第22話 世界は広いなぁ
林を抜け船を停めている海岸へと向かう道中に、ロニは前を歩いて仲間達と喋っていたフック船長へと話しかけた。
「というか、なんで港に停めずにそんな隠れた場所に停めているんだ? もしかして、何かヤバイことしてる?密輸、密漁、誘拐。うーん、どれだろう」
「どれも違う! うちはれっきとした冒険者ギルドに所属しているし、見るからに真っ当な冒険者だろうが。誰が犯罪者か」
「…………」
いやいや、そのギラリと光る左手を見せつけられたらもう海賊にしか見えませんよー。なんて心の底で思ったりもしていたのだが、これ以上は機嫌を損ねそうなのでロニは胸の内だけに留めておくことにした。
「じゃあ、なんで隠れてるんだ? この辺の海は比較的穏やかそうだけど、それでも港以外に停めるのはリスクがあるだろう。岩礁に乗り上げたりとか」
「いやまあ、それもそうなんだけどな。今回の冒険の目的地が、あんまり良しとされてない場所というか。バレると確実に引き止められるし、ギルドにチクられたら面倒なんだよ。
……率直に言うぞ。今からやっぱり辞めるとか言うなよ。ん、んん! ……俺たちの目指す場所は、ハーミット海域。――数多の船乗りが帰らぬ人となった死の海域だ」
―――― ――――
林を抜けてから約3時間。ロニ達一行は船が停めてある海岸へと辿り着いた。海岸の岩場の陰には大きな帆船が停めてあり、甲板や船の周りで数人の大柄の男達が作業していた。
「え、帆船? 今どき?」
「なんだよ、ブリキー。不満かー?」
ロニの戸惑いを聞いて、フック船長はクックックと笑いながら突っかかってきた。それに引き換え、キオは少しばかり目を輝かせて帆船を眺めている。
「いや、不満というかこれは無理じゃないか。ハーミット海域といえば、ずっと凪だろ。無風の状態でどうやって船を進めるんだ」
「正解。だからあれは飾り。見た目は木造っぽく塗ってあるが、実際には金属で出来てるし船底に最新の魔道具を積んである。今どき帆船なんて乗るわけない」
この童話に出てきそうな見た目の船長であってもきちんと文明の利器の必要性は理解しているようだ。一方、御伽の国を夢想する少女はそんなフック船長の夢もない回答に、輝いていた目を一転曇らせてしまった。そんなに帆船がよかったのか。
「まあ、ともかくだ。今船にいる奴らだけでも先に紹介しておくぜ。他の買い出し組はまた後でな。おーい! お前ら! 一旦手を止めて集合だ!!」
呼び掛けに数人の男達がこちらへと駆け寄ってきて、フック船長を囲むように集合する。
「よーし、お前ら。朗報だ! 結界魔法を使える奴を連れてきた!」
「な、何だとぅ!!!」
驚嘆の声が上がる。……女性のような高い声で。フック船長の報告に驚きの声を上げたのは集合した逞しい男達ではなかった。船の前部にある船首楼の扉が荒々しく開けられ、一人の作業着姿の女性が飛び出して声を上げたのだった。その女性は猛スピードで船を降りてこちらに駆け寄ってくる。ダダダダダッ! なんて効果音がよく似合う。女性は集合している男達をかき分けて、その勢いのままキオにダイブした。のだが、流石のキオである。何か不吉な予感があったのか自身の目の前に結界を展開していた。
ガンッ!!
その結界に顔面からぶつかる不審者。うわー痛そうだ。そのまま地面へと倒れ込む。キオも少し心配した様子で声をかけようと一歩近づいた瞬間、女性はがばっと鼻血に塗れている顔を上げた。近づいていたキオにとっては何とも恐怖映像だったことだろう。小さな悲鳴が漏れてしまっていた。そんなことはお構いなしに今度こそ捕まえた、とキオの肩に手をおく女性。鼻血に塗れてはいるが、とんでもない美人であった。少しウェーブのかかった金髪に、ハッキリとした目鼻立ち。20代半ばぐらいだろうか?
「君が結界魔法を使えるんだね! いや今実際に使ってくれていたね。素晴らしい! 結界の展開速度も魔力密度も一級品だ! これなら目的の海域も越えれるかもしれない。ところで、君はどれくらいの範囲まで結界を張れる? 持続時間は? 強度は? 他にはどんな魔法を使えるんだい?」
すごい勢いで捲し立てる女性。とても興奮しているようだ。ん? もしかして、あの鼻血って結界にぶつかったからじゃなくて……。ロニはそんな事を思ったところで「いや、やめておこう。知らない方がいい真実だってあるんだ」なんて思考を停止させた。
(だって、そうだとしたら本当に恐怖じゃないか! そんな魔法大好き人間がこの世界にいるわけ……)
「きゃっほー! 興奮してきたー! おっとよだれが」
「………………世界は広いなぁ」
「ちょっと! 呆けていないで助けて!」
魔法大好き人間に体をガッチリと肩を掴まれて、前後に揺すられているキオはロニに助けを求めた。その声にハッとしてようやく正気に戻る。
「すみません、一旦離してあげてください。その子、たぶん貴方のような人間が初めてなので対処法がわからないんです」
というか、キオに限らずほとんどの人が初めて出会うタイプの人間だろう。女性は「これは失礼した」とキオの肩から手を離して鼻血と涎を拭う。少しは落ち着いたようである。
「私の名前はミセス・ミラクル。気軽にミラクルお姉さんと呼んでくれたまえ」
「……ミセス?」
「……ミラクル?」
うん。どう考えても偽名ですね。なんだコイツは? と、フック船長に向かって二人して視線を向ける。フック船長はやれやれと肩をすくめながら説明をしてくれた。
「そいつの名前はミセス・ミラクル……らしい。本名は俺も知らん。冒険者ではなくて何処ぞの国の学者らしいが詳しいことは何も教えてくれねえな。何処からか俺たちがハーミット海域を攻略しようとしてるって事を聞きつけたらしく、急に現れて船に乗せろと言ってきやがった。本来なら乗せるわけはないんだが……、ギルドにチクるぞって脅されたのと、魔道具の取り扱いに関しちゃ超が付くほどの一流だったから乗せることにしたってわけ。俺が知っているソイツの情報はそんだけだ」
「……つまり不審者じゃないか」
「あっはっは! はぁ、どうにかしてくれ。俺も困ってる」
ミセス・ミラクルについてはフック船長も手に負えないらしい。周りにいる冒険者の男達も苦笑いをしている。
「ふふふ。名前だとか出自だとかは瑣末なことさ。必要なのは能力のみ。そして私は世界で一番の天才だ。故に私は自分をこう定義する。奇跡と寄り添う者と。だからね、そこの可憐な少女。君が魔導師でも魔女でも関係ない! 魔法が使える、ただそれだけで価値があるのさ」
「…………そ、そう」
「大丈夫だ、キオ。この人の雰囲気には俺もついていけない。キオの対人能力が低いだけじゃないから安心し……痛っ!」
キオにこそっと耳打ちをして不安を取り除こうとしたロニだが、キオの癇に障ったらしく足を強く踏まれてしまった。
「話が逸れてしまったね。では、君が使える結界魔法の規格を教えてくれたまえ」
「……具体的な数字はわからないわ。でも、そうね。そこの船ぐらいなら余裕で覆える。時間的には十二時間ぐらいは持つかしら。強度としては最大で三重結界を張れるけど、船を覆う大きさでそれをしたらすぐに魔力は尽きてしまうでしょうね」
「なるほど! 素晴らしい! かなり結界魔法に長けているみたいだね。まさか三重結界まで作れるなんて。……うん。それだけの規模と時間があればハーミット海域の攻略もできるだろう」
「……ところで、なんで結界魔法が必要なんだ? ハーミット海域は風が吹かないから帆船時代に死の海域と言われていたんじゃないのか? それなら魔道具があれば問題なさそうだけど」
ロニは疑問をぶつける。なぜ魔法が、しかも結界魔法が必要なのか。
「ふふ、青年。情報が少し古いようだ。確かに昔、ハーミット海域は凪いでいるために恐れられていた。だが、魔道具を積んだ船が主流になった現在でもハーミット海域を攻略した船はない。どころか帰ってきた人はいない。それは何故か。答えは――魔力だ」
「「魔力?」」
「ああ。ハーミット海域一帯には膨大な魔力が溢れている。そんな魔力の渦の中では魔道具なんて使い物にならない。機能不全に陥ってしまう。しかもそれだけじゃない。普通の人は膨大な魔力の中では精神が耐えられない。君たちも聞いたことあるんじゃないか?精神干渉系の魔法は純粋な魔力を使うって。つまり人は魔力を取り込みすぎると狂ってしまうんだ」
確かにキオが以前してくれた魔法の授業の時にそんな話があった気がする。
「まあ、もともと魔力に慣れている魔導師とか魔女とかは比較的耐性があるんだが。そこでだ! じゃあどうするか。純粋な魔力に対しては純粋な魔力をぶつける。つまり結界魔法で船を覆ってもらったら、結界の中では魔道具は使えるし我々も狂わずにいられる。だから結界魔法が使える人を探していたのさ。つまりは君が必要だ! 力を貸してくないかい、レディ?」
ミセス・ミラクルがダンスに誘うように頭を下げてキオに手を差し出した。キオはその手を華麗に無視して「なるほどね」と納得していた。
「話はわかったわ。じゃあ船の細部を案内してくれる?」
キオはすたすたと船に向かって歩いていく。フック船長と他の冒険者達もキオと共に船へと向かう。
ロニはまだ頭を下げて手を差し出しているミセス・ミラクルをチラリと見て、
「…………強く生きろよ」
ロニもキオ達のところへと駆けて行った。
夕暮れの冷たい潮風がミセス・ミラクルだけに吹きつけていた。
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