第17話 拠点都市ルナピエーナ

 ――ルベルナの街を出発してから27日、二人はようやく拠点都市ルナピエーナに到着した。


 道中、四つの宿場町で休息をとりながら情報を集めつつ、ひたすらに港町フォリオを目指して歩き続けた。生憎と、魔導師殺しの情報は手に入らなかったのだが。


 「やっぱり拠点都市ともなると、宿場町とは比べ物にならないぐらい大きいな。店もいっぱいある。ルベルナの街よりも栄えてるんじゃないか」


 ロニはルナピエーナの門をくぐりながら感想を口にする。ちなみに、これだけの大きな街であるので、当然門番がいて、検問があった。ロニは内心穏やかではなかった。勿論、キオが魔女だとバレないかについて。結論から言うと、その心配は杞憂だったのだが。実際、魔法を行使しなければ、魔女の見た目は一般の人間と変わらない。そして、魔法を使ったとしても聖痕を確認しなければ魔導師との違いはわからない、はず。そうゆうわけで、すんなりと検問を通過してルナピエーナの街に入っているのだ。


 「じゃあ、まずは宿屋を決めよう。今までの宿場町と違って宿屋も数多くあるし、その分値段も高いところから安いところまで色々とあるので、だから、まぁ……わかるよね?」

 「ええ、わかってるわ」

 「ほ、本当にわかってるよね?俺たちの今の懐事情、わかってるよね?」


 キオは哀れな青年の懇願に答えずにスタスタと歩いていく。宿が立ち並ぶ通りに入り、それぞれの店の看板をチェックしている。そうして、


 「……ここね」


 今日の宿が決定したのだった。





 部屋の鍵をもらい、2階へと上がる二人。片や表情こそ変わらないものの、心なしか嬉しそうなフードの少女。片や宿泊料金を確認した瞬間、見るからに落ち込んでいる義手の青年。


 「……あのキオさん?懐事情と値段を考えて宿を決めて、と申し上げたはずですが」

 「いいえ、違うわ。あなたは懐事情をわかってるわよね?と尋ねたのよ」

 「おんなじ意味だよ!ニュアンスが違うだけで!言葉の裏側の意味を感じ取ってほしい」

 「それは傲慢よ。自分の言葉には責任を持ちなさい」


 がっくしと肩を落とすロニ。彼は、この一件から学びを得た。キオに行間を読むことを期待してはいけないと。


 「それで、なんでこの宿にしたんだ?」

 「そんなの、お風呂が広くて綺麗そうだったからに決まってるじゃない」

 「ですよねー」


 宿に着いたら、キオは浴場へ。ロニは情報集めに酒場へ。というのが半ば習慣化していた。今までの宿場町と違って、この都市には無数の酒場がある。また、冒険者や商人たちのギルドもあるため情報は無限大だ。まだ日も高く、酒場などよりも詳細で確度の高い情報が集まると考え、ロニは商人ギルドに行くことに決めた。


 宿屋の主人に教えてもらった商人ギルドの建物に向かう道中、街の中心広場はやけに騒がしく、人々が円になって集まっていた。ロニは気になってそちらへ足を向ける。どうやら、広場の中心には掲示板が設けられており、何かが張り出されているようだ。しかし、人が多すぎて中心に辿り着くのは不可能に近いため、近くの若者に声を掛けた。


 「何かあったんですか?」

 「ああ、どうやらずっと北にある外れの村で魔女狩りが魔女を捕らえたらしい。魔女を殺さずに捕まえるなんて珍しいことだからさ。みんなその知らせに興味があるんだよ。俺もちゃんと掲示板見たいけど、これはしばらく無理そうだ。それにしてもめでたい話だよな」

 「…………」


 ロニは何も返さない。そして「教えてくれてありがとう」とだけ言ってその場を離れる。本来なら、貴重な情報なので詳細を確認したい所だが、すぐに掲示板を確認するのは至難の業だ。あとで確認することにした。それに、


 「さすが魔導師様だ。この調子でどんどん魔女を捕まえてくれ!」

 「キャー!捕まえたのってソレイユ様だって。一目でいいからお会いしてみたいわ」

 「魔女なんて捕まえずに早く殺しちまえばいいんだ。この美しい世界の汚点なんだから」

 「いやいや、捕まえて仲間の居場所を吐き出させた方がいいだろ!」


 ああ、一刻も早くこの場所を離れたかった。


 (……キオがいなくて良かった)


 ロニは思う。きっとキオはこの場所に居合わせたとしても、表情を変えることはないのだろう。だとしても……。ロニは気持ちを切り替えて、商人ギルドへと足早に向かったのだった。




  日が傾きかけた頃、ロニは商人ギルドから外に出た。商人たちから色々な情報を仕入れることはできたのだが、そこはやはり百戦錬磨の商人たちだった。ただで情報をもらうことはできず、今晩の宿で逼迫しているお財布にさらなるダメージを与えられていた。ロニは一度大きな溜息を吐いてから、キオの待つ高級な宿屋へと帰っていく。街の中央広場に差し掛かると、昼間の人混みはなくなっており、数人が掲示板を確認している状況であった。ロニは掲示板を見るために、中央広場の中心へと足を運ぶ。


 「えーと、なになに……」


 【北部高原の外れにある〇〇村にて、魔導師ソレイユが魔女の捕縛に成功!


 魔女は〇〇村の人々を洗脳し操っていた大罪人であった。この魔女による被害者は56名に及ぶ。死者21名、負傷者35名。魔女は聖王都シクザールにて拘束されている。


 続報が待たれる――】





 ロニが宿屋に着いた頃にはすっかり日が沈んでしまっていた。部屋に戻ると、キオはまだ起きていて窓から月を眺めていた。確かに今日は綺麗な満月の夜だ。


 「戻ったよ。月を見てたのかい?」

 「……ええ。それで?何か情報はみつかった?」

「まあね。重要な情報が二つ。一つは、僕たちが戦った魔導師アレク・ナバスの死体が発見されたこと。しかも結構前に。商人ギルドに行ったのは正解だった。この情報はあまり公にはされていないみたいだね。そして、その犯人として件の魔導師殺しと、惑いの森の魔女が指名手配されている」

 「そう。まあ妥当ね」


 キオは特に気にした様子はない。


 「ただ、魔導師殺しは細身の男でダガーナイフを獲物として使っているっていう大まかな情報が流れてるけど、キオに関しての詳細は全くの不明らしい。これは朗報だね」


 だから検問の際も、特に疑いもなく通れたのだろう。女性全てを疑ってたらきりがないし。しかも聖王都シクザールから旅して来たって嘘ついたしね、とロニはしたり顔だ。


 「もう一つは?」

 「大きい鳥型の魔物が西の方角に飛んで行ったのを見た人がいる。ちょうど俺たちが向かう港町の方だ」

 「!!……そう。なら急がないと」


 と言ってキオは出発の準備を始めるが、


 「ちょっと待って!それを見たのは5日前だそうだ。すぐに出発しても追いつけるかはわからない。だから……」

 「けど、少しでも距離は縮まるでしょう」

 「……わかった。でも出発は明日の早朝にしよう。流石に歩き続けて体も疲弊してる。いざという時のためにも休息は必要だよ」

 「…………そうね」


 そうして、キオが折れる形で話はまとまった。が、不服そうな雰囲気はひしひしと感じ取れる。


 「ありがとう。あとは大した噂はなかったけど、数年前からここら辺の魔物が凶暴になっているみたいだ。気をつけないと」

 「あなたの方がね」

 「うっ……。まあキオは問題ないか。ところで、話は変わるんだけど。キオって俺のこと名前で呼ばないよな。つけてくれたあだ名でも呼んでくれないし」


 唐突に変わる話題。しかしロニは気になってしまった。今まで一度も名前はおろか、自己紹介の時につけてくれたあだ名(ネーミングセンスについては置いておこう)でも呼んでくれたことがない。


 「……!別に、呼ぶ必要がないだけです。二人だけで旅をしているのだから。……必要があれば呼べます、たぶん。あと、あだ名をつけた時は戦闘後で変に興奮してたからというかなんというか」


 何やら最後の方はゴニョゴニョと小さくなって上手く聞き取れなかったが、彼女なりの考えがあるのだろうとロニは納得する。そこで会話は終わり、二人は明日の出発に備えて寝ることにした。









 ――ルナピエーナ 領主の屋敷――


 「ねぇ、お願い!今日しかないの。外出を許可して!」

 「…………申し訳ありません、お嬢様。お館様から外出の許可は降りていません。それに最近はこの辺りの魔物も凶暴化しており、お嬢様の身に万が一があってはいけません」

 「あなたが守ってくれないの?」


 鎧を纏った侍女は何も答えない。ただ、唇を噛み締めているだけだ。


 「…………そう。わかりました。これが私の運命ということなんでしょう」


 美しい金髪の女性は悲しそうに俯いていた。それを悔しそうに見つめながら、鎧を纏った侍女は豪華な扉を閉めて部屋を後にする。


 窓からは大きな丸い月がのぞいている。それを睨むように顔を上げる金髪の女性。こうして、お屋敷のお嬢様は、決死の覚悟で満月の夜に挑むのであった。


 



 

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