二着の白のサファリジャケット

藤泉都理

二着の白のサファリジャケット




「サファリジャケット」

 快適さと機能性を求めて考案され、アフリカのジャングルの中で着る冒険家たちにより普及した。

 シャツ襟の開襟仕立てで、一般的に軽量コットン生地またはリネン素材で縫製されており、伝統的にカーキ色系統、そして付属にウェストベルトや肩章である「エポーレット」と胸に左右二つとサイドポケット二つ、合計四つのプリーツ付きフラップポケットが付いている事で、動きやすさを考えていて、ショルダーパットなしの若干肩が落ちたデザインとされるのが、「サファリジャケット」らしいディテールとなっている。


「コンバットブーツ」

 歩行性や耐久性が重視して設計され、防水性にも優れている点にある。

 デザインは、靴紐で編み上げる方式が一般的で、ふくらはぎと脛から下をがっちり覆ってガードし、分厚い作りのラバーソールには、ブロックパターンが施されている。素材には本革が使用されている、タフでヘビーな印象がある兵士が戦闘用に履くブーツ。




 階級を示すエポーレットなんか取っ払っちまえ。

 ここで細かい階級は関係ねえんだ。

 カーキ色のサファリジャケット、ズボン、コンバットブーツを装着しているおまえたちは、白のサファリジャケット、白のズボン、白のコンバットブーツを装着している俺の命令だけを聞いていればいい。


 訓練を行う野営地にて。

 兵士が整列する中、最初の挨拶でこうのたまったあなたは自分のエポーレットを掴んで引き千切るや、おまえたちも早くしろと檄を飛ばした。

 これがあなたの初命令だった。




 白なんて目立つ色をどうして装着しているのですか。

 兵士の誰かが尋ねた。

 誰の血も付けないっていう、俺の覚悟の証だ。

 あなたは答えた。

 明日は敵軍に突入する。

 真っ昼間。

 円座して酒を酌み交わしていたところだった。

 今までの喧騒が一斉に消え去って、あなたの言葉を逃すまいと、あなたに視線が集中していた。


 俺は、誰の血も流させはしない。

 俺も、味方であるおまえたちも無論の事、敵軍も、だ。


 そんな事できっこない。

 酒の力は偉大だ。

 誰も彼もが言った。

 私も言った。

 敵軍の兵士を殺す為に、ここで人殺しの訓練を受けて来たのだ。

 敵の血を、敵の身体にだけではない、このサファリジャケットに、ズボンに、コンバットブーツに流す為にここに居るのだ。明日ここから出るのだ。

 ああ、そうだな。

 あなたは微笑を浮かべては、酒瓶に残っていた酒を一気に飲み干した。


 酒に中てられたのか。

 あなたの微笑に中てられたのか。

 次から次へと、瞼を下ろしては、地に倒れていく。


「へえ。おまえ。薬に耐性があるのか?」

「はい」


 仲間は全員倒れて、あなたと私だけしか起きていなかった。


「お一人で敵軍に行かれるおつもりですか?」

「そうだ」

「お一人で戦争を終わらせられるとお思いですか?」

「そうだ」

「では、何故この野営地に来られたのですか?さっさと敵軍に行かれたらよろしかったのではないですか?」

「仲間の顔を見て、仲間と一緒に過ごして勇気をもらおうと思ってな」

「………とても嘘くさいです」

「そう思いたきゃあ、そう思えばいい。じゃあな」

「もう、行かれるのですか?」

「ああ。こいつらの事は安心しろ。無害の睡眠薬を飲ませただけだ。もう少ししたら、部下がやって来てこいつらの故郷に連れて帰るからよ。おまえもそのでっかいヘリに乗って帰れ」

「あなたの、サファリジャケット。替えのものはありますか?」

「は?ああ。まあ。あるが。どうするつもりだ」

「私も装着して、あなたと共に行きます」

「敵が憎いか?」

「憎くない人間なんてここにはいないでしょう?」

「愚問だったな」

「ですが。あなたと共に行くのは、敵を殺す為ではない。あなたが、本当に成し遂げられるのか。見届ける為です。誰の血も流させない。そう、あなたは言いましたね」

「ああ」

「証人が、必要です。あなたが成し遂げた事を証言する兵士が」

「そんなの。ドローンで録画してりゃあいいだろう」

「ドローンでなんて伝えられません。私は、私が直に感じた事を、私の言葉で伝えたい」

「………」

「私は闘いません。あなたについて行くだけです。まあ、あなたが死んだら、その限りではありませんが。白のサファリジャケットも、白のズボンも、白のコンバットブーツも。全部、敵兵の血で黒に染めます」

「おまえをこの場で寝かせる事は、容易くできるが」


 あなたは言うが早いか、一気に距離縮めて、私の顎を片手で掴むと、顎を砕かんばかりに力を強めた。

 私は平淡な表情を変えず、あなたを見つめていた。

 無言で私を見つめていたあなたは不意に仄かな息を吐き出して、いいぜと言ってはテントに向かい戻ってくると、あなたが装着しているものを一式、私に放り投げた。


「下着も同じのがいいってんなら、渡してやるが?」

「いえ。下着は結構です。他人の物を履くなんて、死んでも御免ですから」

「なあ」

「何ですか?」

「俺が成し遂げたらよ。おまえの故郷に一緒に行っていいか?」

「はあ。別に構いませんが、緑ばかりで面白くも何ともありませんよ」

「いいぜ。緑ばっかのそこでデートしようぜ」

「………私の返答次第で、あなたの士気に何か影響がありますか?」

「あると思うか?」

「………いいですよ。デートしましょう」

「おう」

「では行きましょうか」

「おう」


 地に倒れている仲間たちに背を向けて、私とあなたは走り出した。





















 数年後。


「ねえ。先生。このサファリジャケット、真っ白じゃん。レアもんじゃん。俺にくんない?」

「だめだ。これは、俺とこいつだけの特別なサファリジャケットなんだから。な?」

「別にいいですよ。私のものをあげます。真っ白ですからね。汚さないように気を付けてくださいね」

「わーい。さっすがあ。先生と違って優しい!」

「おい。だーめーだ」

「いいじゃないですか。別に。ただのサファリジャケットでしょう」

「だめだ。俺とおまえだけのもんだ」

「いいでしょう。別に。次世代の方に役立ててもらえるなら、このサファリジャケットも本望でしょう」

「あ。だめだっつってんだろ。これは、墓に一緒に埋めてもらうんだからな」

「環境破壊になるので、だめです」

「あ?何だおまえ。素っ裸で墓に入るつもりか?うえーい。すっけべえ」

「………ご要望にお応えして、あなたは素っ裸で墓に入れてあげますよ」

「おまえ。俺の裸をおまえ以外に見せていいのか?」

「別にいいですよ。じゃんじゃん見せます。ので。年老いても、肉体は整えておいてくださいね」

「おう。いつまでも、おまえにメロメロになってもらう為に、超整えるわ」

「はは。本当に先生たちは仲がいいね」

「まあな」

「否定はしません」


 あなたが私を抱き寄せてキスをしようとしたので、掌で防いでは、耳元でそっと囁いてやった。











(2024.6.19)



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二着の白のサファリジャケット 藤泉都理 @fujitori

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