第21話 フック船長

 ロニ達は走っていた。追手を気にしながら港町フォリオを出て、少し離れた林の中へと入る。まだ日中であったが、林の中は木々に覆われており、薄暗くて視界が悪い。隠れるにはうってつけだ。追手は街の外までは来ていないようだったので、林の中を少し進んだところでようやく一息つくことができた。二人は乱れた呼吸を整えながら相談をする。


「はあはあ…………。まいったな。これはどうしようか」

「…………ごめんなさい。私のミスよ」


 キオが素直に謝ってくる。自分が間違えたと感じた時にはきちんと謝れるのがこの少女の長所なのだろう。ロニはそんなキオの方を見て、


「うん、まあ確かにびっくりはしたけどさ。俺はさっきの行動が間違いだとは思いたくないからその謝罪は受け取れないかな。もちろん謝るのも謝らないのも君の自由なんだけど」

「…………そう。あなたってたまにムカつくわ」

「えー」


 キオがロニから顔を隠すように逸らした。何故だかキオからの好感度が下がったみたいだ。乙女心は難しいね。と、そんな悠長な事を思ったりもしていたが状況は最悪に近い。先ほどの一件で港町フォリオは警戒状態になっているだろう。しかも、キオはフードで顔を隠していたのだが、ロニに関しては顔を見られてしまっている。もう一度フォリオに入って、バレずに船に乗ることは至難だ。


「少し離れた港町まで足を運んだほうがいいな。結構な遠回りになっちゃうけど。それにしても、なんでこんな所に聖女様が来ているんだ?」

「それはな、青年。魔女を帝国まで運ぶためだ」

「「!?」」


 ロニの疑問に対して、知らない男の声が聞こえた。追手か? ロニとキオはすぐさま臨戦態勢に入る。


「おいおい待て待て! 俺はお前達を捕まえに来たわけじゃない。魔導師の手先でもないし、港町の住人でもないからその手を下ろしてくれ!」


 男は慌てたようにキオに向かって話す。キオは右手を青白く光らせながら、男に向かって突き出している。その男は、なかなかにガタイの良い三十前後の男性であった。茶色の髪はオールバックに固められていて、サイドは刈り上げられており、顔がハッキリと見える。無精髭を貯えてあまり清潔感があるとは言えない。どちらかと言うとワイルドな感じだ。


「…………じゃあ何が目的?」


 キオは手を下ろさない。すぐにでも魔法が発動できる態勢で問いただす。男は両手を上げて降参のポーズをとりながら答える。ん? いや両手ではなく右手と、……フック?


「俺は冒険者なんだよ。で、次の目的の場所がなかなかの難敵でな。結界魔法を使える奴を探していたんだ。ただ、魔法を使える奴なんか魔導師か魔女くらいのもんだし、どうしたものかとぶらぶらしてたらちょうどアンタらが魔法を使ってる場面に遭遇してな。これは僥倖!ってなわけで追いかけてきたのさ。だから敵じゃないので手をどうか下ろしてくれませんかね?」


 キオは手を下ろさない。まだこの男を警戒している。代わりにロニが答える。


「俺たちには寄り道をしている暇はないんだ。悪いけどあなたの要望には応えられない。それに俺たちの場所を知られたからには、しばらくはここで拘束させてもらう」

「いや、もうちょっとだけ話を聞け! アンタらにも利がある話だ!」

「利とは?」

「俺は大海原を旅する冒険者なんだ。いくつもの海を渡り、冒険している。つまりは船を持っている」

「「!!」」

「アンタら港町に来たってことは船を探してるんじゃないのかい?けど港町フォリオにはもう入れない。そこでだ! 俺たちの冒険の手伝いをしてくれたらアンタらの目的地まで送ってやるよ。どうだ? 悪い話ではないだろう?」


 ロニはしばし考え込む。


(船は必要だ。乗せてくれるならありがたい。だけど結局寄り道することになるんだったら時間が……)


「……そうね。船は必要よ。でも言った通り時間がないの。だから船だけ乗せてもらって手伝いはしないってのはどう?」


 ロニが考え込んでいる間に、キオはなんとも魔女らしい提案をする。うーん、サディスティック。そうして右手の輝きが強くなる。


「まあ、そうなるわな。だから一応こちらも取引になるように考えてるんだよ」


 男がそう宣言するや否や、ロニの後ろから数人の男達が現れて、素早い動きでロニは拘束されてしまった。地面に倒され、取り押さえられる。情けない。

 キオはそんなロニを横目で見てため息をつく。


「……はぁ、足手纏い」

「あはは、……ごめんなさい」

「……最初の原因は私だから、これでおあいこよ」


 キオが右手を下ろす。つまりは交渉成立。男の冒険を手伝う代わりに船でアステル大陸へと送ってもらうことになったのだった。






「まあ、そんな顔しなさんな。別に何週間も冒険を手伝ってもらうつもりはない。しかも目的地はちょうどアステル大陸への航路だからそんなに回り道にもならないさ」


 キオの不満顔を見て、無精髭の男はあやすように話しかける。ロニも拘束を解かれたので服を払いながら立ち上がる。キオは物言いたげな目でロニを見ていた。そんな空気を払拭するように男は続ける。


「おっと旅の仲間になるんだから自己紹介をしなくちゃな。俺はロックだ。一応、船長をさせてもらってるが、呼び方はなんでもいい。敬語も不要だ」

「…………じゃあ、フック船長」


 キオはロックの左手の代わりに付いている鈍色の鋭利なフックを見て渾名をつけた。いつものネーミングセンスである。


「はははは、そりゃいい! 面白え名前つけるな嬢ちゃん!」

「でしょう! あなたもそのフック、なかなか似合っているわ。端的に言って、とてもイカしてる」


 キオは機嫌良さそうにフック船長の左手を褒めている。その様子に気が気でない人物が一人。


 (なん……だと……。キオが、褒めた?)


 ロニは何故だかわなわなと震えていた。理由はわからないがなんだか二人のやりとりが面白くなかったらしい。


「ね、ねえ! 俺は? 俺の右腕は?」


 ロニは情けない声でキオを問いただす。自分も右腕義手ですよー、イカしてますよー、なんて。そんな情けない青年をチラリと見てキオが一言。


「…………玩具ブリキ


 そうしてぷいっと明後日の方向を向いてしまった。ガックリと項垂れるブリキ。見事にキオに振られてしまったようだ。そんなロニの背中をバンバンと叩いてフック船長は笑う。


「あっはっは! ホント面白え二人だな。ああ、あとアンタらの名前は聞かねえよ。追われてるだろうし名前は隠しとけ。嬢ちゃんと、くくっ……ブ、ブリキって呼ぶからさ」


 フック船長は後半笑いを噛み殺しながら喋っていた。ロニはジロリとフック船長を睨む。


(くそっ! 自分は褒められたからって嬉しそうに。何がいいんだあんなフック! 絶対俺の義手のほうがカッコいいのに)


 フック船長への嫉妬に燃えるロニであった。そんな気持ちをつゆ知らずにキオは話を進める。


「くだらないこと言っていないで早く船に案内して下さい。急いで出発しましょう」

「ああ、そうだな。船は港から少し離れた海岸に停めてある。他の仲間もそこにいるから紹介するぜ。あとは食料やら準備するのと、嬢ちゃんの結界魔法がどれぐらいなのかも知っておきたい。明後日の朝に出発予定にするか」


 そうして二人は一時的に海の冒険者達の一員となるのであった。

 

 

 

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