第2話 総隊長会議


『覚醒者』


 【影】と戦う力である『偽神兵装』を有する隊員の総称。その数は年々増えており現在、防衛隊に所属しているのは約五百人ほど。


 その中でも特に強力な『偽神兵装』を有する十二人の隊員を『総隊長』と呼び、そんな彼らが集まり話し合う場こそが『総隊長会議』である。


―――――――――


「な、なんで僕が総隊長会議に⁉」

「わ、分からないけど、と、とりあえず準備をしないとね!」


 自分事のように焦る灯先輩を一瞥すると、顎に手を当て思案する蓬先輩の方へと視線を移す。


「……蓬先輩はどう思いますか、この出席命令」

「どう、と言われてもな……総隊長会議は総隊長を除き、限られた者しか参加を許されないもの、ってことぐらいしか知らないからな……」

「ですよね~……」


 人類の最高戦力である総隊長が集まる会議は当然、他の会議とは違い重大な任務について話し合う場であり、そこに呼ばれるのは全隊員の中でもトップに限りなく近い者だと言われている。


「確かに僕は蓬先輩や灯先輩よりも先に入隊していますし、それなりの実力はあると自負していますが、それでもトップ層にはまだ及ばないはずなんですけど……」

「なら、何かしらの理由があって呼ばれたと考えた方がいいだろうな」

「総隊長会議に呼ばれるような理由なんて、あるんでしょうか?」

「司の『偽神兵装』が呼ばれた理由なら俺は納得できるな」

「あー……確かに」


 蓬先輩の言葉に僕は小さく頷く。

 僕の『偽神兵装』は他の隊員の物と比べ、少し異質な物であるため、それならば呼び出しを受けたのにも納得がいく。


 ちなみに先に入隊したにもかかわらず、二人を「先輩」と呼んでいるのは、僕が二人よりも年下であり、年長者を呼び捨てに出来るほどメンタルが強くないからである。


「まぁ、これ以上考えても仕方がないな。ほら、仕事をするぞ」

「は~い……」


 そう言い、僕は溜め息をつきながら、仕事に戻るのだった。


―――――――――


 そして、翌日。


「じゃあ、行ってきま~す」

「おう、行ってこい」

「生きて帰ってきてね~」

「物騒な事を言わないでくださいよ、灯先輩……」


 昨日の動揺っぷりは何処に行った、と突っ込みたい気持ちをグッと堪え、僕は部屋から退出し、会議のある基地の最上階へと向かうのだった。


『チーン』


 エレベーターに乗っていると途中の階で止まり、外から顔見知りの人間が乗ってきた。


「お、司か。久しぶりだな」

「お疲れ様です、ほむら総隊長」

「おいおい、俺とお前の仲だろ? そんな堅苦しい挨拶は止めてくれ」

「いや、一応、基地内ですし……というか、そんなに強く叩かないでください。痛いです」


 肩をバシバシッと叩きながら豪快に笑う男の名はほむら 景勝かげかつ

 防衛隊四番隊総隊長である彼は僕の父とは同期であるため、僕は幼い頃からよく面倒を見てもらっていた。


「というか、珍しいですね」

「ん、何がだ?」

「いや、焔総隊長って、普段は【影】と戦ってばっかりなのに、今日は基地にいるじゃないですか」

「あ~……まぁ、今回は扱う内容が内容だからな~」

「そうなんですか?」


 招集をかけられただけで会議内容を知らない僕が首を傾げる。


「ん? 司、今回の議題について知らないのか?」

「はい。ただ呼ばれただけで、内容までは知らないんです」

「なるほど、アイツは呼んだだけってことか……」


 何か納得したのか、一人うんうんと頷く焔総隊長に僕が問いかけようとするも、タイミング悪くエレベーターが最上階に到着し、『チーン』という音と共にドアが開かれる。


「まぁ、会議に出席すれば全部分かるぞ」


 そう言い、焔総隊長はエレベーターから降りて行った。


「一体、何のことなんだ……?」


 口ぶりから推測するに僕が関係しているのだろうが、教えるつもりはなさそうだったので、僕は悶々とした思いを抱えながら会議室へと向かうのだった。


―――――――――


「ふぅー……」


 会議室の扉の前で僕は一度、大きく息をつく。

 この先で待つ、人外と言っても過言ではない存在達と顔を合わせると思うと、緊張で心臓の動悸が激しくなる。


 数十秒ほどで落ち着きを取り戻した僕は意を決し、扉をコンコンッとノックする。


『入りたまえ』

「失礼します」


 部屋の中から聞こえた声に応じながら、僕は扉を開き、中へと足を踏み入れる。部屋を見渡すと円状の机に用意された席の半分は既に埋まっており、僕は入り口から最も離れた位置にある椅子に腰掛ける男へ挨拶をする。


「招集に預かりました、神木司です」

「ご苦労。そこにかけてくれ」

「はっ、失礼します」


 用意された椅子に腰掛けた僕は誰にも気づかれないように小さく息をつく。


(……うん、帰りたい)


 十秒もしない内に泣き言が漏らす僕の心情とは裏腹に、次々と会議室に人が入ってくる。


 そして、十数分後。


「全員、集まったようだな。では、これより総隊長会議を始める」


 先ほど、僕が頭を下げた男が部屋を見渡しながら話し始めた。


「今回、そこにいる神木司を除き、ここに集められた理由を理解しているな?」


 男が問いかけると、僕以外の人間は小さく頷く。


「では、問おう。諸君らは彼に真実を伝えるべきだと思うかね?」


 「真実?」と僕が心の中で首を傾げる中、部屋に集まった総隊長達は各々の意見を口にしていく。


「俺は伝えるべきだと思うぞ? 知らないままってのが一番、悲しいだろ」

「そうでしょうか? むしろ、何も知らないことの方が彼の為だと思いますよ」

「僕はどっちでもいいかな~どっちにしろ、やることは変わらないわけだし」


 次々と飛び交う意見に僕が混乱していると、男がパンパンッと手を叩く。


「では、賛成か反対か、多数決を取ろう。まず、賛成の者は手を挙げてくれ」


 男の言葉に部屋にいる半分以上の者が手を挙げる。


「半数以上の賛成により、神木司に今回の件を説明することが決定した。異論はないな?」

『はい』


 全員に確認を取った男が僕の方へ視線を移す。


「では、神木司。今回、君をこの会議に呼んだ理由を説明しよう」

「は、はい……」


 男の真剣な眼差しに僕は固唾を呑みながら、続きの言葉を待つ。


「近頃、地上に現れる【影】の数が増えているのは知っているな?」

「はい」

「その原因は分かるか?」

「『虹』が崩壊しかけているから、でしょうか?」

「あぁ、その通りだ」


 男は椅子からそう言いながら立ち上がると、立体映像を机の中心に表示させる。そこに映った『虹』を指差しながら、男は説明を続ける。


「つい先日、総隊長全員に『女神』から報告が来た」

「ッ⁉」


 男の告げた言葉に僕は思わず目を見開く。


「『女神』が総隊長に連絡です、か……一体、どんな報告だったのですか?」


 僕の問いかけに、男は立体映像へ『女神』から伝えられた内容を表示させる。


 ―――今から一か月後に『虹』が崩壊します。

 ―――新たな『虹の巫女』は既に選定していますので、皆さんは『祭壇』の準備を進めておいてください。


「ッ!」


 表示された内容に僕は思わず目を見開いた。

 作り手である『女神』から告げられた『虹』の崩壊。そして、崩壊までもう一か月もないということに驚きを隠せない一方で、僕はもう一つの文章に再び目を通す。


「『虹』の崩壊は何となく予想していましたが、この『虹の巫女』と『祭壇』とは一体、何でしょうか?」


 『虹』に関係しているのだろうが具体的な内容までは分からず、僕が問いかけると

男は少しだけ苦しそうな顔でこちらを見つめてくる。


「……これから話すことは永劫、外部には漏らしてはならない内容だ。いいな?」

「は、はいっ……」


 声を上擦らせながらも何とか応じた僕を一瞥すると、男はゆっくりと口を開く。


「『虹の巫女』とは『女神』が選んだ一人の女性を指す言葉であり、『祭壇』とは新たな『虹』を作る際に『虹の巫女』を捧げるための場所のことを言うのだ」

「……えっ?」


 男から告げられた内容を、僕は理解することが出来なかった。


 正確には理解”したくなかった”だが、そんなことはどうでもよく、僕は唇を震わせながら、告げられた内容を確認する。


「つ、つまり、『虹』は『女神』が作る奇跡なんかではなく……一人の人間を犠牲に作られる『結界』ということですか……?」

「……そうだ」

「ッ⁉」


 信じたくなかった。


 これまで【影】から自分達を守ってきたのが、一人の人間を犠牲にしたものだったという事実を僕は受け入れることが出来なかった。


「……話はこれだけではない」


 しかし、話はここで終わらなかった。


 これ以上に残酷な真実があるのかと僕が顔を上げると、男はさらに顔を険しくしながら、そして———


「……君の義姉、神木 理華りかが次の『虹の巫女』に選ばれたのだ」

「……えっ?」


 ―――告げられた言葉は、僕にとって『虹』の崩壊以上に残酷な現実だった。



~~~~~~~~~


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