速すぎる自転車

米no鵐 4鼠八

速すぎる自転車


 今朝は何方付どっちつかずの微妙な天気だ。

雨は降らない予想だったが、空にはよどんだ厚い雲もあって、どちらに転ぶかわからなかったので、一応、自転車の横側に傘を挟んでおいた。急な雨の時用の、かなり古い紺色の傘だが、こいつは持ち手が黒で角張ってるし、結構重さがあって気に入っている。多分、買ってから30年近く経ってると思う。


今日は月曜日、先にゴミ出しもした。いまからは買い物だ。

ここら辺は随分な田舎なのに、家から自転車で行ける範囲に三軒もスーパーがあるのは有り難いことだ…。俺は車の運転ができないから、凄く助かる。


我がお袋が去年の末に自宅内で転倒して、寝たきり状態になってから、早半年になろうとしている…。もう八十代後半だ…。リハビリのようなことは始めたが……また歩けるようになるかどうか……。

凄く…凄く、太ってるからな…。まぁ、それは本人の責任だが…。


買い物は、もう何年も前から俺がやっている。

お袋と二人暮らしなんだから、当たり前だ…。帰りは雨が降らなければいいが……



「ぴかぴかやね♪」


突然、誰かの声が……声が下の方からして、驚いた…。


いつの間にか、スーパーの駐輪場で、俺が止めた自転車の隣に、……そのお婆さんも、自分の自転車を止めていたのだ……。


だいぶん腰が曲がっていて……見るからに、田舎の…田舎にしかないような、今朝の空模様と同じ様な、でも少しだけ上品な色使いのお婆ちゃん色の服を来たお婆さんが、俺に話しかけてきた…。

ぴかぴか…とは、俺の禿げた頭のことを言ってるのか…と、最初は本気でそう思ったが……年の割には生気があるそのお婆さんの人差し指が指差した先には…俺が乗って来た自転車があった…。


ぴかぴか……確かに、でもこの自転車、本当はもう10年近く前に買ったものだ。お袋が本人用に勢いで買ってしまったママチャリだが、少し大きくて、上手く乗れなかったので、俺の先代の自転車がつい最近壊れるまで……物置の片隅で、ビニール袋をかぶせたままにしてあったのだ…


「…ああ、ありがとうございます…」


突然、知らない人間に話しかけられたし、普段、他人とほとんど会話をしないので、…なかなか言葉が出て来なかった…。

ようやく返事はしたものの、そのお婆さんは、別に俺の返事が聞きたかったわけではなかったらしく、軽く、俺の言葉にかぶせてくるタイミングで……


「これな、大正時代の自転車よ♪ こないだ自転車屋さんで点検してもらったら、まだいけるって…」


と、そのお婆さんは、すぐ自分の自転車を指差して話し出した…。どうやら、誰でもいいから、そのことが言いたかったらしい…。実際、その自転車は…、お婆さんの背丈に合わせてか、少し小さめで、あちこち錆びてはいるけれど、元は薄いピンク色で、チェーンケースの部分には、大正ロマンな花模様が描かれていて風情があって、そのたたずまいは美しかった…。


俺はまた言葉がすぐに出て来なかったが、なんとか……


「…大正時代! それは凄い! 大丈夫って言われたんだったら、まだまだいけますよ!」


……と、少し頑張って、大きめの声を喉から絞り出し、同意した。そのお婆さんは、俺の返事に気を良くしたようで、まだ何か言い出しそうだったが…、こっちももうスーパーに入ろうとしていたところだったから…「じゃ、失礼します…」と言って会釈し、そそくさと中に入って行った…。


スーパーでの買い物に、見知らぬお婆さんと会話する…という予定は無かったので、自分の動きを止めることは出来なかった。…それに、なるたけ早く買い物を済ませたかったのだ…。


スーパーの中では、最近、また、少し心配ごとがあった。

知的障害のある大男に度々絡まれているのだ…。

もう、5~6年になるだろうか…。


そいつも客として来ているだけなので、滅多に会うことはない。会わない時は、半年以上、出くわさないこともあるのだが、会い始めると、毎週のように出くわす時もある…。


…まるで、熊のような大男で、背丈は190cm近くあり、プロレスラーのようにガタイがいい…。常に、頭がふらふらして落ち着かず、薄気味悪くニヤニヤし続けていて、何ごとか口元でぶつぶつとつぶやいている…。

夏でも冬でも年中同じ服で、見るからに小汚い不清潔な、古臭いストーンウォッシュのデニム地のジャケットを着ている。そいつも、もう禿げ始めているから、四十代以上だとは思うが……俺よりはかなり年下だ……。

何らかの知的障害があるのは明らかだが、一人で外出して、一人で買い物をしているのだから……ずっと入院しているわけでもない、そこら辺は境界線上の人間なのだろう。


最初の時は、多分、人違いをしたのだと思う。

5~6年か、それ以上前のことだが…、その頃、ここらのスーパーに、俺とよく似た服装の男が買い物に来ていた。俺と同じように平均的な身長で、細身で黒っぽいフード付きの上着を着た男…。…ただ、その男も、行動は若干おかしくて…、熊男くまおとこほどではないものの、自分の求めている商品のところにのみ直行して、周りをほとんど見てない感じで……スーパーにいる間、他の客とは別の時空にでもいるかのように、かなりの高速で動いていた…。少し、自閉症的な部分があるのかな……と思っていたが…、見る度に、「俺と同じ様な風体ふうていだな…」とも思っていた…。


…多分、熊男は、その黒フードの男と俺とを間違えたのだと思う。

どこかの施設で一緒なのか、仕事場で一緒なのか…。


ある日、突然、俺の後ろから、わけのわからない…言葉になってない呪文のようなものを投げかけてきたのだ……。


最初の時は、人間違ひとまちがいに気づいて、向こうが慌てて逃げて行った…と憶えている。

ところが、何か月かしてから……その熊男は、わざと同じようなことを俺にしてくるようになったのだ……。

俺がその黒フードの男とは別人だと知っていながら、こっちを驚かせるように、突然、後ろから……わけのわからない言葉で……唸ってくる、吠えてくる……。そして、声を発すると同時に、顔を背け、逃げるようにして立ち去るのだ…。


本人にとっては、知人とよく似た男にやっている幼稚な行動なのかもしれないが…。あまりに回数が多くなると、やられるこっちは……驚かされるというより、脅されてる感じがしてきて、……反射的に、激怒しそうになる……。


しばらく出くわさなくても、……段々、悪意がこもっているような態度になってきた……と、こちらは感じていた……。

もしかしたら、その知人との仲は……それほどよくなかったのかもしれない……。

この前などは、熊男は少しエスカレートして、俺が買い物した商品を店にある台の上で、持参したトートバッグに入れていると…、わざわざ、俺の前に来て、目の前に店が設置してある小さいビニール袋をロールから何枚も乱暴に引き抜いて……出て行った…。

どう見ても、そいつは毎回、たいして物を買ってない。要らない袋を何枚も乱暴に持って行ったのは……俺を脅したかったからだ……。


…そう言えば、その黒フードの男の方は……この数年、全く姿を見ない……。

完全に入院してしまったのだろうか…。あの熊男が、外に出られるのに…?



俺は……、俺は、自分の怒りを抑えないといけなかった……。


問題は、自分のことだ…。

反射的に、ブチ切れてしまってはいけない…。


あんな熊男……殺すのは簡単だ……。

ただ……それどころか、殴ったり、蹴ったりしても、……問題が起こる……。


俺は……、俺は、自分の怒りを抑えないといけなかった……。



俺は……、……俺の名は、吉志きしのひまろ……。


ああ、この名前に意味はない……。かなり昔の本に出てくる名前だ……。

とうの昔に死んでるんだ、俺は……。


確かに、いまの俺の……戸籍上の名前は違うが……そんなものどうでもいい…。…この前、国立国会図書館で見つけたのだ……俺自身を…。『霊異記』とかいう本の中で……。


本当は、その本を読もうとしていたわけではなかった。『宇治拾遺物語』という本を読んでみたくなって……一緒くたになってた本があったから、読んでいたのだ…。こういうのも抱き合わせというのだろうか…。


ああ、そうだ……国会図書館とは言っても、本物じゃない。


俺がいま暮らしている場所は、ど田舎だから、そんなものあるわけない。ネットを通して、国会図書館の本が借りられる…と、これも最近知ったのだ…。

しかも、デジタル化してる本だから……いつでも、どこでも、……何人でも、借りられるわけだ……。


凄いな……。この時代は……。


こういう技術を使えば、世の中もっと多くのことが、もっともっと平等になりそうなものだが……。


俺は、……本当に、この時代の人間なのだろうか?……


その物語に出てくるその男……吉志ひまろは、母親を殺そうとする鬼畜であり、そのせいで神の罰を受け、文字通り足元の大地が真っ二つに割れて、地獄に突き落とされる…。


そう……俺は……俺は、この世界に、堕ちて来たのだ…。


……この世界は地獄だ……戦争、戦争、人殺し……なんて、ひどい地獄なんだ……。全く……反吐へどが出る……。


この国の政治家達は、脱税パーティに必死だ。ノルマまで作って、私腹を肥やしている。誰も指摘しなければ、そのまま…懐に入れたままになってた金だ…。それに領収書が要らないなんて…これじゃあ国民は奴隷じゃないか…。


ウチのお袋は、よくテレビで政治番組を見て、そういう政治家たちのことを、怒りまくっている…。

たいていは怒ってばかりだけど……、中には…支持して応援している政治家氏もいたな…。最近も…


…10歳の時の誓いの通りに生きているという政治家氏…。


多分、そういう人がまともな政治家なのだろう…。多分…。



彼を見て、ふと考えてた……俺の誓いは何だったのだろうか?……と。


そして…、思い出した。俺の誓いは……14才の時だった……



 「我が母を、人殺しの母親には出来ない…」



それが自分の誓いだとは思ってなかった…。


あの政治家氏の言葉を聞くまでは……。



中学生の時……14才の時に、学校の不良に殴られたことがあるのだ…。

突然、理不尽に言いがかりをつけられ、突然、数発、殴られた…。


こっちは、全く予想してなかったことだったし、相手の動きを止めることぐらいしか出来なかった……。

それは、その時、すぐに終わって…、その後は、何もなかったのだが……。


問題は、その後の…、俺の…、俺の頭の中だった……。


そいつを殺そうと思っていた……。



 「我が母を、人殺しの母親には出来ない…」



俺は、何週間も……もしかしたら、何か月も、悩み続けた……。


殺すのは簡単だ……


あんなのはただの鼠輩だ……殺すのは造作もないことだ……


俺には、わかっていた……簡単に殺せる……簡単に……



 「我が母を、人殺しの母親には出来ない…」



両親には、相談できなかった。

彼らは、普通の人で……普通の田舎者の、イカれた田舎野心に取り憑かれていて、……他に心配事が山ほどあって、…そんな余裕は無かった。



 「我が母を、人殺しの母親には出来ない…」



俺がそいつを殺したら……俺のお袋は、人殺しの母親になってしまう……


俺は……俺は……


……俺は、代わりに、俺の心を、殺すことにした……


考えてはいけないことは考えない……


それには、自分の心を殺すしかなかった……

少なくとも、その時の……14才の俺には……


だが、心の一部を殺すと、……その内、全体が動かなくなっていった……


後で考えると、俺は……何もかも、出来なくなっていったようだ……


結局、何年も後になってから……俺は、他人と会話が出来なくなって……病院の精神科に通うことになった…。

確か……入院はしなかったが、何年も通ったようだ……。

よく憶えてない……その頃も、もしかしたら今も……時間の感覚が、俺には、あまりないんだ……。



 俺は……俺の名は……吉志きしのひまろ………


俺は……この世界に、堕ちて来た……


……ここは地獄だ……戦争、戦争、人殺し、奴隷、見殺し……



それでも、俺は……


俺は……ここに来れて、幸せだ……


俺は……ここで……罪滅ぼしのために…、母親のために生きることができる……


……我が母を、……俺のお袋を……、俺の母を……


……俺の……たった一人のお母ちゃんを……、人殺しの母親には出来ない……。


俺は、……俺は……、これからも、俺の心を、殺し続けないといけない……



ふいに、目の前に、あの黒フードの男がいるのかと思って驚いた…。

彼ではなかった……俺だった……。店の中の柱に大きな鏡があって、自分が映っていたのだ…。

……そう、もう、この年だ……。

…よほどのことがなければ、妙なことは起こらないだろう……多分…

だからこそ、今日は少し急いでいた…。


このところ暑くなってきたせいか、熊男に出くわすことが増えてきたのだ。

…家を出るのを、1時間早めてみた。これからは出来るだけ早く買い物を済ませよう…。涼しい内に済ませれば、出くわすことも無くなるはずだ…。


俺は自分の買い物メモに書いてある商品をさほど吟味もせず、次々とカゴに入れて行った。

あらかた入れ終わって、レジに並ぼうとすると……いつものレジ係の人がおらず、休止中の札が立っていた…。


レジの人にも、上手い下手があるから……あまり人を替えたくなかったが、仕方ない……俺は、背中合わせになっている隣のレジに並ぶと……初めて見る新人マーク付きの女性が担当だった。

ちょっと体格の良いスポーツウーマンタイプの……新人主婦レジさんに見えた。とにかく、初めての人は、失敗がないか……こっちが真剣に、こちら側に向いている小さいレジ画面を見てないといけない…。ベテランでも、たまに間違うことはあるのだから…。

俺は、ずっと、その小さな画面を……自分が立っている位置から、少し斜め横を見ていた…。

多分そのせいで……少し早く気付いたのだ…。


熊男が来ていた…。


背中合わせの隣のレジに並んでいた…。二人ほど後ろに…。

こんな時間に見たことは無かったのに…。


俺は…当然の如く、気付いてないフリをして、自分の買い物の方だけ見ていた…。

……俺のタイミングだけなら問題ない……。少しゆっくり動いていればいいだけだ……背中を見せずに……。


その時、新人の主婦レジさんが、


「これ、台に置いときますね!」


……と元気良く、少し余計なことをしてくれてしまった……。

彼女に悪気はない…。こっちは禿げ頭のご老人……に見えたのだろう…。

バーコードを通し終わった商品を入れたカゴが二つになるので、一つを先に、台の方に持って行ってくれたのだ…。

いつもの人なら、俺は自分でカートに戻すし……まだそこまで年を取ってないとわかっているから、そんなことはしないのだが……。


俺は、ちょっと頑張って、急いで返事をした…


「……ああ、いいよ、置いといていいよ……」


と言ったが、もう遅かった…。

彼女は、俺のカゴを少し離れた台の上に置いて、レジに戻りながら…俺にはまだ必要なかったと気づいて…「すみません」とは言ってくれたが…、こっちは、違うことに気を付けなければいけなかった……


「いやいや、いいよ…」と……もう一回、違う否定をして……俺は、ちょっと……気を使いすぎて、我慢が効かなくなりそうだった……


熊男が何を言ってきたところで、……反射的に、殴ってもいけないし、蹴ってもいけない……


俺は、さっさと家に帰らないと……


こっちが警察の世話になってる場合ではないのだ……


お袋は寝たきりだ……誰が世話するのだ?……



俺がレジの機械にお金を入れている時に……斜め後ろに気配を感じた。かなり上の方から……。

こっちがごちゃごちゃやっている間に、熊男は、自分の支払いを済ませて、俺の後ろから、また何か、わけのわからない言葉で、俺を脅そうとしていた……。


俺は……


俺は……気配を感じて……切れかかっていた……


ああ……あそこに、鉄の棒がある…。台の上にある店のお知らせを貼ってある棒は……うってつけだ……。

今日はちょうど、硬い傘も持っているし……。


後ろを見なくても、そいつがヘラヘラとにやついて近づいて来るのがわかった…


お袋の世話は……誰か、誰か他人様が、しばらくやってくれるだろうか……


そう思った瞬間…



「久しぶりやな、元気にしてるで? 真面目に生きなよ…」


ふいに、横から、……横の……下の方から、声が聞こえた……。

あの、腰の曲がったおばあさんが……俺にではなく、……その熊男に声を掛けたのだ……。熊男の知り合いらしかった…。


熊男は、そのおばあさんの存在に気付いてなかったようで、不意を突かれて、あわてて、頭をぐるぐると大きく回しながら……ここを見られてはまずいと思ったのか、俺を脅かすような、いつものわけのわからない畜生言葉を、ぶつぶつと自分の口元で小声でつぶやくだけで、……明らかに、少し心残りな態度で、俺やおばあさんをチラ見しながら、その馬鹿でかい図体をふらふらと揺らして…、出口へ向かって行った…。


……あの熊男の弱点は……動き出したら、止まれない所だ……。


急に戻ってまで、俺を脅かす態度は出来ないのだ…。それに、今は…知り合いらしいお婆さんがそこにいる。そのお婆さんは、まだ自分の買い物を、古びた…水色の買い物袋に入れていた……。



俺は……


俺は…………そのお婆さんに、助けられたのだ……。



もし、もし、あの婆さんがいなかったら……。


殴り出したら、蹴り出したら……武器も使って…止まらないのは……わかっている……。



……俺は、……俺は、あの腰の曲がったお婆さんに助けられた……。


それに気づいて……そのお婆さんの顔をちゃんと見ようと思ったが……、その人は、いつの間にか、出口の方に向かって行って……後ろ姿しか見れなかった……。


俺は……まだ自分が買ったものを、トートバッグに移してなかったから……追いかけては行けなかった…。買ったものを……家に持って帰らないと……。ウチでは……我がお袋が、好物の刺身を待っている…。少し早いけど、ご所望だったからアイスも買ったし…。

急いでトートバッグに入れたかったが……そんなことをしたら、中でぐちゃぐちゃになってしまう…。結局、いつも通り、慎重に、バッグの中で崩れないように……時間を掛けて、詰めていった……。


俺がスーパーの駐輪場に出たころには、雲の合間から、何本か光のハシゴが出ていた…。ああ…今日は傘は要らなかった…。


あの婆さまの姿も、大正時代の自転車も……見当たらなかった……。



……その時、思い出した……。


…そうか、あれは、もう10年以上前のことだった…。

あの大正時代の自転車を押したお婆さんに声を掛けられたのは…。

今はもう、俺の自転車も、ところどころ錆び始めて…全体にくたびれて来てる。ぴかぴかじゃない…。今日見たのは……また、幻だった…。


このスーパーの、この場所に来ると、俺は時々、思い出すのだ…。

俺には、時間の感覚が……あまり…ない……。


さっき助けてくれたお婆さんは……多分、別人だろう……。



ああ……そうだ、早く帰らないと……。

バッグの中に、刺身も、アイスも入ってる…。

お袋の……オムツやパッドは……朝替えたから、夕方まで大丈夫なはず……


俺は、自転車をこぎ出して……それでも、しばらくすると、ちょっと危なくなったから…、自転車を降りて…、雨は降ってなかったが、傘を取り出して差し、自転車を押して…、歩いて帰ることにした……。


目から、涙がこぼれてきていた。



……俺は、……俺は、あの腰の曲がったお婆さんに助けられたのだ……。



ありがとう……、ありがとう……、婆ちゃん……。



あの時、俺は……危なかった……。切れかかっていた……


この年で、もうそんなことはないと思っていたのに…。



俺は……


俺は……、昔のことを忘れかかっている……


俺は……歩き続けないと……、俺には……自転車ですら速すぎる……



これからは……ああいう服を着た婆ちゃんを見たら、とにかく、何か、良くしてあげないと…。助けてあげないと…。…でも、そこらじゅうにたくさんいるから、区別つかないな……。


……しょうがない、全部同じ婆ちゃんだと思うか……。


一人も、百人も……たいした違いじゃない……。


どの人かわからんのだから、……全員にお礼しないと……。


その内、あのお婆ちゃんに当たるだろう……。


田舎の、田舎にしかないような、田舎のおばあちゃん色の服を着た………おかみさん………


よく見ると……、そこやかしこを……歩いてた……












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