第23話 古きを温ねて新しきを知れ

 時は夕暮れ。キオが船員たちを連れて船の細部を観察していた。その様子を少し離れた場所からロニは眺めている。そんなロニにフック船長が話しかけてきた。船長なのに暇なのだろうか?


「嬢ちゃんはいったい何をやってるんだ? 船大工じゃないんだから船の細部を見ても何もわからないだろうに。あれか? おっきな船に興奮してるのか?」

「まあ船に興奮してるのはあるのかもね。やたらと帆船にこだわるし。あの船見た目は帆船だし。でも細部を観察してるのは結界魔法の強度を上げるためだろうけど」

「観察したら強度が上がるのか?」

「俺も詳しいことは知らないし、受け売りなんだけど。なんでも結界魔法って何を基点にするかで変わってくるらしいんだ。座標を基点とするか、物質を基点とするか」


 ロニはフック船長に結界魔法についての授業を始める。キオ先生の真似をして人差し指を立てながら。


「座標つまり空間を基点とした場合には結界はその空間で固定される。もちろん大きさを変えたりはできるけど、動かすには一度結界を解いて新しく作り直さなければいけないらしい。

 一方、物質つまり人とか物を基点とした場合には、その基点が動くと一緒に結界も動く。そして、基点としている物質について細部を知っていれば知っているほど強固な結界が作れて柔軟性も上がるらしいよ。あとは座標とか物質に魔法陣を描くことで魔力を通しやすくなったりもする。

 今回は結界の基点は船になるはずだから、細部を確認しつつ魔法陣を描いてるんじゃないかな」


 以上、授業終了! とロニは人差し指を下ろしてまたキオの様子を眺め始める。

 

「へぇ……。いろいろと難しいことやってるんだな。けど魔法陣ってのはいい。雰囲気がでてくるし、何より響きがカッコいい」

「あ、それ彼女の前で言わない方がいいよ。彼女曰く『魔法陣なんて別にすごくない。そんなものは使わないほうがスマートよ。あなたたちだって簡単な計算は頭の中で済ませるけど、複雑な計算は式や数字に書き起こさないと解けないでしょう? それと同じ。要は、魔法陣に頼るのは三流ってこと』らしい。ちなみに俺はすごく睨まれた」


 フック船長はロニの言葉にふむ、と納得した様子。


「なるほどな。んで、そんな風に言い切るにも関わらず必要とあらば迷いなく三流になるわけだ、嬢ちゃんは。はは、いい女じゃねえか。ますます俺好みだぜ。でも案外お前さんも嬢ちゃんに信頼されてるじゃねえの。なかなか自分の魔法の事をそんなに詳しく教えたりしねえだろ」

「……どうだろう。単に教えたがりな性格なだけかも。お節介焼きだしね。なんだかんだ頼まれたら断れないし、困ってる人を見つけるとほっとけない。この短い旅の中でもわかったんだ。彼女は、普通の優しい女の子なんだって。

 だから、ほんと――世界って理不尽だよな」

「お前……」


 潮風が吹きつける。日が沈み気温が急に下がったのでロニは肌寒く感じた。


「寒くなってきたなぁ。先に船の中に入ってていい?」

「あ、ああ。適当な部屋を使ってくれて構わないぜ。ゆっくり休むといい」



 ―――― ――――


 ロニが梯子を使って甲板に上がるとミセス・ミラクルが作業をしていた。あれは……魔道具だろうか?何やらカチャカチャといじっている。それが気になって近づいて覗いてみると、唐突に彼女の首がぐるんと回って目が合ってしまった。


「やあ、ブリキくん。何か御用かな?」

「……用ってほどでもないけど。ただ何をしてるんだろうって思っただけだよ。てゆうか、俺の名前はやっぱりブリキで決定なわけか」

「ははは! さっき船長に聞いたんだよ。いい名前じゃないか。お嬢様を守るブリキの兵士なんてロマンチックだろ」

「いや俺、兵士じゃないし。あとそのお嬢様の方が何万倍も強いから立つ瀬がないんだよなぁ」

「君は乙女心がわかっていないね。これは力の話じゃなくて心の話なんだよ。まあいいだろう。その辺は自分で答えを見つけないと面白くないからね。それで、私が何をしているかと言う話だったが、見ての通り魔道具を改造しているんだよ」


 彼女の手元には、銃? のような物が置かれていた。

いや銃にしては大きすぎる。これは、


「……大砲」

「その名前はあまり好ましくないな。大きな弾を発射するから大砲、なんてあんまりなネーミングだ。それに私の作品はよりスマートで威力も段違いなのさ。昔からある火薬を用いた物とは一緒にしないでくれたまえ。そうだな、これは『ミラクルバズーカ(仮)』としておこうか」


 うーん。このセンス。もしかしたらキオと仲良くなれるかも、なんて思いに耽っているといつの間にかミセス・ミラクルがロニの義手に興味を示していた。というか既にベタベタと触っていた。


「うおっ!! 急に何!?」

「いや気になっていたのだが、君のこの義手は魔道具だね? 魔石がセットされているし、魔力をエネルギー変換する機構も備わっている。これは君が?」

「いや、違う。これは俺を拾ってくれた爺さんが作ってくれたんだ。『片腕じゃ生きにくかろう』って。しかも魔道具付き。爺さんは魔道具屋をやってて自分でもよく作ってたからさ。それで完全に爺さんの趣味全開の逸品ができたってわけだ。

 ……まあ、その趣味のおかげでなんとかなってることも多いんだけど」

「趣味なんてとんでもない。かなり複雑な機構が組み込まれている。素晴らしい。これは職人の仕事だ。ただ――旧いふるい


 ミセス・ミラクルの目がスッと細くなる。それはまるで制作者を軽蔑しているようだった。ロニはその雰囲気に少しムカついて言葉を返す。


「古いってそりゃあ、もう何年も前の物なんだから当たり前だろう。それに古いことの何がいけない? 渋くてカッコいいじゃないか」

「それだよそれ。古いことが渋くてカッコいいだって? ああ、全くその通りだ。渋くてカッコよくて、そして完成されている。だからダメだ。だって完成されていたら進化がない。発展がない。そこで行き止まりの終着点。そうなってしまったら、もう後は戻るしかないじゃないか」


 彼女は義手から手を離して立ち上がる。ロニの目を真っ直ぐに見つめて続ける。


「古いもの、昔のものに触れることは良いことさ。だってそれは今まで培ってきた人類の叡智だからね。だが、それを素晴らしいから、カッコいいからと真似をして考えを放棄してしまう愚者を私は許さない。私たちは未来を見出すために、進み続けるために、古きものに触れてそれを超えなければならない。停滞すると死んでしまう、そんな馬鹿な生き物として産まれてしまったのだから」

「……あなたの言っていることがよくわからない」

「つまり、その義手は機構として完成されすぎているってことさ。いくら頑張ってもその方針では今以上のものは出来ない最高傑作。美術館に飾るレベルだ。私がイジったとしても性能はそんなに変わらない。進化がない。

 ……これを見ていると私ですら愚者になってもいいかもな、などと錯覚してしまう」


 ミセス・ミラクルが大きなため息を吐く。詰まるところ完成されすぎていて面白くないということなんだろうか。


「それってめっちゃ褒めてないか?」

「とても褒めているし、とても貶しているよ。もし君が今以上の性能を求めるのならば、この義手は捨てなければならないのだから」




 ―――― ――――


 ロニは仮眠室のベッドで目を覚ました。ミセス・ミラクルと話した後、仮眠室のベッドで横になっていたらいつの間にか眠っていたみたいだ。どれぐらい寝たのだろうか? とベッドから出る。仮眠室のベッドは二段になっており、それが四つ並んでいる。合計八人が同時に眠れるようになっていた。何人かのイビキが聞こえるのでロニの他にも利用者がいるのだろう。ロニは仮眠室の入り口に一番近いベッドの一段目で寝ていたので、なんとか他の利用者を起こさずに仮眠室から廊下に出ることができた。


 廊下を進み階段を上がって、船尾楼の扉を開くと冷たい風が入ってきた。夜になってかなり気温も下がったようだ。甲板に出て空を見上げる。月が高く昇っていた。周りを見渡しても、もう作業している人はいない。みんな部屋で休んでいるのだろう。船首へとゆっくり歩いていくと、そこには大きな二つの赤い瞳を持つ少女が立っていた。いつもの肩口まで伸びた艶やかな黒い髪は夜の闇に溶け込んでしまっている。周りに誰もいないのでフードも脱いでいるのだろうか?


「こんばんは、キオ」

「……あら、お早いお目覚めですこと。私が日が暮れるまで仕事をしていた時に、先に眠っていたのはとても疲れていたからでしょうに。もっと眠っていてもいいのだけれど」

「うっ……」


 キオの棘のある言葉にダメージを受けるロニ。ロニとしては別に眠るつもりはなかったのだが、ベッドに座ったら急に睡魔に襲われてしまったのである。うん。素直に謝ろう。


「ごめんって、キオ。キオに全部任せたりするつもりはなかったんだけど」

「別にいいわ。今日はあなたがする仕事はなかったってだけでしょう。適材適所なのはわかってる。けど……」


 キオの歯切れが悪くなる。見ていないところで何かあったのだろうか?


「この船の乗組員たちが、何かとお嬢、お嬢って話しかけてくるから、なんだか……疲れた」

「ふ、ふふ。……そっか」


 なるほど。対人経験の少ないキオにとって、知らない人たちから話しかけられることがかなりの労力になっているのだろう。その不満にロニは思わず笑ってしまう。キオにギロリと睨まれた。


「ごめんごめん。まぁでもいいんじゃないか。怖がられるよりは。冒険者って人種はみんなそんな感じなのかな」


 確かにフック船長もキオを怖がる素振りは見せていなかった。きっとみんな怖いもの知らずなのだろう。ロニの中で船員たちの好感度がすごく上がった。


「それで、キオはここで何をしてるんだ? フードも脱いで」

「……月を見てた。昼間は太陽の光を反射しすぎて眩しかったけど、月の光ぐらいならちょうどいいから。夜の海は悪くないかも」


 キオはそう言いながら右手を月へとかざした。キオの手は白く透明で、まるで月の光が透けて見えるようであった。


「……ねぇ」

「うん?」

「あなたは、なぜあの時………。

 いえ、やっぱりなんでもない。寒くなってきたから部屋に戻ります」


 そう言って艦橋へと戻っていくキオの背中をロニはしばらく眺めていたのであった。

 


 


  


 

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かくして魔女は右腕と出会う あか @mrsa0402

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