第22話 デイビッドのなりたかったもの
「……ユース、君は騙されている」
何を言っているのだろうと、ユースティシアは思った。
「どういう意味ですか?」
「言葉の通りだ。君は騙されている」
ついに狂い始めた、とリリーは感じた。
「僕はユースに聞いたのに、そいつが答えた。そういう計画を立てていたのかい? そうじゃないよな。ユースはそんなことしない。自分の言葉で相手に届ける君のことだ。そいつがでしゃばって出てきただけなのだろう?」
まるでデイビッドは自分に言い聞かせているようにそう言った。焦っているのだ。そして恐れている。ユースティシアを取られれば、デイビッドの勢力は著しく下がる。
(なんとかしてユースを取り戻さなくては……あのクソメイドに唆されたに違いない。ユースは素直でつけ込まれやすいから、きっと、あいつのせいで……)
独占欲と優越感を大さじ二つ。
執着と嫉妬を少々。
名声と羨望を求める心をひとつまみ。
デイビッド・グラントという男は、そのようにしてできている。
「ユース。君はそいつと別れた方がいい。悪い影響を受けている。そう、そうだ。平民といる時点でよくなかったんだ。一緒にいるのを認めるべきではなかった。すまないユース。俺の判断ミスだ」
「……デイビッド様、もう、おやめください」
「なんのことだいユース? ああ、謝罪を忘れていたね。本当にすまなかった。やはり平民と共に過ごすのは……」
「そのように申すのはやめてください」
ユースは心底悲しそうな瞳をしていた。
デイビッドは過去に同じような瞳を見たことがあった。
『デイビッド。俺が嫌いか?』
デイビッドは思い出した。
それはもう、随分と前のことだ。
『急にどうしたのですか? 兄上』
兄のフェリックス・グラントは優秀な人だった。皆が兄を褒め称えた。デイビッドはその尊敬の言葉を数多く聞いた。
『頭も良くて、剣の腕も素晴らしい! 将来有望ですな!』
『なんでもこなす天才です! 王族の見本たる姿と言えるでしょう!』
『素晴らしい兄君をお持ちですね、デイビッド王子。とても羨ましいです』
その期待はデイビッドにも多く寄せられた。フェリックスの弟なのだ。きっと兄弟揃って優秀に違いない、と。
だが、同じ血を持つ兄弟でも、すべて同じであるわけではない。デイビッドも優秀だったが、フェリックスと比べると、どうしても劣って見えてしまうのが現実。
表ではデイビッドも讃えられたが、裏ではこう言われるのだ。
『デイビッド様はフェリックス様よりも不出来だ』と。
デイビッドはそれが悲しくて、悲しくて、悲しくて……フェリックスを恨んだ。
『兄上だけずるい』
『兄上のせいで比べられる』
『兄上がいなければ僕が一番なのに』
そんな時だ。デイビッドはユースティシアに出会ったのは。
『お初お目にかかります。ユースティシア・レイノルズです』
デイビッドはフェリックスを超えることを目指していた。公爵家は前々から目をつけており、その一つにレイノルズ家があった。
ユースティシアは優しく可憐な人物だった。金糸の長髪、澄んだ碧眼、ふとした時に微笑む姿……など、デイビッドはユースティシアに魅せられた。
『デイビッド様』
愛らしい公爵令嬢。ユースティシアなら、フェリックスに負けない婚約者になれるとデイビッドは確信した。
デイビッドはユースティシアが誰かに奪われないよう、人一倍愛を捧げた。ユースティシアも同じように愛を返した。そうでなければ、デイビッドは壊れてしまいそうだった。
デイビッドはある一点に固執していた。フェリックスに勝つことが、デイビッドの永遠の目標だった。
だからなのだろう。
『デイビッド。すまなかった』
そう、フェリックスに言われた時、デイビッドは怒りでどうかしそうだった。
『ずっと気づいてあげられなくて、ごめん。俺のせいでデイビッドに重圧がかかっているなんて、知らなかった。知ろうとしてなかった。本当に、すまなかった』
いまさらなんなんだ、と、デイビッドは思った。
あんたのせいで苦しかったのに。
あんたのせいで失望されたのに。
いまさら謝られても、許せない。
フェリックスへの憎悪と嫉妬は、誰にも止められないほど膨らんでいた。
『デイビッド。俺が嫌いか?』
ああ、嫌いだよ。大嫌いだよ。
わかりきったことを聞くなよ。
デイビッドの思いは変わらない。
だけどーー
『急にどうしたのですか? 兄上』
兄にも負けない弟を演じ続けた結果、デイビッドの本心を知る者はいない世界になってしまった。
『僕は兄上を尊敬しています』
周りが言っていたことを、自分も言えば本心を知られない。
『兄上は優秀なお方です』
何度も聞いた言葉だ。
『兄上を嫌う理由になんて、ありませんよ』
デイビッドはデイビッドでなくなっていた。それを知る者は、きっと、この世界には存在しない。
デイビッドは、それに耐えられなかった。
「……で」
悲しみは怒りを生み、怒りは崩壊を生む。
「なんで、なんでなんでなんで!」
暴走は止まらない。
誰にも止められない。
「僕はユースを愛していて! ユースも僕を愛していた! なのにどうして! なんでみんな僕から離れていくんだよ!」
デイビッドの根本にあるのはある感情だ。
(嗚呼)
ユースティシアはそれを悟った。
(デイビッド様は、ひとりぼっちなんだ)
デイビッドは孤独を叫んでいた。
「愛してるって言ってくれたじゃないか! あれは嘘だったのか? 嘘じゃないって言ってくれよ!」
「嘘じゃないですよ。デイビッド様」
ユースティシアはデイビッドに近づいた。
リリーが静止をかけるも、ユースティシアは拒んだ。
「なら、どうして……どうして、僕から離れていくんだ……っ」
デイビッドは今にも泣きそうだった。
「……理由は、一つだけです。わたくしの愛したデイビッド様は、もういないから……」
「どういうことだ……?」
「……」
言うのに躊躇いはある。だが、言わなければデイビッドは納得しない。
「……デイビッド様。あなたは、目標に向かって一途に突き進む方でした。その理由が何であれ、わたくしは、応援していました。デイビッド様は知らないかもしれませんが……その時のデイビッド様は、とても輝いていました」
その目が、その姿勢が、ユースティシアは好きだった。だから彼のために力を尽くしたいと思ったのだ。
「でも今のデイビッド様は違います。……デイビッド様は王なんて目指していなかった。デイビッド様はご自身のなりたかったものを、覚えていますか?」
「!」
そうだ。
デイビッドは王なんて目指していなかった。ユースティシアに、一度だけ教えたことがあった。将来何になりたいかを、一度だけ、教えたのだ。
デイビッドがなりたかったのは――
「僕は、王となった兄上を、支えたかった」
ユースティシアは首を縦に振り、頷いた。
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高嶺の薔薇令嬢、百合メイドの愛を知る。 詩月結蒼 @shidukiyua
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