第7話 英雄神話


「おい、聞いたか!」

「何がだ?」

「彼方副隊長と、総隊長の息子が模擬戦をするらしいぜ!」

「なんだ、模擬戦かよ。というか、息子ってあの『数字持ちナンバーズ』にすら入れてない奴だろ? 見る価値もないだろ」

「それがよ! 何でも勝った方を次期一番隊総隊長にするらしいぞ!」

「は⁉ マジなのか⁉」

「他ならぬ総隊長聖司がそう隊員達に連絡してきたからな! ほら、これを見ろ!」


 隊員の一人が持っていた端末に聖司から送られてきたメールを表示する。


『これより第零訓練場にて、神木司と蒼山彼方の模擬戦を執り行う。見学は自由にしてもらって構わない―――なお、この模擬戦に勝利した者を正式な次期一番隊総隊長とするつもりなので、可能な者は出来る限り来て欲しい。以上だ

                                神木聖司』


「マジじゃん……!」

「正直、息子の実力はよく知らないけど面白そうだろ!」

「だな……よしっ! すぐに第零訓練場に行くぞ!」

「おうよ!」


 表示された内容に目にした隊員達は皆、同じように我先にと訓練場へと向かっていくのだった。


―――――――――


 聖司が全隊員にメールを送ってから、ちょうど一時間後。


『ワァアアアアアアアア――――――――!!!!!!!!』


 訓練場に用意されている観覧席は満席。また、至る所に立ち見の隊員がおり、俺は少しだけ驚いていた。


「意外だな……模擬戦にこんなに人が集まるなんて」

「ただの模擬戦ならこれほど集まることはない。今回がイレギュラーすぎるだけだ」


 訓練場の中央で観覧席の方を見渡していた俺に、彼方が冷ややかな声で浴びせる。どうやら、少しは冷静になったのだろう。全身からこちらを侮蔑するオーラが漏れ出ており、思わず苦笑する。


「……何がおかしい?」

「いや、なに、随分と気持ちのいい気持ちの悪い物をぶつけてくれるなと思ってな」

「そうか。なら、今から『敗北』という最高のプレゼントを送ってやるよ」

「それはそれは———最高最悪だな」


 向かい合い、その間に立った聖司が片手を上げる。


「これより模擬戦を執り行う。両者、準備はいいな?」

「はい、いつでも大丈夫です」

「俺も大丈夫だ」


 両者が応じたのを見た聖司は軽く頷く。


「では―――始め!!!!!!!!」


 そして、総隊長の座を賭けた戦いが始まった。


――――――――


「【顕現せよ これより騙るは神話の一節】」

「まぁ、そうだよね……」


 試合開始の合図と共に彼方が詠唱を始め、俺は少しだけ距離を取る。


「『偽神兵装』―――『星銀風牙アストラル』!」


 そして、高らかな宣誓と共に風を纏った巨大な鉤爪が彼方の両手に現れた。


「……なるほど。見た感じ、風を纏っているから切れ味や斬撃の速度を上昇させたものかな」


 現れた『偽神兵装』を分析していると、彼方が俺を指差ししながら話しかけてきた。


「おい、お前もさっさと『偽神兵装』を出せ」

「え、何で?」

「何でって……」

「もしかして、このまま攻撃したら、その鉤爪で俺を殺してしまうんじゃないかと思ってる?」

「そうだ。だから、お前もさっさと出せ」


 俺の問いかけに彼方は静かに答えながら、一度、戦闘態勢を解く。互いの『偽神兵装』による真剣勝負を彼方は求めているのだろう。しかし、俺はその要求に応じるつもりはなかった。


「ん~正直な、出す気にならないんだよ」

「……何だと?」

「そりゃ、お前の『偽神兵装』は確かに強力なんだろうが……俺は素手でも多分、問題ないんだよな~」

「……そうか。なら、その言葉を後悔しながら―――死ね」


 次の瞬間、目の前に移動した彼方が鉤爪を振り下ろす。その速度は通常の人間であれば目で追うことすら出来ないほど速いが……


「はいはい、っと」

「何ッ⁉」


 俺はギリギリでその攻撃を躱し、それを見た彼方、そして観覧席に見えていた隊員達が驚きの声を漏らす。


「バカな⁉ あの攻撃を躱しただと⁉」

「俺達ですら防御するのがやっとなのに、アイツ、本当に一般隊員なのか⁉」


 周りから聞こえてくる声を無視して、俺は目の前で呆然とする彼方へ声をかける。


「おいおい、何だよ、その顔。まさか、あの攻撃で当てられると思ったのか?」

「ッ……黙れ! まぐれで躱したぐらいで粋がるな!」


 「今度こそ当てる!」と意気込み、さらに速度を上げて鉤爪を振るう彼方。しかし、どれだけ振り回しても俺を傷つけることは出来ない。


「何で……何でッ! 私はお前よりも強くて、お前より優秀なのにッ‼」


 その結果、積み上げてきた自尊心が崩されたのか、喚き散らす彼方。そんな姿を見た俺は少しだけ距離を取り、再び彼方に話しかける。


「なら、どうして俺がお前の攻撃を躱すことが出来ていると思う?」

「そんなこと……知るかぁああああ!!!!!!!!」

「はぁ……ちょっと自尊心を砕かれたぐらいで情けない。これで副隊長とか信じられないな」

「黙れぇええええ!!!!!!!!」


 最早、最初に抱いた冷静沈着なイメージは砕け散り、今は駄々をこねる子供にしか見えなくなった彼方を見て、俺は小さくため息をつく。

 そして、同じように振り下ろされた鉤爪を躱し、今度はガラ空きの懐に拳を打ちこむ。


「ガッ……⁉」

「はぁ~なぜ攻撃が通らないのか、どうしたら通るのか。そういった事を考えるのは最低限のことなんだが、お前はそれすらもしないとはな」

「く、そ、がっ……」


 蹲りながらこちらを睨みつける彼方を、俺は静かに見下ろす。


「まぁいい。どうしてお前の攻撃が当たらないのか、その答えを教えてやるよ」


 そろそろ種明かしをする頃だろうと考えた俺は手のひらに小さな人魂のようなものを生み出す。

 どこか神々しさを感じさせる光を発しながら揺れる物体を前に、訓練場にいる全員が目を奪われる。


「『偽神兵装』が解放していなくてもほんの少しだけ力を持ち主に送るということはお前らも知っているだろう?」

「……あぁ。だが、それがどうした?」

「俺はそので戦っていたんだよ」

「何、だと……」


 口から告げられた内容に、彼方は目を見開き、まるで信じられない物を見るかのような目でこちらを見てくる。

 同じように観戦していた隊員達も信じられないとばかりに、次々と否定の言葉を口にする。


「な、なぁ、漏れ出た力って本当に微々たる物だよな?」

「あ、あぁ。『偽神兵装』には遠く及ばないはず、なんだが……」

「アイツはそれだけで副隊長の『星銀風牙』と渡り合っているって言うのか⁉」

「あり得ない……」


 まぁ、そう思うのも仕方ないが俺の『偽神兵装』は何かとイレギュラーなのだ。こういった芸当も簡単に出来てしまう。


「まぁ、けど、せっかくだし俺も『偽神兵装』を使うとするか」

「ッ⁉」

「あぁ、何だ? まさか怖いから解放しないでくれとは言わないよな?」

「い、いや……そんなことは……」

「そうだよな? なら、遠慮なく」


 しどろもどろになる彼方の目の前で、俺は詠唱を始める。


「【顕現せよ これより騙るは数多の英雄譚物語】」


 通常なら一節で終える詠唱。しかし、中には俺のように複数の詠唱を必要とする『偽神兵装』も存在する。

 解放するのに時間がかかるというデメリットが存在するが、その代わり、通常の『偽神兵装』よりも何倍も強力な力を持つと言う特徴がある。


「【神々が時に笑い、時に涙を流した極上の英雄譚物語】」

「【英雄汝らは過去の一幕に過ぎず なれど、その輝きは決して色褪せず】」


 詠唱が進むと共に俺の全身を巡る力が高まっていく。


「【今一度、大いなる軌跡を星へ刻み込む】」


 最後の一節を口にした俺はゆっくりと前を見据える。



「『偽神兵装』―――『英雄神話アインステラ』」



 そう告げた、次の瞬間―――


「こ、これは……⁉」


 何もない空間から突如として現れた数多の武具を前に彼方が困惑の声を上げる。


 それを横目に、その内の一つである剣を手にし、残りは自身の周りで浮遊させながら、俺は獰猛な笑みを浮かべる。


「せっかく『偽神兵装』まで出したんだ。一瞬で終わってくれるなよ?」



―――――――――


 『英雄神話アインステラ

 文字通り、英雄達が歩んだ軌跡を記した物語の名を冠した『偽神兵装』



 その能力は———英雄神話の再現。


―――――――――


 今、ここに。


 再び、大いなる軌跡が顕現する。



~~~~~~~~~


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