新学期編

1話 上司と部下

 次の日、私は学園を抜けてウィザード・セクト本部へ向かった。


 去年、世界の秩序を保つ騎士ナイトになるために、ウィザード・セクト候補試験を受け、ルーカス・グレイナ先輩の野望によって原初ノ神カオスがこの世界に召喚されてしまったため、試験は中止となったが、原初ノ神カオスを消滅させた私を騎士ナイトらが認め、結果的に騎士ナイトの一員として迎えられたのだ。


 役職は氷の騎士アイスナイト


 新人騎士ナイトは、先輩騎士ナイトらの中から一人と行動を共にし、補佐に着く。


 私は影の騎士シャドーナイトであるフィリス・ライアンさんの補佐に着くこととなってしまった。これはフィリスさん直々に指名してきたためだ。そうでなければ本来、月の騎士ムーンナイトのアリエス・ローランさんの補佐をするはずだったんだとかそうじゃないとか。


 まぁ、これはこれでいいんだけど。新人の私が口を出せるわけもないからね。




───ウィザード・セクト本部/育成管理執務室


 私の前でデスクの上に山盛りとなった書類がある。その椅子に座って、にこやかに私の顔を眺める上司のフィリスさん。


 私はフィリスさんにため息をついたあと、デスクの上に手をバンと叩きつけた。


「フィリスさん!!」

「なんだい?」


 表情を一切変えず、首を少し傾けた。


「あの! この書類の山はなんですかねぇ!?」

「あー、言っておくけど僕仕事が苦手なんだよね。現場は好きだけど、書類は大の苦手。いや、この際言わせてもらうけど、!!」

「笑顔で言うなよ!!」


 この人だめだ…。あかんと脳内に警告が流れている。


 てかこの人、私をこき使うために補佐を指名してきたんじゃないか? そう思っている矢先、フィリスさんはデスクにある書類の山から一山、私の両手の上にドンと乗せた。あまりの重さに一瞬、書類を落としそうになったが何とか耐えた。


「もしかしてのもしかしてですけど…私を補佐にしたっていうのは」

「君の才能を見越したのは事実。魔法の才能を生かせるように僕が指導するために補佐として指名した。そして君の言う通り、書類を捌くためでもあるよ!! 決してめんどくさいから君に押し付けるということじゃないから!!」


 フィリスさんは椅子から立ち上がり、私の両肩に手を置いた。まるで『これ言ったらだめだよ』と圧をかけているかのように。


「あーはいはいわかりましたよー。はぁ…なーんで、いつもめんどくさい人ばかり当たってしまうのかな私は」

「それは仕方がないね」


 他人事みたいに言うなよと言いかけたが、グッと心の奥に抑えた。


 そもそも、フィリスさんの補佐になる前から気にされていたのは知っているけど、これも含めて気にされていたのか? 仕事ができるのかみたいな? 知らんけど。


 この際、諦めよ。決まり事なんだし、新人だし。


「はぁぁぁ……」

「そんなにため息つく?」

「つきますよ。それでこの書類を捌けばいいんですか?」


 呆れながらフィリスさんに問うと、嬉しそうに目を輝かせた。


「お願いできるかい!?」

「上司の命令なら聞きますよ。そこのデスクでやればいいのですよね?」

「そうさ! そこが君の席! ちなみに育成管理部は僕と君しかいないから頑張ってねー」


 だと思いましたよ。あと無責任すぎない? まぁいいけどさ! やってやるわよこの際!!


 私はやる気を何とか引き出し、デスクに書類を置いて捺印が押してある書類と、そうじゃない書類を捌き始めた。



───そして三時間後。


「休憩でーす!!」


 執務室に私の声が響き渡った。すると、フィリスさんは椅子から立ち上がり、背伸びをした。私は半分になった書類を隅に置き、デスクに突っ伏した。


「お疲れ様~。何山捌いた?」


 真上から余裕そうな声が聞こえ、舌打ちをしそうになりながらも右手の人差し指と中指を立てた。


「2かぁ~十分だよ! この調子で午後も頼むね!」

「前もってから書類片付けてくださいこの野郎」

「僕一応上司なんだけど……」

「そんなもん関係ないですこの野郎」


 フィリスさんに丁寧囲碁を交えながら本音を吐き出していると、執務室のドアをノックする音が聞こえ、フィリスさんが『どーぞー』と棒読みで返答すると同時に、執務室のドアが開き、嵐の騎士ストームナイトであるイヴァン・ゲイルさんと、背後にレオン・ケイン先輩が入ってきた。


 レオン先輩はミステリウム魔法学園の二年先輩で、今年の春に学園を卒業し、イヴァンさんからオファーがあって部下になったばかり。


 レオン先輩とは最初いざこざがあったけど、今はもう気にしていない。というのは嘘で、多少は気にしているが尊敬はしている。


 それは嘘じゃないよ?


「邪魔するぜ! おっ! 早速死にかけてるな新人ちゃん!」


 イヴァンさんは少年の様に元気よく笑った。


 その元気欲しいわ…と思っていると、レオン先輩が心配そうに声をかけてきた。


「だ、大丈夫かぁ?」

「レオン先輩!!」


 私はレオン先輩に突進した。


「ウッ…!?」

「レオン先輩ぃぃぃ!! そろそろ死にそうです!! どうにかしてくださーい!!」


 先輩の腹に突進し、腹を押さえながら私の頭を撫でた。妙な光景を見ていたイヴァンさんとフィリスさんは目を丸くしていた。


「面白い子だねルナ君は」

「どーも」


 いつの間にか復活したレオン先輩の顎置きと化した私の頭を無視しながら、ジト目でフィリスさんを見つめた。


「部下が冷たい!!」

「日頃の行いがわりぃからだろうな…」


 フィリスさんに対しレオン先輩は冷たく言葉を発した。


「レオン君もひどい!!」

「今回ばかりはこいつらの味方だな」

「イヴァンもみんな僕の敵だぁぁぁ!!」


 フィリスさんはしくしくと言いながら泣くふりをし始めた。時々チラッと見てくるのが腹立つ。


「ところで、不思議ちゃん今休憩だよな?」


 噓泣きをするフィリスさんを無視するレオン先輩は、私に休憩中なのか問いかけてきた。


「そうですけど?」

「無視しないで…」

「良かったら飯食いに行かねぇか? 休憩は一時間あるんだし、今日は奢ってやるよ」


 奢りだと聞いた瞬間私は『行きます!!』と食い気味に返事をした。


「ここは俺様が先輩としてフィリス以外の飯を奢ってやるから、レオンも気にしなくていいぜ!!」


 イヴァンさんのその言葉に私とレオン先輩は顔を見合わせ、イヴァンさんに頭を勢い良く下げた。


「「ありがとうございます!!」」

「え、僕は??」

「んじゃ行くぞ!!」


 イヴァンさんの背中を追いかけたレオン先輩と私。フィリスさんはとぼとぼと肩を落としながら私たちの跡をついていったのであった。

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転生氷魔法使いと夢の果て 桃井桜花 @ouka0128

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