第2話 初恋

恋愛について話しをすると星の図鑑や天文の論文は私を夢中にさせたが結局彼らは友達だった。生物の探求の影を感じて結局私は仲たがいをしてしまった。


オナホールも結局ダメだった。


私は26歳の頃に性愛という言葉を知って最も適した物を購入した。それは布団より柔らかくて、布団よりもっと私を包み込む形状をしていた。ローションを垂すと無機物としては最も適したものであることは疑いようがなかった。突き立てる準備をする時やその道具を使う時、私は今までにない昂りを確かに感じた。だけどどれほど滑らかでも柔らかく包んでも決してよくなかった。温めてみても、より柔らかいものやより硬いものを取り寄せてもダメだった。絶頂には達したのでよかったのだけど、よくはなかった。


私はセックスが愛情を形作らないことを知った。性愛とは性が愛情を深めるという意味合いでセックスが愛情そのものを作るわけではないのだと。オナホールよりも毎日寝転ぶ布団の方が愛しているという気持ちにまだ近い感じがする。


きっと性的な快楽より毎日を共にすることの方が大切なのだ。だけど私は布団に愛していると言うほどの感情を持てなかった。つまり私は未だに恋をしたことがなかったのだ。


しかし、それはある日やってきた。


その日は動悸がして嫌な汗をかいていた。私が普段を過ごす場所よりずっとガヤガヤとしていたから。この日ここにいたのは運命だったと言わざるを得ない。なぜなら私は精神を削りながら決して踏み入るべきでない場所にいたのだから。スマートフォンを変えなければならなくなって、私の契約はネットでは完了しない作業があるから実店舗に向かわなければならないらしくて、私は大きなショッピングモールに出向いたのだった。


子供が駆ける笑い声がする。記憶の中の母のような年齢の女性が話している。無言の男性が足早な私に視線を向ける。私は怖い。


両サイドには店舗が並び、服や雑貨が売っている。接客員が笑顔を向けてくる。私の嫌いなものが喜ぶように、嫌いなものたちがたくさん集まって、悩んだ末に工夫を凝らして生まれた物を売ろうとしている。私は怖い。


新しいスマホや契約のこともまったく入ってこなかった。


"私は声が出せないです。"

「ああ、聞き及んでおります。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


メモ書きを渡すと店員は私に椅子を引いて招いた。


私からの伝達は筆談になるから細部まで聞けない。普段も結局理解は出来ないのだが、あの日はフィルムを貼ると頼んだ覚えがないのに1000円で貼り付けサービスを受けてしまった。私はこのショッピングモールの中では嫌なことを拒否する権利も失ってしまう。


それでも私はその光景にすっかり心を刺されてしまった。私は石化した。動悸で体がもたなくなったからではない。眼前に捉えた美しさに固まった。


エスカレーターの側の催事場ではカルチャースクールの実演が行われていて、その時「先生」はまさに筆を走らせていた。その筆先は大きなスクリーンに投影されて私の動悸や汗はすぐに全く違った意味合いのものにすり替わった。


半紙に一度落とした筆先は墨の水分が生むわずかな張力にひかれつつ、目的を果たすために重心をしっかり定めて優美に進んでいく。歩みを止めるとまた一段と深く重心を落としてから思い切りよく離れてしまってスクリーンの外へと出てしまった。


私の石化した体はその拍子に融解して、この目に直接映すためどすどす歩みを進める。これほど美しいものを見る人がなぜこんなに少ないのだろうか。私は人混みをかき分けるまでもなくまさにその現場である机の側までたどり着いてしまう。


電気ショックは嫌いだった。止まった心臓はそのままにしておけばいいから。電気椅子は好きだった。心臓を止めてしまうから。


初恋を例えた電撃が走るという表現は好きだった。そのまま心臓を止めてしまうかもしれないから。だけど私にその時が訪れるなんて予見していなかった。初恋を一目惚れで迎えた人間で、その姿をまじまじ見続けた者が何人いるだろうか?


電気椅子が脳を貫いて下り、電気ショックが私の心臓で閃光する。その余韻が体中に広がった。死と復活を交互に繰り返して私はこれが恋なのだと悟った。


その衝撃の中でも私は意識を繋ぎ目をいっぱい見開いて瞬きをやめた。こんなにも幸福な初恋はあるだろうか。私の人生はこれまですべて人より劣っていた。だけどこの出会いは誰よりも幸福なものだ。私はいよいよ初恋の衝撃が破壊的になったものだから"立つ"ことに努めなければならないほどだった。


生命反射に抗いながら人生で初めて受け取った最上の幸福に体を震わせ、目の前で進行し続ける初恋を味わった。

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