したのか、笑うのを止めない。


「まぁ、とりあえず話だけは聞かせてくれ」

『よーしっ! じゃあ、早速じゃが―――』


 元気な口調のまま話し始めたゼウス。

 その様子に僕はどうせ、『女神』から与えられた情報に多少、付け加えがなされるぐらいだろうと思っていた。


『―――お主の義姉。このまま『虹』になれば、

「……………………どういう、ことだ?」


 ゼウスの声音が一気に冷ややかな物へと変わり、僕は思わず声を震わせながら、何とか問いかける。


『ワシには分からんのじゃが、あの女虹の女神は成熟する一歩手前の少女が惨たらしい目に合うのが何よりも好きなやつなのじゃ』

「………………………は?」

『【影】は空から地上へと侵略するとお主らは思っておるのだろうが、アレを作ったのは『虹の女神』なのじゃ』

「………………………は?」

『あの女は『虹』として捧げられた少女を魂だけの存在へと変換させた後、自身が空で管理する【影】に襲わせるのじゃよ―――少女の魂が消えるときまでにの』

「………………………なん、だよ、それ……」


 告げられた内容に、僕は絶句することしか出来なかった。


『魂に変換することで意識や五感はそのままに、時間経過以外で消滅しないようにする。神による秘儀の一つじゃな』

「……魂だけに変えてまで、『女神』は何がしたいんだ?」

『さっきも言ったじゃろう。少女を惨たらしい目に合わせたいのじゃよ

―――圧殺、殴殺、刺殺、斬殺、轢殺、絞殺、焼殺

―――凌辱、汚辱、恥辱、屍姦、獣姦、輪姦、強姦

ありとあらゆる責め苦によって少女が泣き喚き、魂が消える時まで終わらないという現実に絶望する姿が何よりの好物なのじゃ』

「……狂っているッ!」


 どんな思考回路をしていたら、そんなことを思いつくのだろうか。

 怪物を生み出し人々に襲わせ、『虹』の維持という名目で少女の魂を取得。そして、自身の快楽のために弄ぶ。


 自身の義姉がそんなことのために犠牲になると?


 そんなこと、断じて許せるはずもなかった。


『ならば、どうする?』

「……あぁ?」

『ならば、どうするのだと問うておる』


 僕の心情を読み取ったのか、真剣な声音で問いかけるゼウス。


『大切な、最愛の家族が嬲られるのを、お主は黙って見ておるのか?』

「……」

『”邪悪”を形にした存在に、義姉が永遠に殺されるのを見過ごせるのか?』

「……ろ」

『このまま何も選ばず、お主は生きることを良しとするのか?』

「いいわけ……ねぇだろ!!!!!!!!」


 ゼウスの問いかけに対し、僕は大きな怒声を飛ばす。


「そんな性悪女に、大事な義姉さんを渡して堪るかよ!」

『ほう。ならば聞かせろ、お主の答えを!』

「はっ、決まってるだろ―――」


 僕……いや、の答えはただ一つ。


「―――女神を倒す! 二度と義姉さんに手を出せないよう、完膚なきまでにな!」

『…………くっくっくっ! いいのう、いいのう! そうこなくてはな!』

「楽しみしてろよ、爺さんゼウス。お前が腹抱えて笑えるような”物語”を見せてやるよ」

『あぁ、楽しみにしておるぞ。お主等が描く、最高の”英雄譚物語”をの!』



―――かくして、今ここに、新たなる”英雄”が誕生した。



~~~~~~~~~


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