油屋

 少年は一人歩みを進める。目的地は一つだったはずなのに、随分寄り道してしまった。

 一帯に溢れた橙の光もまぶしかったのは最初だけ。この光がなければこの場所はきっと、世界で一等寂しい場所だ。

「おお坊っちゃん。よく来たなあ」

「遅くなった」

 油屋の爺さんはここら一の長生きで有名だ。その容姿から福々爺さんとあだ名されている。もちろん福を運ぶ力はないが、実は福神の家系なのでは、なんて噂も飛び交う。

「今日は良いのが入ってなあ」

 少年の三倍はあろう大きな背丈、でっぷりとよく肥えた腹、長く垂れた耳たぶ。

 本人は福々爺さんというあだ名がたいそうお気に入りのようで、そう呼ばれると少し油をおまけしてくれる。ある意味一種の福かもしれない。

「そういやあ坊っちゃん、しばらく見ない間に背が伸びたんじゃあないか?」

「昨日も会っただろう」

「ありゃあ、そうだったかいなあ」

 ふぉっふぉっふぉ、と笑う爺さんは本当に福神のようだ。少々ぼけてはいるが油を見る目は一級品である。

「灯り用だけでいいのか?」

「いや、食用も一瓶頼む。えごま油がいい」

「あいわかった」

 目の前でとくとく注がれていく油は綺麗だ。きらきらと光を反射する黄金色は何度見ても飽きることがない。

「そういや、食べた。爺さんが言ってたどんぐり」

 油に視線を注いだまま、少年が言う。福々爺さんは油を注ぐ手を止めた。

「あの立派などんぐりか。粉にして?茹でて?」

「飴で」

「飴か」

 爺さんはまた、油を瓶に注ぎだす。

「そりゃあ食べ応えがあっただろうな。味はどうだった」

「甘酸っぱい」

「甘酸っぱいのか」

 ふ、と少年は堪えきれなかった笑いをこぼす。真顔で繰り返すものだから面白い。

「茜の店行ったら食えるよ」

「馬鹿言え、茜の店が売ってるのはりんご飴じゃ」

「だからだよ」

 訳が分からないといった顔で爺さんは少年に油瓶を二本手渡す。あのどんぐりはりんごなのだと、少年は教えないことにした。

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然様なら、それで 中村千 @yuki_nakamura-003

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