筆おぢ

ぽんぽん丸

第1話 孤独人間

筆おぢ本人が書いている。なぜ私が筆をとったか。あなた達が何について話しているのかを知るべきだ。あなた達はよく知らないのにわずかな断片だけを見て私を下に見る。下に見ても構わない。だけど知ってからだ。私は包み隠さず正直に話をする。


布団の柔らかさが私は好きだ。暗くした部屋が私は好きだ。暗闇は私以外の生命体を感じさせないから。


私が心を踴るのはいつだって無機物だった。国語や生物は嫌いだった。数学や科学が好きだった。他の子どもや先生も嫌いだった。母も嫌いだ。母は私にもっと覇気を持って大声を出せと言うのだから。


大人になってからは私がしゃべらないでいると殆どの人は私に病があるのだと考えて優しくなった。私は誰とも関わらずに一人で生きていけることが嬉しかった。


私は宇宙の話が好きだった。いつだって遥か遠くのことを知りたかった。何万光年もの隔たりがある恒星をつぶさに観察することに惹かれた。観測した光は何万年も前のもので地球に届く時にはその星はないかもしれない。私はこの世にないものを考えていたかった。だけど宇宙の話を調べていると、必ずこの議論が顔を出す。


”生物は存在するのか"


私はいつしか宇宙の話が嫌いになった。もうこの世に存在しない素晴らしいものが、小さな個人にまみれているかなんて私は必要としないのに、いつだってそんな話になるのだから。29歳の時に気付いてしまった。結局は宇宙の研究も誰かの関心に支えられている。誰かがお金を出して、その誰かに報告をするために調べている。お金を出す誰かは須らく人間が好きだ。いや、私以外のこの星の生き物のすべては生き物が好きなのだ。


私はそれから大体なんだって怖くなった。私が生きるこの付近のすべては人間が作ったもので、誰かを喜ばせるために存在している。つまりだいたいなんでも私の嫌いな人達のためにあるものなのだから。


…蚊の羽の音がする。この暗闇に私以外の生き物がいる。

遠ざかっている気がしたらまた音は大きくなる。


たまらなくイライラした。

羽音が大きくなって近くで止まった。ふくらはぎのわずかな感覚を頼りに渾身込めてはたいた。ふくらはぎはパチンと痛んだ。


掌を見るとそこには私の血と蚊の死骸があった。私の血を元にこの蚊が子供を産みまた生命が広がりを見せることを私は痛みを伴って防いだのだ。


痛みは和らぎ心地よさに変わった。有機生命体の繁殖を防ぐという小さな希望を果たしたことで私の心は満たされて心地よい眠りに誘われた。

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