断章1 蠢く者
――聖王都シクザール 大聖堂――
大きな丸い月が浮かんでいる。大聖堂には敬虔な祈りを捧げる銀色に輝く長い髪の少女がひとり。日中であれば、多くの人が訪れて祈りを捧げている場所であるのだが、この時間になっては関係者以外は立ち入ることはできない。
大聖堂は静まり返っている。そこへ入口の扉が開く音がする。扉から背の高い青年が入ってきた。太陽のような真っ赤な髪が真ん中で分けられており、見目の良い顔立ちがハッキリとわかる美丈夫であった。表情も柔らかで、薄く微笑んでいる。ほとんどの女性は、彼をみたら頬を紅く染めることだろう。そして青年の後ろにはもう一人、首輪をされ鎖で繋がれた女性がゆっくりと入ってきた。女性は目隠しに口枷、両手・両足にも枷が嵌められている。どうやら拘束されているようだ。何か罪を犯したのだろうか。その周りには……。
「お疲れ様です、ソレイユさん。戻られたんですね」
「ああ。昨日ね。祈りの邪魔をしてしまったかな?ウル君」
「いいえ。神樹様へのお祈りをちょうど終えたところです」
そう言って少女は青年へと振り返る。窓から入ってくる月の光に銀色の髪が反射する。少女はまだ幼さの残る顔立ちではあったものの、気品のある立ち振る舞いがそれを感じさせない。少女は青年の後ろに連れられた女性を見て、形の良い眉をひそめた。
「その方が例の?」
「そう。北部高原の村で捕らえた魔女だ。
「そう……ですか。……では、その方を私が帝国まで護送すれば良いのですね」
少女は憂いに満ちた声色で確認する。
「ああ。気乗りしないとは思うけど頼んだよ。
青年は女性を閉じ込めている
「素晴らしい結界です。さすがは最優の魔導師と名高いソレイユさんですね」
「よしてくれ。聖女様にそんな事を言われるとむず痒い。それに僕は結界魔法が一番苦手なんだ。まだまだ鍛錬が必要だよ」
「本当に実直な方ですね。……では魔女の引き継ぎをさせていただきますが、私の管理となった以上は彼女の拘束は最低限にさせていただきます」
少女はそう宣言をした。先ほどから不快感が見え隠れする表情をしていたのは女性の拘束を好ましく思っていなかったからなのだろう。青年は、「構わないよ」と肯定をする。
「ありがとうございます。それで、ソレイユさんはこの後はどうされるのですか?」
「明日にはここを発って、ルベルナへと向かうよ。……アルクの弔いに行くんだ。
アルクとは昔からの知己、いやあまり取り繕った言葉を紡ぎたくないな。友達だったんだよ。だからね」
「……アルク・ナバスさんの事は私も聞き及んでいます。あの方が亡くなられるなんて」
「うん。アルクはとても優秀な魔導師だったよ。正義感に溢れ、強くて、勇敢で……そして弱虫だった。魔女のことになると周りが見えなくなるのが玉に瑕だったけどね」
「……アルクさんは、魔導師殺しと魔女に」
「ああ、そのようだね。彼の仇は僕が取る」
青年は意思のこもった瞳で少女をみつめる。少女はその視線を受け止めることができずに目を逸らした。
「……ソレイユさんは、魔女狩りは正しいことだと思いますか?」
「……そういえば君は魔女狩りに対しては否定的だったね」
青年はいつもの優しげな笑みを取り戻して言葉を続ける。
「そうだな。僕の意見としては好んで魔女狩りという行為をしたいとは思わない。……だけどね、魔女というものはみんな、魔力に飲まれてしまうんだ。魔力に飲まれて、その力を罪のない人々に使ってしまう。それはダメだ。平穏に暮らしている。小さな幸せを大事に育てている、家族と、恋人と、友人と。そんな善良な人々の暮らしを破壊してしまう魔女を僕は許さない」
青年の語気が強くなる。何か思うところがあるのだろうか。そして、鎖に繋がれた女性に視線を向けた。
「この魔女はいったい何人殺したと思う?何人の人生を狂わせたんだろうか。……死者だけで21人だ。その周りの人たちの悲しみはもっと広いだろう。僕はその悲しみを無くすために、魔女狩りを行う。そう決めた。なら、僕自身の好き嫌いは小さなことなんだろうね」
青年は語る。魔女狩りは好きではない。だが必要だから行う、と。それが青年にとっての正義なのだろう。
「正直に答えて頂きありがとうございます。……では、もしも。もしも世界のために、人々のために魔法を使う魔女がいたら。そんな優しい魔法を使う魔女がいたら、ソレイユさんはどうしますか?」
少女は問う。真っ直ぐに。太陽のような青年を見つめて。
「…………そうだね。もしもそんな魔女に出会ったら、いったい僕はどんな選択をするんだろうね……。
うん!その時の僕に期待をしておこうかな。きっと後悔のない選択をしてくれるって」
――とある森の中――
「私の子に何をしているの!!」
「え?何って見てわからない?食べてるんだよ。お腹が減ったからしょうがないだろぉ」
深い森の中、甲高い声で糾弾する女性とそれを気にせずに鳥型の魔物を食べる蛇のような男・魔導師殺し。
「あぁ、あぁ、私のかわいい子をこんな狂った男に貸すんじゃなかった!ごめんなさいごめんなさい」
女性は顔を手で覆って泣いている。そんな事を気にせず魔物を食べる魔導師殺し。
「お前っ!食べるのをやめなさい!!」
魔女の怒号が森の中に響く。それを合図に、彼女の眷属であろう魔物たちが威嚇をしながら男の周囲を取り囲む。しかし、魔導師殺しは動じる様子がなかった。
「えー。だって食べないと勿体無いだろ。じゃないと、君の子供が無駄な命になってしまうよ。お母さんに習わなかったのかい?命を粗末にしてはいけません。いただきますって。そうだ!君たちも一緒に食べるのはどうだい?」
ニタリと笑いながら挑発する。一触即発。今にも魔物たちは男に飛びかかりそうだ。
「やめといた方がいいよー。だって僕もうお腹いっぱいになってきたからさ。これ以上は無駄な殺生になっちゃう」
そう言いながら楽しそうにナイフを構える。男は無駄な殺生の方が好みみたいだ。
「……かわいい子供たち。下がりなさい。あなたたちまで傷つくのを私は見てられません」
母の一声に魔物たちは、威嚇をやめて森の中へと帰っていく。それを見て残念そうにナイフをしまう蛇のような男。
「ふーん。母性に溢れているんだ。泣かせるねぇ。自分は注がれたことがない愛情を自分の眷属にはあげちゃうんだね。でも、注がれたことがないのに本物を注いであげることができるのかなぁ?」
「本当に殺すわよ」
「ごめんって。冗談だよ。それよりさぁ、薬草ちょうだい。もう火傷が痛くて熱くて痒くて、すごい気持ちいいんだ。こんなの常に快楽の海に溺れてるみたいで人としてダメになっちゃうよ。僕は長時間のだらけた快楽より、一瞬の天にも昇る快楽の方が好きなんだ」
既に人間として破綻しているだろう、という視線を向けながら女性は懐から軟膏を取り出して放り投げる。
「ありがとう♪あとさぁ、不幸な事に僕を乗せてくれてた魔物くんがいなくなっちゃったからさ。新しいの、貸してくれない?」
蛇のような男は自分がした事を忘れたように女性に頼んだ。女性の射殺す様な視線にも構はしない。
「だいじょーぶ。もうこんな事にはならないからさ。それに早く帰らないとね。約束しちゃったし。彼女より早く雨の国に着いていないと格好がつかないだろう。僕はね、約束を守る男なんだ」
「……誰の話をしてるのよ?」
男は心底楽しそうに答える。まるで想い人の事を考えている様に。
「ふふふ、アーシャの娘♪」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます