第3話 選択の時間
「
「……そうだ」
重々しく頷く男に僕はただただ茫然とするしかなかった。
「つま、り、一か月以内に『虹』の再構築のために義姉さんの命を、『祭壇』にて捧げる必要がある、ってことですか……?」
「……あぁ」
あるはずもない『希望』―――義姉が命を捧げなくて済む―――に縋り問いかけた僕に返って来たのはどうしようもない『現実』だった。
「……どうして、僕をここに呼んだのですか?」
気づけば、僕は問いかけていた。
「どうして、か……」
「はい……最悪、僕に知らせることなく義姉を『祭壇』に捧げることが出来たはずです。にもかかわらず、ここにいるほとんどの方は僕に真実を教える事を選びました」
多数決とはいえ、選んだのはここにいる総隊長達だ。
なぜ、教えた。教えてくれなかったら、僕は何も知らないままで義姉の死を悲しむことが出来たかもしれないのに。
そんな思いを込めて言葉を紡いだ僕を、男は正面から見据え―――
「お前は知るべきだと、私個人が考えたからだ」
―――――――――
「……どういうことだよ、義父さん」
少しだけ空気が変わったのを感じ取った僕は正面に立つ男―――僕の義父であり、防衛隊一番隊総隊長である、神木
このような残酷な真実を、なぜ教えようと思ったのか。僕が心の中でそう呟いていると、聖司は座っていた椅子の背もたれの寄りかかりながら静かに口を開いた。
「『女神』から『虹の巫女』が理華だと伝えられた時、お前の言う通り、最初は伝えないつもりでいたんだ」
「……」
「だがな、理華がお前に伝えるべきだと言ったんだ」
「義姉さんが……⁉」
「あぁ」
驚く僕を見ながら、聖司は今回の経緯を説明し始めた。
「お前はともかく『虹の巫女』である理華には話をしておく必要があった。当然、母さんにもな」
「……」
「そこで俺は聞いたんだ、『自分一人を犠牲にするか、皆一緒に死ぬか』ってな」
「な、なんだよその二択! そんなの一般人の義姉さんに選ばせることじゃないだろ!」
「『虹の巫女』っていうのは、一般人としては扱いきれない存在なんだよ」
「クッ……」
聖司はそう言いながら、当時のことを思い出すかのように天井を見上げる。
「そしたらな、理華はこう聞いてきたんだ―――」
―――私が『虹』になれば、司は戦わなくて済むようになる?
「ッ……⁉」
その言葉に対する僕の心情は半分困惑、そしてもう半分は———納得だった。
僕の義姉である神木理華とは、そういう人間なのだ。誰かのために、特に家族のためなら平気で命を懸けることが出来てしまう人間なのだ。
「理華の問いに対し、俺は『少なくともお前が『虹』にならなかった時よりは死ぬ可能性が低いだろうな』と答えた」
「……そしたら、義姉さんは何て言ったんだ?」
「……迷う素振りすら見せず『分かった。私、『虹』になるよ』って答えたぞ」
「そっか……」
その言葉を聞いて、僕は「やっぱり……」と小さく呟いた。
「同じように母さんも『そう。理華が決めた事なら反対しないわ』って言われてな」
「……あとは、僕に確認を取るだけだった、ってこと?」
聖司は防衛隊の総隊長、それも『最強』と名高い一番隊の総隊長なのだ。人類の守り手である彼が私情で動くはずがない。
そう考え呟いた僕に聖司は苦笑すると―――
「俺は反対したんだがな、二人に拒否されたんだ」
「えっ……?」
―――驚きの言葉を口にした。
「お前のことだ。防衛隊の総隊長である俺ならば迷わず理華を『虹』にすると思ったんだろ?」
「う、うん……」
「まぁ、普通はそう思うだろうな」
ふぅ~、と息を吐きながら、聖司は話を続ける。
「最初は俺もそうするつもりだったが、考えれば考えるほど『世界』よりも『娘』を守りたいと思ってしまった」
「義父さん……」
「まぁ、当の本人からあれだけ強く反対されたから、それ以上説得することはできなかったんだがな」と語る聖司を、僕は黙って見つめる。
「―――だから、司。最後はお前だ」
「……ッ」
その言葉は、覚悟を問うているように聞こえた。
―――「家族」を選び、「世界」を崩壊させるのか。
―――「世界」を選び、「家族」を殺すのか。
どちらかを取り、どちらかを捨てなければならない。
頭で理解は出来ても、心が
「……義姉さんと、話すことは出来る?」
だから、僕の口から零れたのは「答え」ではなかった。
「あぁ、勿論だ」
「……義姉さんと話してから、決めてもいい?」
「決めれるのか?」
―――話し合った結果、お前はどちらかを捨てることが出来るのか。
視線で問いかけてくる聖司に僕は小さく頷く。
「三日だ。三日後にお前の答えを再び聞かせてもらう」
「……分かった」
「話は以上だ。他に何か報告しておきたい者はいるか?」
聖司の問いかけに、他の総隊長達は首を横に振る。
「ならば、これで総隊長会議は終了とする。各々、自身の持ち場に戻ってくれ」
『了解』
総隊長達が次々と部屋から出ていく中、僕は椅子に腰掛けたままだった。すると肩に大きな手が置かれる。
「司」
「焔さん……」
「色々悩むだろうが、後悔のないようにな」
「……はい」
僕は絞り出したかのような声で応えると、そのまま静かに部屋から退出した。
―――――――――
司が部屋から退出したのを確認した焔は未だに椅子に腰掛けている聖司の方へ視線を移す。
「……さて、司はどっちを選ぶだろうな」
「分からん。だが、この一件が司を成長させるのは間違いないだろうな」
「……後任はやっぱり司にするつもりなのか?」
「あぁ。アイツ以上に適任はいないだろう?」
聖司の問いかけに焔は「そうだな」と返す。
「司の『偽神兵装』は他と一線を画する力だ。必ず【影】との戦いで役に立つ」
「だが、まだ総隊長の指揮下にある小隊にすら配属されていないんだぞ? そんな状況で他の候補者達が納得するか?」
焔の懸念は正しい。
各総隊長が指揮する小隊―――通称:
焔が指揮する四番隊や、聖司が指揮する一番隊といったように数字のついた隊の事を指す言葉であり、そこに所属できるのはごく一部の『覚醒者』のみ。
そして、次の総隊長もそこから選ぶことが慣例となっている。
司が所属しているのは、その下に存在する有象無象の部隊の一つなのだ。にもかかわらず、聖司は司が次の一番隊総隊長にしようとしている。
口にこそしていないが、聖司の考えに反対する者は少なくなかった。
しかし―――
「司は間違いなく、将来、防衛隊の頂点に立つ。強力な力を持っているからではなく、神木司という人間だからこそ、俺は強くなれると確信している」
―――聖司はそう強く断言した。まるで、全員がいずれ気づくだろう、と言わんばかりに放たれた力強い言葉。
その言葉に焔は「やれやれ」と首を横に振ると、小さく顎を上げながら片手を小さく、クイッと動かす。
「なら、もう少し話を聞かせてくれよ。今度は酒と一緒に、な?」
「フッ……今日だけだぞ」
それに聖司も笑みを返すと、二人は部屋を後にするのだった。
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