鬼婆

「おんやまあ珍しいお客だこった。明日は雪でも降るかね。ひょえっひょえっひょえっ」

「…おつかいだ」

 少年はどうも鬼婆が苦手だった。疑り深そうな瞳にぼさぼさの頭。きわめつけは耳まで裂けているのではないかというほどの大きな口。生え際には小さな角がのぞいている。独特な引き笑いもなんだか不気味だ。

「珍しく坊っちゃんが来たんだ、今日は祝いに狸汁でもこしらえようか」

「…冗談か?」

「あぁあもちろん」

 にこりと笑いをつくる鬼婆に寒気が走る。どうも苦手なのだ。こういうところが特に。

「よく切れる包丁を二本…それともう一本、まな板が切れない程度の切れ味のいい奴」

少年は二本、一本と指を立てる。鬼婆の顔がくしゃりと歪んだ。

「そりゃあ難しい注文だ。まな板が切れない程度の包丁なんて包丁じゃないってのにまったく…」

 途端に機嫌の悪くなった鬼婆はぶつぶつ言いながらも包丁を探しているようだ。棚の下を探して顔が隠れてしまうと鬼婆要素は大分薄れるのだが、それでも声にさえ威圧感が含まれるのは一種の能力ではないだろうか。もちろん顔を合わせれば二倍以上だが。

 一息ついているその横に、ざっと人影が現れて少年は顔を上げた。きらりと光が反射して、思わずうっと声を漏らす。

「坊っちゃんじゃないか!こんなとこにいるなんて珍しいね」

「…翠玉か」

 妓楼よし乃の遊女、翠玉がそこにいた。先ほどの光は彼女の簪が跳ね返したもののようだ。その名にちなんでか美しい翠の着物は、色白の肌と濃い口紅がよく映える。

「あんたまた来たのかい、ついこの間作ってやったばかりだろう」

顔をのぞかせた鬼婆に、翠玉はふざけたように舌を出す。

「ごめんってえ。だって汚れちゃったんだもん。でも母さんのやつが一番良いからぁ」

「は」

 翠玉の言葉に、少年は体を固まらせる。今、母さんと言っただろうか。鬼婆を相手に。

「か、母さん…?」

「あれ、母さん坊っちゃんに言ってなかったの?」

「んなことくっちゃべってなんの儲けになるんだい。ほら、持っていきな」

 それもそうだ、とのんびりした口調で呟きながら、翠玉は鬼婆から簪を受け取る。磨き上げられた、明らかに鋭利な簪。そう、それはまるで包丁のような。

 じっと簪を見つめる少年に気づいて、翠玉はにんまりと笑ってそれを髪に挿す。

「中には面倒なお客さんもいるからね、正当防衛ってやつさ」

ケラケラと翠玉は楽しそうに笑う。丁寧に飾りが彫られた簪は、彼女によく似合っていた。

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