女神憑き

あのときのほろよん

私は恋の女神

たまーに人間界に降りて、

テキトーな若人に憑りついて、

それなりの相手とくっつけて、

恋愛を成就させてあげるのが私たち『恋の女神』の趣味‥ぃぇ、お仕事よ。


天界でのシミュレーションでは常に優秀な成績だった私だもの、

バンバンカップルを増やしてイクわよ~♪


さぁ~て、どの若人に憑こうかしら‥


不意に視線を感じて振り向いてみると、二歳くらいの男の子が、じ~~~っと私を見ている。


人間には見えないはずなのに、あなたには見えているのかしら?


それにしても‥‥な~んて可愛いの♡

真っ直ぐに私を見つめるつぶらな瞳♡

ぎゅっとつぐんだ唇♡

おぼつかない仁王立ち♡

ダメよーダメダメ‥そんな熱い眼差し‥耐えられるわけがないっ!


あ゛‥‥思わず憑りついちゃったじゃない!

無しよ、無し‥‥って、キャンセルできない!?

こんな幼い子の恋愛、どうすりゃいいのよーー‥


というワケで、私は今、二歳の男の子に憑いている。


まぁ、きゃわたん過ぎるし、見守ることにちまちょーねー♡

あはー癒されるー♡


私が手を振って見せると、きゃっきゃ☆と喜ぶ彼♡

完全に見えているわね。


───

至福の時間は瞬く間に過ぎ去り、彼が五歳になる頃には、視線を送ってくれることがなくなった。


もう私のことが見えなくなってしまったようだ。

それでも、彼の恋愛を成就させるまでは離れることができないので、見守るしかない。


───

彼が小学校に上がり、モテ期が到来したらしい。

連日のように女子生徒たちから猛烈にアピールされている。


ふと、『小学生カップル成立でも私は離れられるのかしら?』なんて思ったりしたけど、彼はどの女子にも興味は無いようだった。


───

彼が中学に上がって二年生になったころ、後輩の娘が告白した。

チャンス‥なのよね。ちょっとだけ寂しい気持ちになった。

でも彼はお断りした。

まだ人生永いんだもの。もっと大人になってからでも良いわよね?


───

彼が高校に進学して、同級生と好きな女子のこととか語り合っている。

彼の好みのタイプとか、髪型とか服装とか、チェックしなくちゃね。


友人が語る理想の女性‥売れっ子アイドルの‥なんて話を聞きながら変身してみた。

最近の男子高校生は、こういう感じが好みなのかしら?


一瞬、彼の視線を感じた。また私のことが見えるようになったのかしら?


友人達が語る理想の女性の姿を、片っ端から真似て、彼の前でアピールしてみたけどー‥

全然気にもとめてくれない。気のせいだったみたいね。


───

彼は大学に進み、女性の友人も増えていく。

女友達と並んで歩く彼を見ると、胸の奥がチクチクする。

私の役目は、彼の恋を成就させることなんだから、こんな気持ちは抱いちゃダメなんだから‥。


───

就職。職場や旧友との付き合いの中で、何度か異性と結ばれるチャンスはあったのに、彼はいつも土壇場で拒否している。

そんな彼をいつも私は複雑な心境で見ている。

もしかして、私が彼に憑いているせいで‥永く憑いていたせいで、情が移ってしまって、そのせいで彼は恋愛できない体質になってしまったとか?

私のせいで彼は‥青春時代を棒に振り、今も恋愛できずにいるのだとしたら‥‥


───

「孫が欲しい」と両親にせがまれて彼は、お見合いをすることになった。

私は彼から一定の距離以上は離れることができない。

でも、このお見合いは成功させなきゃ。目いっぱいの距離まで彼から離れてみた。


お見合いは終わり‥結局、破談になったらしい。

ほっとしている自分が居る。ダメなのに。そんなんじゃダメなのに‥。


彼は両親に、ずっと独身でいいと告げ、両親も最後は根負けしていた‥。


───

やがて彼の両親は他界し、彼は独身のまま、歳を重ねていく。


時間とお金はたっぷりあるようで、独り旅を趣味にして、世界各地を渡り歩いた。


当然、私もずっと憑き添いながら、美しい景色をたくさん、たくさん見ることができた。

恋の女神としての役目を果たすことができない私だったけど、彼との旅を楽しんだ。


───

そしてとうとう最後の時が訪れた。


最後まで独身を貫いた彼は、いわゆる孤独死の状態でその生涯を終えた。


「ごめんなさい‥こんな寂しい終わり方‥寂しい想いをさせてしまって‥本当にごめんなさい‥‥」





「だーだ、あぶぅー(キラキラしたひとがいるよ)」



最初は二歳の頃だ。俺は記憶力がとても良いらしく、そんな幼い頃の記憶も鮮明に覚えている。


いつも部屋の天井近くに浮かんでいて、俺を楽しませてくれる人。


『そういうの』が見えるのは普通じゃないと知ったのは五歳のころだ。

守護霊とか背後霊とか言うらしいが、その女の人はいつも天井近くにいるので天女と呼ぶことにしていた。


周りから気味悪がられるのも嫌なので、俺は天女を見ないように努めるようになった。


───

小学校に上がると、俺の周りにはやたら女子たちが集まるようになった。

悪い気はしないが、チラっと天女を見ると、決まって頬っぺたを膨らませていた。

多分、この頃から意識しだしていたと思うが、天女は俺にとって初恋の相手だ。

幼少の頃からずっと一緒にいて、母さんよりもそばにいてくれる。

天女が俺の後ろに付いて来てくれてると思うと、すごく安心できた。


───

中学に上がり2年の頃、後輩から告白された。

知らない子だった。チラっと天女の顔を見ると、とても悲しそうな顔をしていた。

後輩にはごめんなさい、と謝った。


───

高校に上がり、同級生と理想の女子について語り合った。

すると天女がコスプレみたいのを始めて、目の前をウロチョロしだした。

思わず魅入っちゃった。やっぱ可愛い。天女が付いててくれるなら、彼女なんかいらない。


───

大学に進学して、女の友達も増えたけど、天女以上の娘には出会えなかった。

そのころの友人に『イマジナリーフレンド』の話を聞いたことがある。

天女は俺の心が生み出した幻影なのかも?

もし話しかけてしまったりすると、消えてしまうのかも‥‥。

失いたくはない。ずっと一緒にいて欲しい。心からそう思った。


───

就職して、それなりの付き合いの中で、何度か恋人になりかけた人もいた。

でもダメだった。俺の心はもう‥。


───

「孫が欲しい」という両親に説得されて、嫌々ながらお見合いをすることになった。

お見合いの席で、天女が部屋の外へ出て行こうとしているのが見えた。

でも、俺から遠くへは離れられないのか、足だけ見えている‥。


「僕には心に決めた相手がいるので、誰とも結婚するつもりはありません。」


ハッキリとお断りした。


両親は嘆いたが、俺の人生だ。申し訳ない気持ちもあるが、これは譲れない。


───

やがて両親は他界し、親戚も兄弟も居ない俺は完全に独りになった。

でも天女がいつも一緒にいてくれる。触れることも話すこともできないが、それでもいい。


残りの人生は、天女を連れて、色々な景色を見て周ることにした。

世界中飛び回って、天女と一緒に奇麗な景色を眺めて、とても幸せな時間を過ごした。


───

そしてとうとう最後の時が訪れた。


身寄りのない俺は独り、安いアパートの一室で、もう死ぬんだと悟る。


もう声も出ないけど、天女に伝えたかった想い‥


『ありがとう、キミが一緒にいてくれたから、

 最高に幸せな人生だったよ‥ありがとう‥‥ありが‥‥‥』





肉体から抜け出して魂だけになった俺は───


年老いた自分の抜け殻と、それにすがり付くように泣いている天女が見えた。


天女の泣く声が聞こえる。

俺に『ごめんなさい』って何度も何度も謝っている声が聞こえる。


「あのー‥‥俺の声、聞こえますか?」


「ふぇ?(ぐすんぐすん‥)」


俺は振り向いた天女に手を差し伸べた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女神憑き あのときのほろよん @Holoyon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る