子供リセットボタンの悪用

ちびまるフォイ

子どもの成長管理は親の権利?

息子が10歳の誕生日を迎えた夜。

夫婦は深夜に家族会議を開いた。


「あなた……どうするの? リセットする?」


「僕は……したほうがいいと思っている」


「でも、まだ10歳よ?

 それにそこそこいい感じに育っていると思うわ」


「約束しただろう。私立に通えなかったら、10歳でリセットすると」


「でも……」


「考えてみろ。仮にここでリセットしなかったら

 次の子供リセットタイミングは20歳。

 僕らの判断に対して嫌がるに決まっている」


「そうね……」


夫婦は意を決してリセットボタンを押した。

その瞬間、二人の子供はふたたび0歳からスタートした。


初回の失敗を経験した夫婦は、

今度こそいい子に育ってもらえるように英才教育を施した。


習い事をツメツメにいれまくり、

友達も親が厳選して意識高い人に囲まれるようにする。


これ以上ないくらいの良い環境で子供を育て、

夫婦が40歳を迎える頃、息子は10歳の誕生日を迎えた。


ふたたびリセットタイミングに差し掛かる。


「あなた。今度はどうかしら。

 私立にも通えているし、品行方正。

 非の打ち所がない子に育ったわ」


「ああたしかに……」


「どうしたの? うかない顔をしてるけど」


「2回目で僕たちの子供は本当によく育った。

 ということは、だ。

 

 ……3回目ならもっとうまく育てられるんじゃないか?」


「……そ、そうかもしれないけど」

「なにが不満なんだ」


「私達は40歳。次に子供が0歳からリセットしたら、

 次のリセットタイミングには50歳になっているわ。

 授業参観日に私だけめっちゃおばさんになってるのは……」


「馬鹿言うな。自分の都合よりも子供が第一だろう。

 子供がなにを一番求めているかちゃんと考えてみろ」


「そうね……ごめんなさい。

 そうよね。子供はいい人生を歩める方がずっと幸せなはずよ」


「2回目は成功したんだ。3回目はもっとうまくやれるはずさ」


「ええそうね。間違いないわ」


二人はふたたびリセットボタンを押した。

子供は0歳に巻き戻った。


3回目の再スタートともなると夫婦の手際もすっかりよくなり、

子どもに英才教育を施すプロになっていた。


あらゆる多彩な可能性を引き出す教育。

さまざまな経験と引き出しを増やす体験。


およそ他の子供には与えられないほどの高い学習を与え続けた。


そうして帝王学をディープラーニングさせられ続けた子供はーー。




見事にグレた。



「近寄んじゃねぇ、ばばあーー!」


「きゃあ!」

「こら! 家でバットを振り回すんじゃない!」


「俺の勝手だろおらーー!!」


非常に頭が良く、なんでもできてしまう息子は

その性質がゆえにねじまがってしまった。


あまりに早すぎる成長にともない、人類史で最も早い反抗期を迎えた。


国の未来をひっぱってくれるリーダーを育てたはずが、

暴走族のヘッドとして悪友を率いるリーダーになってしまった。


夫婦は子供がいないのを見計らって家族会議を開いた。


「ど、どうする……?」


「どうするってあなた……リセットはできないじゃない」


「ぐっ……。それはそうだが……」


子供はまだ10歳を迎えていない。

にもかかわらずすっかり家族の主導権は息子に握られていた。


「10歳にならないとリセットはできないわ」


「あと1年もあんな恐竜と一緒に生活するのか!?

 こっちの身が持たないぞ」


「じゃあどうするのよ」



「……もう今の時点でリセットをかけるというのは、どうだ?」



「10歳のときに押したら0歳になるけど、

 10歳になってないのに押したらどうなるの?」


「わからない。でも……0歳近くにはなるんじゃないか」


「それは推測でしょう?」


「だからってあんな野獣を家で飼うわけにもいかないだろう」


「私のお父さんも明日来るのよ?

 もし失敗したら……」


「あんな孫の姿を見せるほうが良くないだろう」


「……そうね、リセットするしかないわ。何があっても」


「ああ」


夫婦は孫の顔を見に来る祖父のためにも、子供リセットをかけた。

10歳を迎えるよりも前にリセットされるた子供はどうなったか。


消えてしまった。


0歳としてこの世に生を受けるよりも前に戻ってしまい、

子供はもうこの世にはいなくなってしまった。


「き、消えちゃった……」


「10歳未満でリセットするとこんなことになるなんて」


「ああ、あなたどうしましょう。明日にはお父さんが来るのよ!?」


「お、落ち着け。君のお父さんはまだ孫の顔は知らないんだな?」


「ええ、だから楽しみって言ってたわ」


「ならまだ大丈夫だ」


夫婦は養子縁組を爆速で申し込み、

もっとも出来のよさそうで賢そうな子供を引き取った。


翌日、孫の顔を楽しみに両家の祖父母がやってきた。


「い、いらっしゃい」

「どうもお義父さん……。こ、これが息子です」


「ばぶばぶ」


夫婦が抱き上げる子供は、夫婦のどちらの顔にも似ていなかった。

肉親だからこそわかる夫婦のぎこちなさをおじいちゃんは見抜いていた。


部屋をぐるりと回ると、子供リセットボタンを見つけた。


その近くには10歳未満の子どもの服が脱ぎ散らかされていて、

まるでつい昨日まで別の子供がいたような様子がわかる。


おじいちゃんはすべてを察してしまった。


「それがワシの孫かい?」


「え? ええ、そうです。もちろんですよ。

 あらゆる教育や経験をさせて、

 誰よりも立派な子にしますよ! 今度こそ!」


「そうかぃ……」


おじいちゃんは残念そうな顔でリセットボタンを手に取った。




「ワシは育て方を間違ったようじゃな」



おじいちゃんがボタンを押すと、夫婦は0歳にリセットされた。

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