第4話 義姉と巫女
翌日。
所属している隊に三日間の休暇申請を出した僕は、久しぶりに帰ってきた実家にて机を挟み義姉である理華と向かい合っていた。
「久しぶりに帰って来たんだし、ゆっくりしてね……って言える雰囲気でもなさそうだね」
「義姉さんは僕がここにいる理由に、心当たりはある……?」
「『虹の巫女』の件でしょ?」
「うん……」
力ない声で応じ、項垂れる僕の頭を理華が優しく撫でる。
「お父さんともその件について話して、その上で私に話を聞きにきた、ってところかな?」
「……うん」
思考を読まれたのかな、と僕が心の中で呟く中、理華は頭から手を離す。
「司が聞きたいのは、私が本当に『虹』になりたいのかってことでいいのかな?」
「……うん。
「そうだよ」
ハッキリと答える理華に対し、僕は項垂れたまま、小さな声で問いかける。
「どうして、義姉さんは『虹』になろうと決心したの?」
「司のためだよ」
「ッ……!」
考える素振りも見せず、返された言葉。
そこに含まれている大きな『愛』を感じ、僕は唇を強く噛みしめることしか出来なかった。
「司はさ、自分が養子だから少しでも恩返しをしようと思って、防衛隊に入ったんだよね?」
「まぁ、他にもあるけど、一番の理由はそれだね」
数年前、大規模な【影】との戦いで両親を失った僕を拾ってくれたのが神木家だった。僕は救ってもらった恩を少しでも返したくて、聖司の紹介のもと、防衛隊に入隊させてもらったのだ。
「お父さんから聞いてるよ。今はまだ色々と未熟だけど、将来は間違いなく防衛隊を背負う人間だって」
「いやいや、そんなことは……」
「そんな話は一度も聞いたことがないし、実力もまだまだなんだけど?」と心の中で突っ込む僕。
「まぁ、そんな話を聞いた時に思ったんだ―――守られてばっかりだなぁ、って」
「そ、そんなことは……!」
「あるんだよね~これが」
僕が思わず否定しようとするも、話を続ける理華。
「司やお父さんが、いつも家に帰らずに防衛隊の基地で夜間の襲撃に備えている事、私知っているんだよ?」
「そ、それは防衛隊として当然というか……ちゃんと休むことは出来てるよ!」
「うん、分かってる。司が望んで自分で選んだことだからそれを私は否定するつもりはないよ」
でもね、と理華は続け―――
「―――家族が、たった一人の
「ッ!」
無理だろうな、と思った。
僕の知る神木理華とは、傍観者であることを許さない人間であり、他人のためであれば、何でもしてしまえる性格の持ち主なのだ。
「私が『虹』になれば、司は変わらず『虹』をすり抜けてきた【影】と戦うだけで済む。そんな話を聞かされたら、私が提案に乗らないわけがないでしょ?」
それに、と付け加えながら―――
「私はもう……たたかえないからさ……」
「義姉さん……」
―――悲しそうな声と共に、右膝より下に取り付けられた義足へそっと触れるのだった。
―――――――――
理華は一時期、僕達と同じように防衛隊に所属していた。
それも僕のような下っ端ではなく、
しかし、ある時の任務で仲間を【影】から守った結果、右足を失ってしまい、その傷は回復系統の『偽神兵装』ですら癒すことが出来なかった。
懸命なリハビリの甲斐あって、日常生活に支障がないほどまで歩くことが出来るようにはなったが、かつてのエースとして力は失ったも同然であり、最終的に理華は除隊となった。
「ずっと悔しかった。この怪我がなければ今も司達と一緒に戦えたのに、って何度も思った」
「義姉さん……」
「それにね―――」
そこまで言うと、理華は先ほどまでの家族としての表情を一転させ、一人の少女のような表情で僕を見つめ―――
「―――好きな人の為だったら、私、何でも出来るんだよ?」
―――可憐な微笑みと共に、とんでもない爆弾発言をしてきた。
「へぇあっ⁉」
いきなりの発言に、僕が思わずそんな声を出すのも仕方のない事だろう。
「え、え、えぇ―――⁉ ちょ、待ってね⁉ いきなりの事すぎて頭が追いつかないから⁉」
「え~別に意外でも何でもないと思うけどな~」
別に何でもないことのように語り、ニヤニヤと笑う理華に僕は恐る恐る確認を取る。
「そ、その、好きな人というのは……」
「うん、司の事だよ」
「ッ! そ、それは、家族として、だよね……?」
「ううん、一人の男性として、だよ」
「……ァアアアア!!!!!!!!」
人間、許容量以上の情報が頭に入ってくるとおかしくなってしまうのだと、僕は柄にもないことを考えながら叫び声を上げる。
「ち、ちなみに、理由を聞いても……?」
「え、好きに理由とかいる? 好き好き大好き、それ以上でもそれ以下でもないよ?」
「シンプルイズベスト! ストレートすぎるよ!」
先ほどまでのシリアスな雰囲気はどこにいったとばかりに僕はツッコむ。
「まぁ、真面目に答えると、同い年でいつも近くで頑張っている姿を見ていたからだろうね~」
「……どうも」
「あはははっ、なにその反応~」
真面目な回答に僕は照れてしまい、そんな僕を見ながら理華は再び笑みを―――先ほどとは違い、慈愛に満ちた表情を浮かべる。
「それで、納得は出来た? 私が『虹』になる理由」
「……正直なところ、納得はまだしてないかな」
「え~どうして~」
「……どっかの誰かさんがと~っても素敵な告白をしてくれたせいですかね~」
仕返しとばかりに僕が揶揄いの言葉を口にする。
「ふ~ん。じゃあ、返事を聞いてもいいのかな~?」
「なっ⁉」
すると、理華からその百倍は優に超える言葉で反撃され、僕は思わず顔を赤らめる。
「むふふふっ、義姉ちゃんを揶揄うにはまだまだみたいね」
「ちくしょう……って、ん?」
ドヤ顔の理華を睨みつけていると、とあることに気づき、僕は内心ほくそ笑む。
「義姉さん。もう一つ、聞いてもいいかな?」
「ん~何かな~?」
「どうして、顔が赤いのかな?」
「―――ッ‼」
その言葉を聞いた瞬間、物凄い勢いで後ろへ向く理華。僕は予想が当たっていたことを確信し、追撃とばかりに声をかけていく。
「あれれ? もしかして、恥ずかしかったのかな? いざ気持ちを伝えてみたら、思いのほか照れちゃったのかな?」
「~~~ッ‼」
必死でこちらに顔は見せないようにしているが、耳を真っ赤にしながら、声にならない悲鳴を上げており、僕が口にした言葉は間違っていないのだろう。
「そっかそっか~照れているんだね~」
「う、うるさいっ~~~!」
弄られきった理華が限界を迎えてしまい、真っ赤な顔でポカポカと殴ってきたので僕は笑みを噛み殺しながら、この話はここまでにするのだった。
―――――――――
「……で、決まったの?」
「え、何が?」
「どっちを選ぶのかって話」
「あ~……」
その後、少しだけ落ち着きを取り戻した理華の問いかけに、僕は気の抜けた声を出す。
「うん……やっぱりすぐには決めれないかな。三日間、しっかり考えてから答えを出したいと思ってる」
「……そっか。司らしいね」
きっと、僕がここで決断しないと予想していたのだろう。
臆病で、馬鹿がつくほど真面目で、優柔不断な理想主義者。それが僕、神木司と言う人間であることを理華は良く知っていたからこそ、この決断にも口を挟むことはなかった。
「ってことで、ちょっと散歩に行ってくる」
「夕食までには帰ってきてね~」
「はいよっと」
もう少しだけ気持ちを整理したかった僕は理華にそう伝えると、外の空気を浴びに家を出るのだった。
~~~~~~~~~
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