妖精王と籠の中の小鳥

@tiana0405

第1話 月明かりのあの晩に


 退屈だ、全く退屈だ。妖精王オベロンは、大きくあくびをしながら伸びをした。妖精たちの住む世界は、いつもと変わらず、草木が生い茂る広大な自然に囲まれ、ゆったりとした悠久の時を刻んでいた。



「あら、退屈なら仕事を代わって頂いてもいいのよ、あなた。」



オベロンが頭を上げると、妻である妖精女王ティターニアの美しい笑顔がそこにあった。


「 誰かさんがしばらく水の精霊ローレライと大変お楽しみだったおかげで、仕事なら沢山

たまっているのよ。」



皮肉たっぷりな妻の様子を見るに、ここ最近のオベロンの浮気は全て筒抜けのようだ。


「王様、怒られているね。きっと僕たちが昨日女王様に報告したからだよ。」



「そうだね、そうにちがいない。」



振り向くと、家来の花の妖精たちがこちらを見ながらひそひそと話している。ここにいて

は分が悪い。オベロンは、跳ねるように立ち上がった。



「すまぬ、ティターニア!東の空から私を呼ぶ乙女のすすり泣く声が聞こえる!行かねばならん!」




マントを翻し飛び去る夫の姿をあきれたように見送り、ティターニアは呟いた。



「あの人の好色にはつける薬がないのね。さあ、ティータイムにしようかしら。」



ティターニアは肩をすくめると、家来たちと共に城へ戻っていった。



  一方、無事に妻の追求を免れたオベロンは、何となく東の空を漂っていた。



「本当に私を呼ぶ乙女が現れでもしてくれればいいのだが...全く退屈なことよ... 」



 雲間から何気なく下界を見下ろすと、何やら赤い鳥居へ向けて何かを運んでいくみすぼらしい一団が見えた。



「おお、なんだあの者たちは。」



興味をひかれたオベロンは、急いで地上に降り立った。近寄ってみると、人々は神輿の上に白無垢を着た黒髪の可憐な少女を乗せていた。



「ほお、東の国へは前も来た事があるが、ここまで清らかな花は見たことがない...。」



 思わず少女に魅入ってしまったオベロンだが、奇妙な事に気づいた。集団の様子はこの国

の祭りに似ているように思えるが、どうもそれにしては人々の顔が暗い。すすり泣く者さえいる。不思議に思ったオベロンは、近くにいた老婆に聞いてみることにした。



「この少女はどこに連れていかれるのだ? 」



「なんだ、あんた...ここら辺のモンじゃないのか...この子は、村の飢饉を救うためにお社 様に捧げられるんだ...可哀想だが、村のためには仕方ないことだ...。」



「何だと、このような見目麗しいいたいけな幼子を犠牲にするというのか!なんと愚かな、西の国でも悪魔の降霊術に子供を犠牲にする者たちがいたが...。 」


 

 驚いて大声になったオベロンは、ふと視線を感じて上を見上げた。見ると、神輿の上の少女が目に涙を一杯溜め、助けを求めるようにオベロンを見つめている。


少女の視線に気づいたのか、先ほどの老婆が小声で囁いた。



「本当は、村長さんの娘さんが選ばれたんだ、だけども、誰だって自分の子供は可愛え。 そんで、親のいない菫に白羽の矢が立ったんだ、可哀想だよ...。 」



「ならば、なぜ貴様が代わってやらぬ!なぜ子供1人に村の全てを背負わせるのだ。」



「人身御供は子供って決まってるだ、そんなことしたら祟りが起こる、くわばらくわばら。 」



「誰がそんなことを決めたというのだ!私の友人にも神はいるが、そんな惨い捧げものを頼んだという話は聞いたことがないぞ!。」



オベロンが怒気荒く老婆につかみかかっていると、行列の先頭から、雷のような怒号が飛ぶ。



「神聖な儀式の邪魔をするな!よそ者が!」



見ると、一際立派な着物を身にまとった男が怒鳴っている。



「貴様、わが身可愛さに子供を犠牲にして恥ずかしくないのか?」



「うるさい!村のためだ!仕方ないだろう!」



「その贄が我が子でもお前は同じ言葉を言うのか?」



男は、言葉に詰まったようで目を白黒させている。なるほど、この男が村長にちがいない。


「お前たちと話しても埒が明かない。時を待つとしよう。」



村人たちの身勝手さに呆れたオベロンは、お社様が現れるという子の刻まで境内で待つことにした。辺りはすっかり暗くなり、人っ子一人いない。夜風に当たっていると、小さな嗚咽が聞こえた。



社の中に入ると、先程の少女が、大きな籠の中に閉じ込められ、肩を震わせている。



「怖いならば、逃げ出すがよかろう。私が手伝ってやる。」



なだめすかすオベロンに、少女は首を振った。



「そんな事をしたら、村の皆が祟りに合うかもしれない。皆、私に優しくしてくれたもの。」



「あんな奴らが優しいものか、祟りにあっても無理はない!」



「それでも、皆困ってるのに食べ物をくれたんだよ。仕方ないの、菫は親がいないから。」




俯きながら悲しそうに答える菫の姿を見て、オベロンは胸が締め付けられ、心の中で固く誓った。


(なんといじらしい幼子だ...よし、この私がお前の親となり守ってやるぞ!)



 そんな事を考えていると、突然目の前に淡い光が差し込んだ。少女が呟いた。


「お社様...?」


光の中から、哀しげな表情を浮かべた儚げな女が現れたのだ。神々しいが、どこか弱々しい。



「また村人たちは、捧げものにこのような少女を...やはり私の声がもう聞こえていないのですね...ごめんなさい、私の力が及ばない限りに貴女につらい思いをさせましたね...」


女は、涙をはらはらと流しながら籠の中に入り、慈愛に満ちた眼差しで少女を抱き寄せている。



「貴様がお社様か...一体全体、どういうことなのだ?」


女はオベロンの姿を見て、目を丸くした。



「貴方は異国の...精霊か土地神ですか?」



「うむ、私は精霊の王様のようなものだ。それより、話を聞かせよ。」



 お社様の話によると、戦続きのここ百年、村を守ろうと力を使いすぎたため、少しずつ弱っていったのだという。力を失いつつあるお社様は、雨を降らすことが出来なくなり、田畑が荒れて飢饉になったようだ。



困った村人たちは、三十年ほど前から、締め切った社に、食料も水も置かずに人身御供として子供を捧げるようになったのだという。



力の弱ったお社様は、子供たちを助け出す事すらも出来ず、ただただ子供たちが飢えて死んでいく様を見続けることしかできなかったらしい。



「神職の者たちにも、何回も言いました。私の力は失われつつある、この土地を捨てて近 隣の肥沃な土地に新しく村をうつしなさい、と...しかし、どこも戦火が絶えないのでしょう。この国は戦で疲弊しきっています。村をうつす新たな土地など、どこにもないのです...。」



「そうか...。」


オベロンは、少し考えた後、懐から何かを取り出した。



「お主が我が願いを聞き入れてくれるのであれば、この指輪をくれてやろう。安心せよ、これはさる水の精霊に契りの品としてもらったもの。お主が水にまつわる土地神ならば、たちどころに力が戻ることだろう。」


「そのような大事な品を受け取ってもよろしいのですか...?」


「よい。子供の笑顔には変えられぬ。この品をくれた知人も、わけを話せば納得するだろう。」


オベロンは、照れくさそうにポリポリと頭を掻きながらそう答えた。



 三日後の夜、力を取り戻したお社様によって激しい豪雨が降らされ、凄まじい雷鳴がとどろくと共に、雷が村長の家の庭の木に落とされた。雨の中、村中の者に聞こえるように、重々しく威厳に満ちたお社様の声でこう告げられた。



「今まで雨が降らなかったのは、村の者たちが罪もない子供たちを犠牲にしていたからです。私はそのようなことは望んでいません。今後、人身御供が捧げられるような事が一度でもあれば、村は滅びるでしょう。毎年、人身御供にされ亡くなった子供たちを弔うために、祭りをしなさい。さすれば、村は末永く守られることでしょう。」


このご神託を聞いた村人たちと、家の木に雷が落とされた村長は真っ青になって震え上が

り、それからこの村で人身御供が捧げられることはなくなった。



「お社様と村を助けてくれてありがとう、異国の土地神様!」



一部始終を見守っていた菫は、初めて見た時とは見違えるように明るい表情を浮かべて喜んだ。その菫の様子を見て、オベロンは決心したように口を開いた。


「菫、私と一緒に私の国へ来ないか?私がお前の父親となって守ってやろう。」



驚いたような顔をした菫は、お社様の顔を見上げた。お社様は、少女の頭をなでながら、優しく頷く。



「うん!私、土地神さまと行く! 」



少女ははじけるような笑顔で答えて、オベロンの手を握った。その姿を見たオベロンは、優しく微笑むと少女を抱き上げた。



 数刻経ち、妖精王が帰路に着くと、城門の前で女王ティターニアが腰に手を当てて仁王立ちをしている。


「いつまでも帰って来ないと思ったら...。」



 オベロンは妻に腕の中の子供を見せ、慌てて口に人差し指を当てた。少女が安心したようにすやすやと寝息を立てている。その表情は、籠の中にいた時とは別人のように見えた。



幼子を見たティターニアは、何も聞かず微笑み、優しく、そっと少女を抱き寄せる。その瞬 間、雲間に隠れていた月がふと顔をのぞかせた。月光が祝福するかのように、この家族の上 に降り注いでいた。

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