第3章

第20話 港町フォリオ

 キオに叩き起こされ急いで拠点都市ルナピエーナを出発してから25日。ロニとキオは港町フォリオへと到着していた。どこまでも続いていそうな海と青く晴れ渡った大空。波はとても穏やかでいくつかの船が今まさに出港しようしている。地平線の向こうには大きな入道雲。燦々と照り付ける太陽に二人は目を細めている。


 「潮風が気持ちいい!やっぱ海はいいな。大海原が太陽を反射してキラキラしてる。海鳥が青空を自由に飛び回って風情もある。何かいい詩なんかも浮かんできそうだ」


 ロニが久しぶりの港町に興奮している一方で、根っからの引きこもりであるキオはというと


 「風がベタついて気持ち悪い。波が光を反射して眩しすぎる。日に焼ける。鳥は五月蝿い。話には聞いていた海もあまり良いものじゃないわね」


 髪が風に当たらない様にフードを深く被り直して、ロニとは真逆の感想を口にした。似たもの同士?なのである。ロニはキオの『初めての海』の評価に苦笑しながら目的の物を探すために船着場へと歩き始めた。もちろん言うまでもないが、二人がこの港町に訪れた目的とはアステル大陸へ渡るための船である。

 二人は船着場へと辿り着くまでの間、潮風に吹かれながら港町の雰囲気を楽しむのであった。


 


 船着場には多くの人々がごった返していた。何かの催しがあるのだろうか、とロニは停泊している船を眺めてみる。観光用の大型旅船、中型や小型の漁船、一人用のヨットまで大小様々な船が集まっていた。そして一際目立っている黒い船が一隻。人々はその黒い船に関心があるみたいだ。


 「あれは……軍事用の船か?帝国の旗が立ってる」

 「あれが船なの?金属の塊にしか見えないけど……」

 「船だと思うよ。ああ、キオは船を見るのも初めてか」

 「まあ……そうね」

 「最近の船はね、魔道具を積んでいるから金属の塊でも海を渡れるんだ。しかも断然今までより速い。だから需要は完全にそちらに傾いた。数十年前まではみんな帆を張って海風で大陸間を移動していたのに、今じゃ帆船は絶滅危惧種だ。趣味か、時代に取り残された……は言い過ぎだけど、昔を大事にしている人しか使っていない」

 「……みんなロマンがないのね」


 この少女の中ではいまだに帆にドクロマークをつけた海賊が大海原を駆け回ってそうだなぁ、なんて思いながら船着場の管理棟へと向かって歩き出した。


 (……キオにはああ言ったけど、世界の発展の仕方は本当に早すぎる。いくら魔力が効率のいいエネルギーだとしても、文明の進化の過程を何段階もすっ飛ばしてる気がしてならない。それに、もうこの世界は魔力というエネルギーに依存してしまってるんだろうけど、もし魔石が取れなくなったらこの世界はどうなるんだろう?)


 ロニは考え込みながら歩いていたが、目下の課題は世界のエネルギー資源ではなく自身のお財布の資源だということを思い出す。まあ、大型船は無理でも中型の安い旅船ならなんとか財布も持つだろうという淡い期待を抱いて歩みを進める。すると、黒い軍事船に集まっていた大衆が急にこちらを振り向いた。いや、大衆はロニたちではなく、ロニたちの遥か後ろから歩いてくる人物に関心を示している様だった。人々は横並びになって、黒い軍事船へと向かう花道を作る。大衆の特に若い女性たちはうっとりと、銀髪をたなびかせて歩いてくる少女を眺めていた。


 「ウル様だ!初めてお目にかかれた!ああ、なんて美しい」

 「聖女様ー!こちらに視線だけでも!」


 歓声があがる。なかなかに大仰な呼び名であるが、その名前はロニにも聞き覚えがあった。聖女ウル。聖王都シクザールの魔導師。その清廉な見た目と美しい魔法、そして背中の一際大きい聖痕から聖女と渾名されている。


 (けど、そんな有名な魔導師がなんでこんなところに。基本的には強力な魔導師はシクザールを守っているはずだろうけど……)


 ロニが気になったその理由が聖女ウルの後方を歩いている。目隠しをされ、手錠をかけられた女性。手錠からは縄が伸びており、女性の左右のローブを羽織った人物(この二人も魔導師だろうか)に握られている。そして女性は均整の取れた厳かで清らかささえも感じる結界に守られていた。いや、あれは守っているのではなく檻であるのだろうが、何となくロニはそう感じてしまっていた。結界の在り方からくるものだろうか?キオの結界に似てる様な気がする。


 二人は目立たないように大衆に紛れて聖女たちの動向を伺っていた。聖女ウルが大衆の前を通り過ぎると一際大きな歓声が上がる。そして、その後ろに続く拘束された女性が通ると、


 「くたばれ!魔女っ!!」

 「この世界にお前らの居場所なんかないんだ!どっかに消えろよ!この人殺し!」

 「ダメっ!魔女を見ちゃダメよ!目が穢れてしまう」


 歓声は罵声へと変わった。大人たちは口々に魔女へと声を荒げる。ある者は、穢れるからと一緒に来ていた子供の目を覆いだした。ホントどこの町でも魔女への差別意識は変わらないらしい。拘束されていた女性は突然の罵倒に肩をビクッと振るわせる。目隠しをされているが耳は聞こえているのだろう。その様子をクスクスと笑いながら楽しんでいるローブの二人。場を納めようという気はサラサラなさそうだ。


 ……ロニは隣のキオの様子を伺う。フードでよく顔は見えない、が雰囲気はいつもと変わらない。きっとフードの下も凛としたいつもの表情なのだろう。悲しみとか怒りとかそういうものもなくて、ただ諦めてしまっていて……。そんな風に感じとったロニは少し哀しくなってしまった。


 (キオは……もうこの世界に期待してないのかな……)


 ゴンッ!!


 鈍い音が響き渡った。どうやら拘束された女性に向かって石を投げた人がいるらしい。しかし、結界に守られているため、石は女性に当たらない。それを見た人々は地面に転がっている石を拾って次々に投げ始めた。

 石を投げても当たることはない。危害を加えたことにはならない。自分が悪者になることはない。つまり、安全圏から安心して自分たちの怒りをぶつけることができる。船着場はまるで小市民の娯楽の場へと成り果てた。鈍い音が次々に響く。清らかなる結界は彼らの正義を一切通すことはなかった。それでも音が響くたびに中にいる女性はビクビクと肩を振るわせる。善良なる人々は笑いながら、悪だと定義された対象に石を投げつける。


 「――もう、やめてください!!」


 透き通った可憐な声が善良な人々の正義を切り裂いた。聖女ウルが振り返らずに前を向いたままその場を諫めたのだ。その声は大きくはなかったはずなのに、そこに居た人みんなの耳に聖女の声が響いていた。大衆の動きが静止する。石の雨が止む。しかし、人の動きとはそんな急には止まれないわけで。大きく振りかぶっていた男が、手に持った石を止めることが出来ないのは当然のことだった。じゃあ、どうなるかというと、なんとか止めようとした手は狙った所とは違う所を向いてしまう。運が悪いことにその違う所には小さな女の子が居たのであった。


 「危ない!!」


 誰かの叫び声が聞こえた。皆が石の行方を追う。聖女ウルはその声を聞いてすぐさま人々の方を振り向いた。が、状況を把握できていないため魔法の発動が間に合わない。女の子に石がぶつかる――


 ゴンッ!!


 鈍い音が響く。けど、これは女の子に石がぶつかった音ではないみたいだ。


 「……すごい綺麗」


 船着場には女の子の呟きがあった。その子の目の前には青白く光を放つ結界が出来上がっていた。女の子は誰かの魔法に守られたようなのだが、聖女ウルの魔法は間に合っていなかった。拘束された女性の横にいるローブの二人はそもそも魔法を使う素振りすら見せていなかった。では、あとは……。ロニはギギギギ、と壊れた玩具のようにゆっくりと顔を隣のフードの少女へと向ける。フードの少女の顔は見えないのだけれど、少女の右手は前に突き出されていて、その右手は微かに青白く光っていた。挙げ句の果てには、


 「…………あっ」


 なんて呟きが聞こえてきてしまった。うん。犯人はここにいたみたいだ。


 「こ、これは魔法?ウル様か?いやでも」

 「私たちの他に魔法を使える奴がここにいるのかっ!おい!貴様たちここを動くな!魔法を使った奴は出てこい!」


 ローブの二人が慌てて魔法を使った犯人を探し始める。これはまずいと、ロニはキオの左手を取って走り出した。大衆の間を縫って町の出口へと。


 「!!おい、そこの二人!止まれ!」


 ローブの一人に気づかれてしまった。そいつは地面の石を拾い上げてこちらへと弾く。弾いただけなのに、物凄い勢いとコントロールでこちらへと迫る石の弾丸。先ほど人々が投げていた石が可愛く思えるほどの威力だ。ロニの足では逃げることも避けることもできない。が、キオが魔法を発動する。二人の目の前に結界が出来上がり石の弾丸と拮抗する。どうやらローブの魔導師は先日のアルク・ナバスほどの実力はなかったようで、結界は石の弾丸を簡単に弾き飛ばして傷一つ付いていない。


 「……結界魔法。止まれ!魔導師であるなら止まって聖痕を見せろ!さもなければ魔女とみなして魔女狩りを執行する!!」


 ローブの魔導師が叫ぶ。だが、そんな制止を聞くはずもなく、ロニたちは町の出口へと走り去っていった。





 二人が去った後の船着場はパニックとなっていた。魔女が現れて、しかも逃げてしまったのだから市民としては不安に駆られるのも無理はないだろう。ローブの魔導師たちはどうするかを話し合っている。そうして、上長である聖女ウルに指示を仰いだ。しかし、彼女は魔導師たちの話をあまり聞いていない様子。ロニ達が走り去っていた方を眺めたままで上の空だ。



 「……優しい……魔法」



 誰かの呟きは、海鳥たちが悠々と飛び回る大空へと溶けて消えていったのだった。

 

 


 


 

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