第1話 転移前

 僕の名前はユウ、サガラユウだ。今僕が何をしているか、目の前の先生を見れば分かると思う。これは二者面談だ。で、今、問われていることと言えば、中間テストの成績と、志望高校ってなわけ。


「聞いている?サガラ君」

 とナミシタ先生が言う。

 ナミシタナミ。32歳、独身。少し茶色に染まったロングヘアが特徴の英語の先生だ。最近彼氏ができたらしいともっぱらの噂。そんで僕の担任。愛称はナミナミ。


「聞いていますよ」

 時刻は15時半を少し過ぎている。

「クラスであなただけよ、志望校決まってないの。去年まではちゃんと音大の付属って書いていたじゃない。どうしたの?」

「ピアノやめたんですよ」

「だとしても、合唱コン、弾かないのはまた別でしょ。練習してないっていったって、そこまで下手になるわけじゃないでしょ。私、サガラ君のピアノ好きなのよ」

「そんなこと言われたって困りますよ」

 俯きがちに答える。

 「とにかく、夏休みにまた、三者面談あるから、それまでには志望校決めといてね。あなた勉強もできるんだから、どこにでも行けるわよ」


 時間が過ぎたからこれまでね。ピアノのことは、考えておいて。と先生は言い、僕はありがとうございました。と言う。椅子から立ちあがり、先生にお辞儀をして教室の外に出る。すると、次の面談者らしきカオリが、待機用の椅子に座っていた。


「お疲れ、ユウ」

「お疲れ、次だっけ」

 カオリが節目がちにうん、と答える。

「バレー部は?」

「前半だから、もう終わり」

 と言うものの彼女はまだ部活動用のtシャツを着ていた。

 中間テスト明けの部活は午後1時からと午後3時半からに分かれる。それを前半とか後半とか言うわけだ。

「この後どうするの?」

 彼女に聞かれる。

「図書室行って勉強」

「私も行っていい?」

「勿論」


 そう言って、彼女は教室に入っていった。僕は図書室に向かう。

 この珍しい時間の図書室には誰もいない。素晴らしいことだ。悠々自適だと思い、ルンルン気分だった。静かな所は好きだ。

 僕は勉強をしながら、カオリを待つことにする。


 僕は何も志望校のことを考えていないわけではない。確かにピアノをやっていた頃は音大付属の高校を志望していたけれど、勉強だってまあまあできるのだ。ここら辺の高校なら多分どこだって行けるだろう。けれども、何か判断をする、自分で進路を決める、大げさに言えば自分で人生を決めるということに少し躊躇っている。まあ、次の三者面談の時の志望校には、一番近い高校の名前を書いておこう。母親は、どうせ自分のことに興味なんてないだろうから、どこでもいいだろう。と思い、勉強を始める。



 しばらくしたらカオリが来た。1人15分程度の面談だ。意外と早い。

「この後どうするの?」

 とカオリに聞かれる。図書館の机は狭く、4人くらいしか座れない。そこに参考書を広げて陣取っている僕がいる。

 顔を上げずに僕は言う。

「リクの部活が終わるまで待つかな」

 前言った言い方で言うならば、リクの部活は後半だ。

「じゃあ、私もそうする」

 と言い、正面の机を陣取り始めた。いつの間にか着替えたらしく、制服に戻っている。部活中は結んでいたポニーテールをほどき、ロングヘアになっている。参考書も一応持っているらしく、目の前で開かれる。

 リクというのは野球部の部長で、僕のクラスの学級委員という物凄い属性を持っている奴だ。ただし勉強はできない。僕とカオリの幼馴染だ。リーダーシップがあり、身体もごつい。部活にも入らず、ピアノばっかしていた僕とは全然違う。時々、3人、うちで勉強をしたり、だべったりする。


 2時間ほど勉強をして、カオリが急に言った。

「ねえ、帰りに海、寄らない?」

「勿論」

 と僕は答える。


 6時になると学校が閉まるので、校門でリクを待つ。3人で帰るのは小学生の時からよくあることで、中学で朝練がない時とかは一緒に学校に行ったりする。それくらいの仲だ。リクに関しては家が隣で、カオリは一緒に住んでいる。


 そうだ、カオリについて説明しなければならない。カオリは僕とリクの幼馴染なことは間違いないのだけれど、両親が小6の時に事故で亡くなっていて、親戚もいないので、色々あって我が家に住むことになった。生前、彼女の両親とうちの両親が仲良かったから。それだけのことと言えば、それだけのことだが。それ以来、家族同然のように過ごしている。両親を亡くしたカオリと同居する僕を冷やかす奴もあまりおらず、(とは言うものの、同じ小学校だった奴は皆知っているのだが、同じ小学校ではなく、中学に入って初めて同級生になった奴には知らない奴もいる)その辺は多分、リクのおかげもあるのだろうと思っている。リクは昔からリーダーシップが凄く、正義感も強いやつで、クラスの中心にいるような明るさを持つので、リクの親友のような僕等を揶揄うことは誰にもできなかったというのもあるのだろう。そのおかげで、なよなよした僕なんかはいじめられずに済んでいるわけだが。

 

 しばらく待っていると、「おまたせ」と言い、リクが来た。まだ5月だというのに肌は結構焼けており、野球部のため髪型は勿論坊主だ。身長も180近く、僕より5センチ高い。


「お疲れ」

 そう言い、僕等は3人、並んで帰っていく。

「あ、海寄る」

 とだけリクに伝える。カオリはたまに海に行きたがる。理由は分からないが、それに僕等は付き合う。まあ、6時とは言え、そんなに暗くないし、危険なことはないだろうと思い、向かう。


 向かっている途中は、進路の話をした。

「俺は勉強できないし、夏の大会で結果残して、推薦で高校行きたいね」

 とリクは言う。なるほど、その手があるのかと感心する。自分には関係ないことだが。

「良いね。野球部強いの?」

 と僕は言うが、リクに頭をくしゃくしゃにされる。

「部活のことは何も知らないんだなお前は」

「まあね」

 リクを見る。リクは手を止めて僕を見る。真剣な目つきでこう言った。

「強いよ」

 それが何だか印象に残った。

 カオリはどうやら、県内有数の進学校を目指すらしいことが分かった。

 僕の番になる。

「やっぱり近場かな」

 と言い、てきとうにはぐらかす。2人とも僕のことを良く知っているので、深くは尋ねなかった。


 そうこうしている内に海に着いた。

 眼前に広がる景色は真っ青というより、紺色だった。

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エコウii~クラスごと異世界に飛ばされたのに俺だけ魔法が使えないのだが。 ナカバヤシカド @baysufyuuu

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