英雄大戦記 ~少年は『剣』となりて『女神』と討つ~

苔虫

第1話 【影】と『虹』


『グギャアアアアッ!』

「フッ!」


 不快な鳴き声と共に襲いかかる異形の怪物―――【影】に対し、僕は自身の得物ですれ違いざまに一閃。


『アァアアアア……!』


 真っ二つに切り裂かれた怪物が奇声と共に砕け消えるのを一瞥すると、僕は小さく息をつく。


「ふぅ、これで最後かな?」


 付近に怪物がいないことを確認し、僕は耳につけた通信機器で隊長に任務完了の報告をする。


「隊長、北地区の【影】は殲滅完了です」

『ご苦労』

「他の地区からの救援要請は?」

『今のところは出ていない。一度、基地に戻ってこい』

「了解」


 そう言い、通信を切った僕は駆け足で基地へと戻るのだった。


―――――――――


【影】


 突如、空から生まれ落ちてきた異形の怪物。ハッキリとした形をもつ物もいれば一切、形を持たない液体状の物まで存在する彼らの目的はただ一つ。


 ―――殺戮である。


 彼らは地上の生物に容赦なく襲いかかった。数多の動物が死に絶え、人間も容赦なく殺されていき、誰もが絶望の淵に立たされていた時だった。



『女神』を自称する存在が人々の前に現れた。



『女神』は問うた―――【影】を倒したいか、と。

人々は答えた―――倒したい、と。

『女神』はその答えに笑みを浮かべ―――そして、人々に二つの力を与えた。


一つは、神の力を再現した武装『偽神兵装ディオ・レプリカ

強力な『武器』を手にした人々は【影】と戦うことが出来るようになった。


そして、もう一つは……



―――――――――


『アギギギギッ……!』

「びっくりしたぁ。いきなり降ってくるなんて思わなかったな」


 隊長にこの地点の警戒度を上げるよう報告しないといけないな、と独り言ちながら空を見上げる。


「やっぱり、『虹』に綻びが生まれているのが原因なのかな……」


 そして、空に彩る七色の『結界』を見つめながら、僕は目を細める。



『女神』が与えたもう一つの力―――『虹』


 人々が知る『虹』の形をした『結界』は多くの【影】が空から生まれ落ちるのを防いでおり、先ほどのように僕達が倒したのは運よく『結界』を通り抜けることが出来た物達である。


 そんな『虹』だが数十年に一度、消えてしまうというデメリットを有している。


『女神』曰く、永続的な『結界』は自身の力を注ぎ続ける必要があり、その場合、神々の間で取り交わされた地上に対するルールに抵触する恐れがある。


 仮にルールに抵触したと判断された場合、神の力が奪われてしまうため、数十年に一度の再構築という形になったそうだ。



「【影】が増えるのは『虹』が壊れる前兆と言われているけど、もし本当なら想像も出来ないほど過酷な戦いになるだろうなぁ」


 今でさえ『偽神兵装』があるから何とか戦うことの出来る状況であり、これ以上戦況が悪化するようであれば、まず間違いなく人類は『敗北』する。


 事実、これまで起きた『虹』の崩壊では、いずれの時も数えきれないほどの死者を出してきた。


「まぁ、今はそんなことより早く基地に戻らないとな」


 そう言い、僕は再び街中を駆けるのだった。



―――――――――



 それから数十分後。

 街の中心にある『対影防衛基地』に到着した僕は自身の部隊室の扉を開く。


「ただいま戻りました~」

「おっかえり~!」

「うわっ⁉」


 部屋に入ると同時に物凄い勢いで抱き着かれ、僕は思わず地面に倒れる。


「イタタッ……もう、いきなり抱き着くのは止めてくださいって、何度も言ってますよね?」

「えへへ、ごめんごめ~ん」


 僕の咎める声に気にした素振りを見せず、笑うのは先輩であり僕達の隊の情報担当姫城ひめじろ あかりである。


 肩より少し下まで伸ばされた薄桃色の髪に、大人っぽさとあどけなさを混ぜ合わせた容貌。平均よりも少しだけ低い彼女を引き剥がし、僕は立ち上がる。


「はぁ~、こっちは【影】との戦いで疲れていると言うのに……」

「何を~! こっちだって他の部隊との連絡とかで疲れているんだぞ~!」

「あかりせんぱぁい、つねらないでくだふぁい。いふぁいです」


 微塵も迫力を感じさせない怒り顔で両頬を摘まんでくる灯先輩に、僕が抗議の声を上げていると、部屋の扉が開き一人の男が中に入ってきた。


「ただいま戻りました」

「おっ、よもぎんだ! お疲れ様~!」

「……おう」


 「よもぎん」と呼ばれた男の名はよもぎ 隼人はやと。僕と同じ隊の戦闘担当である。


「蓬先輩、お疲れ様です」

「おう。そっちは大丈夫だったか?」

「はい。ただ、やはりこれまでよりも【影】の数は多いようなので警戒はしておくべきかと」

「そうか。こっちも同じような感じだ」


 短く切り揃えられた金髪に褐色の肌。鍛え抜かれた身体に強面という一見、怖いと感じてしまうような見た目だが、実際は物静かで心優しい人であることを知っているため、僕は笑顔で話を続けようとすると……


「ちょっとちょっと~! な~んで同期の私を無視するの~!」


 「不公平だ!」と頬を膨らませながら、灯先輩が僕達の間に入ってきた。

 彼女の言う通り、二人は同じ年に入隊し、何年間も同じ隊で様々な活躍をしてきた所謂、同期なのである。


「……別に、無視はしていないぞ」

「本当に~? じゃあ、何で目を逸らしてるのかな~?」

「……お前には関係のないことだ」

「むぅ~!」


 そのため、決して仲が悪いわけではない。にもかかわらず、隼人が灯にそのような態度を取ってしまうのにはある理由があった。


 それは……


「灯先輩。蓬先輩に掴みかかるのはそれくらいにしておいた方がいいんじゃないですか? そろそろ報告会の時間ですよ?」

「むむむっ……! 今日のところは見逃してあげるけど、今度はちゃんと説明してもらうからね、よもぎん!」


 そう言い、灯先輩が部屋を出ていくのを眺めていると、横で蓬先輩が大きなため息をついた。


「はぁ~……」

「大丈夫ですか?」

「あぁ……相変わらず心臓に悪い奴だ……」

「蓬先輩は本当に女性に対して免疫がありませんね」

「仕方がないだろ。生まれてこの方、女性と関わることなんて数えるほどしかなかったのだぞ?」


 そう、蓬先輩は幼い頃から男性専用の戦闘学科で過ごしてきたため、未だに女性に話しかけられると緊張し、先ほどのような態度を取ってしまうのだ。


 ただ、蓬先輩が灯先輩にあのような態度を取るのにはもう一つ理由があり―――


「はぁ~いつになったら、蓬先輩は灯先輩に告白するんですか?」

「な、なぜ俺があの女に、こ、告白をせねばならんのだ!」

「いや、だって好きなんですよね? 灯先輩のこと」

「……なぜ分かった?」

「いや、見ていたら分かりますよ。蓬先輩、他の女性隊員とは必要最低限の会話は出来ていますけど、灯先輩とは未だにあんな感じなんですから」

「くっ……」


 ―――蓬先輩は何年も灯先輩に片思いをしているのである。


 僕達の隊長が『はよ付き合え』と言うぐらいには、二人はお似合いらしく、隊の古参隊員達はずっとモヤモヤした気分を見守っているそうだ。


「まぁ、何でもいいですけど、頑張ってくださいね~」

「……おう」


 蓬先輩を軽く励ました僕は空いた時間で『偽神兵装』を整備しようかと思っていると、灯先輩が部屋に戻ってきた。


「あれ、報告はもう終わったんですか?」

「そ、そんなことより! 司っち、大変だよ!」


 走って戻ってきたのだろうか、激しく肩を上下させる灯先輩に僕は首を傾げる。あ、ちなみに僕の名前は神木かみき つかさであり、灯先輩には「司っち」と呼ばれている。


「何かあったんですか?」

「落ち着いてる場合じゃないよ。司っち! これを見て!」


 そう言い、灯先輩が手に持っていた一枚の紙を僕に見せてきた。その内容を読んだ僕は思わず「えぇ⁉」驚きの声を上げ、横から覗いていた蓬先輩も微かに目を見開く。


 灯先輩が持ってきた一枚の紙。そこに書かれていたのは———



『以下の隊員は明日の総隊長会議に出席せよ―――神木 司』



 ―――総隊長会議への出席命令だった。



~~~~~~~~~


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