第16話 情報収集
――ルベルナの街を出発してから5日。
ロニとキオはひたすら歩き続けていた。道中、小型の魔物に襲われることはあったが、キオにかかれば赤子の手を捻るようなもので、大した脅威にはならなかった。とは言っても、魔物に襲われながら5日間歩き続けるのは、森に引きこもっていた魔女にしてみればかなりの重労働であるはずだ。更には、
「もう無理。今日お風呂に入ることができなければ死んでしまうわ、私」
なんて不吉な予言をしてみたり。ロニはその様子に苦笑しつつも同意する。
「確かに。死ぬことはないけど、5日間も歩き続けたら汚れてはしまうよね」
なんて言って、自分の体をくんくんと嗅いでみる。それを見て何を思ったか、キオはハッとした表情でロニから少し距離をとった。
「あれ、ごめん。もしかして臭かった?」
「いえ、そういうわけではないのだけど。……気にしないでください。それよりも、この辺りには町とか村とかはないのかしら。流石にそろそろ一つくらいあっても良いと思うのだけど」
「う〜ん……。この地図だと、あと5キロも歩けば小さな宿場町が見えて、ってキオ!?」
ロニの言葉を聞き終わる前に、お風呂を求める少女キオは走り出していた。歩き疲れているはずなのに、すごい勢いだ。ドドドドッ、なんて効果音が聞こえてきそう。少女が通った道には土埃が舞い上がっている。「年頃の少女が秘めている可能性は無限大なのだなぁ」などと、ロニは的外れの感想を抱いて、キオの後を追うために走り出した。
二人は小さな宿場町に到着していた。世界のあちこちを移動する商人や旅人にとって、このような町は本当に有難い。何せ、各地の拠点都市を歩いて移動しようものなら3〜4週間はかかってしまう。だから、その間には休息をとるための宿場町が点々と存在していることが多い。まあ、地域によっては存在しないところもあるのだけど。そんなところを旅したくはないよね。そういった理由からこの町の人間は、住人よりも外部からのお客が多くを占めているのだ。つまり、商人や旅人といった、各地の噂の宝石箱たちである。
まずは宿屋で宿泊の手続きを済ませる。その後は、キオはすぐさま湯浴みへと向かった。宿屋に備え付けの浴場は一人用だ。あの様子だとしばらく空くことはないだろう。ロニは今後の行動を考える。時刻は夕暮れ、そろそろ酒場も開く頃。
「なら、酒場で情報収集と行きますか」
そうして、彼は宿屋の主人にこの町の酒場の場所を聞くのであった。
この宿場町には、酒場と呼べる場所は一つしかなかった。であればこそ、夜には自然と人が集まり、町一番の賑わいとなっていた。物騒がしい音が店の外まで聞こえてきている。
(繁盛しているなぁ。羨ましい)
ロニは少しばかり嫉妬しながらも、店の扉を開ける。扉を開けると、一層騒がしい音がロニの鼓膜を震わせる。彼方此方から話し声や笑い声が聞こえ、店の娘は大忙し。ロニは空いてる席を探して、歩き回る。数人座れる丸テーブルはすでに埋まっていた。店の奥にあるカウンター席はまだ空きがあったため、そちらに腰を下ろす。カウンターの目の前では店主が忙しなく料理を作っている。どうやら、店の造りはロニが出稼ぎに出ていた酒場と似たようなものらしい。彼は適当にお酒を注文して、情報を持っていそうな人物がいないか辺りを見渡す。そこへ、
「よう!兄ちゃん、見ない顔だな。この町には今日来たのかい?」
細身の男性が話しかけてきた。雰囲気からして30半ばぐらいだろうか?上品な服装ではないが、最低限の清潔感があり、嫌な印象もない。人当たりの良さそうな表情と口調。冒険者という感じでもないし、どこかの商人だろうか?
「そうなんですよ。ついさっき着いたばかりで。ずっと歩いていたから、ようやく今日はベッドで眠れるなと」
「へえ、そうかい。どこから歩いてきたんだ?」
「……城下町ルベルナからですね。5日間歩きっぱなしで。ほんと歩き疲れましたよ」
「ルベルナか!あそこも今は大変みたいだな。魔導師殺しが現れたって噂じゃないか。そこんところ、どうなんだ?ほんとなのかい?」
「ええ、その噂は俺も聞いてますね。ただ貴族街での事件らしいので詳しいことは何も」
「まぁ、そうだな。そんな事件を上流階級の方々は公にしたがらねえわな」
そう言って、酒をごくごくと飲む細身の男。ロニは、内容を慎重に考えながら話を続ける。
「その噂は街の外まで流れてるんですね」
「おう。俺は商売で拠点都市のルナピエーナから旅してるんだけど、途中途中でここみたいな宿場町で休憩しててな。そこで噂を聞いたんだよ。俺はあんたみたく歩きじゃなくて、荷馬車使ってるからそんなに疲れはしないんだけどな」
「その噂はいつ?」
「ん?20日前にルナピエーナを出て、3つ目の宿場町だったから5日前ぐらいか?」
「そうですか……。それ以降の噂は知らないんですね?」
「ここには昨日着いたが、その噂についてそれ以上は誰も知らなかったな。なんだ、気になるのか?」
「やっぱり自分の街のことなんで」
と言って少し黙り込む。ルベルナから一番近い宿場町にも、まだ最新の噂は流れてきていないようだ。
(流石にもう魔導師の遺体は発見されているよな。まだ、街の外まで捜査は及んでいないのか?)
「まあ、あの街には、かなり強い魔導師が一人いるって聞いてるから大丈夫なんじゃないか。なんて言ったかな、アルクなんちゃら。それはもう風を扱う魔法がすごいらしい」
「………………」
「ん?」
「いや!そうなんですね!魔導師様のことには詳しくなくて。それなら安心だ!」
凄いなんてもんじゃなかったですよ。バケモンですよ、あれ。倒しちゃったんですけどね、あはは。……なんてことは言えるはずもなく、冷や汗をかきながら話を合わせるロニ。
(だけど、これであの魔導師が死んだってことが、まだ街の外には伝わっていないのが確定したかな。あとは……)
「あと、この辺りで怪しい噂とかってないですか?蛇みたいな男とか、大きな鳥の魔物を操る人間とか」
「鳥の魔物を操る人間?なんだそりゃ。人間が魔物を操れるかよ」
「ですよねー」
「ただまあ、人間は魔物を操れないが、魔物を使役する魔女がいるっていう噂は以前に聞いたことがあるな。どこの話だったっけなぁ」
魔導師殺しについてはあまり収穫が得られなかった。それと、
(魔女は人間っていう分類には入らないってことか。まあ、一般的な認識はそうだよなぁ……)
少し暗い気分になってしまう。こんな時は酒を飲むに限るよな、っとロニは酒をあおりながら、細身の男と話を続けるのであった。そうして夜が更けていった。
ロニが宿屋の部屋に戻ると、キオはとっくに眠っていた。もちろん結界魔法つきだ。しかし、酒に酔っているからだろうか。ロニにはその寝顔は年頃の少女のものにしか見えなかった。
「……それじゃ俺も、風呂に入って寝るかな」
夜が明ける。朝早くに宿場町を出発をするロニとキオ。一日休んだだけなので、完全に疲れが取れたわけでもないが、ここで足踏みしている場合ではない。ルベルナから一番近い宿場町のため、いつ魔導師殺しの捜索が入るかもわからない。なので、すぐに出発することに異論があるはずもないのだが、
「……昨日は遅かったのね。一人で楽しくお酒でも飲んでいたのかしら?」
なんとはなしに、キオの機嫌が斜めに傾いてるように感じる。まあ、機嫌が悪い原因の9割は、またお風呂に入れない生活になるからだろうけど。残りの1割は甲斐性なしの誰かさんのせいだろう。ここから、またひたすらに歩き続ける旅が始まる。
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