第15話 ロニ先生の講義 大陸編

 日が沈み、辺りが暗くなる。ひたすら歩き続けたキオとロニは、岩場の陰で野営していた。二人は焚き火を囲んで休息を取っている。ロニは背負い袋から小型の鍋を取り出して、そこに水を入れる。道中に採集していた野草、持ってきた干し肉を少しばかりちぎり入れ、仕舞いに香辛料で味付けをして簡易的なスープを作っていく。あとは、これを焚き火で加熱するだけ。一方、キオはというと、懐から小さい袋を取り出して、その中の丸薬?を一粒、自身の口に放り込んだ。そうして、袋をまた懐に仕舞い込む。どうやら、彼女の食事はそれで終わりのようだ。


 「……それで腹一杯になる?」


 ロニが不思議に思って尋ねる。ロニからしたら、そんなもので食事を済ませることが信じられないらしい。対して、キオは


 「別に。お腹を満たすことが目的じゃない。一日分のエネルギーを摂取できるなら何でもいいわ。その点で言うと、この携帯食料は効率的ね」

 「……ちなみに味は?」

 「無味」


 はぁっ、と項垂れる青年が一人。そうして手製のスープを、効率中毒者の少女に手渡そうとする。


 「ほら、少し食べなさい。育ち盛りの子がそんなものだけで生きていくのは健康的じゃないよ。これは肉体的な話ではなくて、精神的な話」

 「いりません。そんな精神論はこちらから願い下げよ。第一、今日の分のエネルギーは摂取したからこれ以上は摂りすぎになるわ」


 キオに、にべもなく断られる。年頃の少女に拒否されて落ち込むロニの姿が、焚き火の火に映し出されるのであった。





 野営地で休息をするために、キオは探知用の結界を半径30メートルの大きさで張り巡らせていた。外から、この結界に動物が入り込んだ場合にはすぐにでもキオに伝わるようになっている。


 「そういえば、キオの魔力ってもう回復したのかい?俺に回復魔法も使ってくれていたけど、そんなすぐに魔力って溜まるものなのか?」

 「ええ、魔力に関してはほぼ100%に近いわ。お母さんの宝箱を開けた時に、紫色の鉱石が体の中に入ってきたけど、それから何故か魔力量が上がった気がするの。……あの鉱石の正体は不明のままだけど」


 キオは自身の胸に手を当てて答える。ロニは「なるほどね」と納得しながら、彼女の胸元を見て、おやっと思った。


 「あれ、昨日はそんなペンダントしてたっけ?」

 「……!ふふ、これね!これはね、宝箱の中には、実は紫色の鉱石以外にもう一つ入っていたの。お母さんがずっと身につけていたペンダント。十二歳の誕生日に私が欲しいってねだっていた、お母さんの宝物」


 ああ、そうか。お母さんからの誕生日プレゼントというわけだ。ロニは納得して、しばらくの間、嬉しそうに語るキオの顔を眺めていた。





 「じゃあ、ここからは少し真剣な話をしよう。キオは昨日の魔導師殺しを追っている。その理由を聞いても?」


 念の為の確認だ。昨日のやり取りで大体の経緯は予想できる。ただ、キオの口からはっきりと聞いておく必要がロニにはあった。


 「殺すためよ」


 キッパリと答える少女。体の震えはなく、その目には一切の迷いは感じられない。この少女は本当に、あの男を殺すのだろう。


 「お母さんとお父さんの仇だもの。もし、あなたがこの前みたいに止めるというなら、先にあなたを殺すわ」

 「……いいや、止めないよ。本心から、あの男を殺したいと願っているのなら、君の願いは正しいものなのだと思う。その行為を君が悔いることはないだろうから」


 キオはあっさりと食い下がったロニに拍子抜けした様子だった。


 (……もっと、殺しはダメだ!とか、復讐は何も生まない!とか虫のいいこと言ってくるかと思ったのだけど。根っからの善人ってわけでもないのかしら?)


 キオは義手の青年に対しての評価を改める。『お人好し!』から『お人好し?』にランクアップしたようだ。そして、そんな『お人好し?』にキオは尋ねる。


 「じゃあ、あなたの理由を聞かせて?魔導師殺しを追う理由」

 「俺?俺は単純に、アイツが最後に使った神樹の葉が気になるんだよ。昔、色々あったからね」


 その色々について、すごく気になるキオであった。が、なかなかどうして彼女は淑女であったがために本人が言いたがらない事を聞くのは気が引けたのである。そんな様子を見て


 (本当に、大人の対応というか、いい子なんだよなぁ。よし!君は『大人びた少女』から『良くできた大人びた少女』にランクアップだ)


 図らずしも、ロニの中でもキオの評価が改められていた。似たもの同士なのである。





 「それで、あの男を追うにあたってのこれからの計画なんだけど」


 と、ロニは切り出した。キオも真剣に聞いている。


 「アイツは雨の国に来いって言っていた。これは、雨が降り止まない国『ヴィヒム』のことだろう。そしてヴィヒムはアステル大陸の南西にある。今、俺たちは、セレネー大陸の真ん中あたりにいるはずだから、まずは海を渡らないといけないんだけど……大丈夫?ついてきてる?」

 「…………………………えっ!?と、当然よ」


 キオは必死に頭の中で地図を思い浮かべるが、なかなか具体的に想像できていないようだ。それもそのはず。キオはほとんど街の外に出たことがなかったのだから。そんな様子を察してか、ロニは背負い袋から地図を取り出す。


 「……持っているなら最初から出しなさい」

 「ごめんごめん。それで、まず最初に、この中心にある樹が神樹セフィロト。で、世界は東と西の二つの大陸に別れてる。大陸の間には海の隔たりがあって、あとは小さな島々が浮かんでいるっていうのが世界の概略。東の大陸がセレネー大陸。俺たちが暮らしている大陸だ。中心都市は聖王都シクザール。この都市には何百もの魔導師が集っているって噂だから、極力ここは避けた方がいい。今俺たちはセレネー大陸のちょうど真ん中あたりにいる」


 地図を見ながらなら納得いくようで、ふんふんと頷きながらキオは聞いている。


 「そして、もう一つの大陸が西側のアステル大陸。こちらの中心はセオレム帝国。魔導師も擁しているが、どちらかというと魔道具の研究に熱を入れている印象かな。魔道具商人たちの大きなギルドもあるみたいだし。俺たちの目指す雨の国ヴィヒムは、アステル大陸の南西」


 ここだ、とロニは指をさす。地図の上だけでもかなりの距離があるのが見てわかる。


 「まず初めに、俺たちは海を渡らないといけない。それには船が必要だ。つまり、今目指すべきところは船に乗れる町、港町フォリオ。ここから、ずっと西へ歩くことになる」

 「なるほど、大体はわかったわ。そこを目指すのも異論はない。あと、あの魔導師殺しはかなりの傷を負っていたから、どこかで体を休めている可能性もあるし、ルート上の街で情報収集も必要ね」


 確かに、あの男は瀕死の重症を負っていた。魔鳥に乗って移動するにしても、あの状態での長距離飛行は難しいだろう。


 「よし!じゃあ、方針も決まったし、こちらも少し体を休めよう」


 そう言って、少しばかりの仮眠に入る二人。当然、キオは自分の周りに、それはそれは強固な結界を張っていた。うん……、警戒心が強いのはいいことだ。お兄さん、安心した。年頃の少女に警戒されているお兄さんは枕を濡らしながら眠りについた。


 


 

 

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