2章

第14話 キオ先生の授業 魔法とは

 二人は整備されていると言えなくもないような道路を歩いている。一人はロニ・ノーリッシュ。古びた魔道具屋の店主(休業中)。義手・義眼の青年。もう一人はキオ・マステマ。惑いの森の魔女。フードを被る少女。ともに、蛇のような男・魔導師殺しを追うという目的で旅に出た仲である。キオ曰く仲間ではないそうなのだが、旅は道連れなんとやらと言うように、なんだかんだで同行を了承した形。


 そんな二人は、ルベルナの街を後にしてから、かれこれ3時間ほど歩き続けていた。道中、キオは何かとロニに視線を配り、様子を気にしていた。それもそのはずだ。ロニの足元はおぼつかない。ふらふらしていて今にも倒れてしまいそうなのである。しかし、倒れそうになっては踏みとどまって足を前に進めている。とにかく今は一刻も早くルベルナの街から離れなければならないことを、彼は知っていた。昨日の夜の戦闘で、魔導師を一人殺してしまっている(厳密にはトドメを刺したのは魔導師殺しなのだが)。しかも、魔女の噂があった惑いの森で、だ。魔導師の死体がすでに発見されて、街では騒ぎになっているかもしれない。


 (犯人探しが街の外にまで広がる前に、少しでも遠くに行っておかないと……。大丈夫、体はまだ動く。これも惑いの森で一度別れる時に、キオが回復魔法をかけてくれたおかげかな)


 そんな様子をキオは数分ごとに、チラチラと盗み見ていた。そして、その度にキオは声を掛けそうなるが、対人経験の少ない彼女はなんて声をかけて良いかがわからなかった。結果、チラッとロニを見ては、口を少し開けたあと数秒止まり、口をつぐんで前を向く。その繰り返しだ。


 そんな光景がどれぐらい続いただろうか。ついに、キオは言葉を発することに成功した(えらい!)。


 「結構歩いたし、少し休憩にしましょう。……ちょうどあそこに木陰もあるし」

 「いや、もう少し進むべきだ。いつ追手がくるかもわからない。俺たちは魔導師殺しを追うと同時に、魔導師に追われる立場でもあるんだから」

 「…………いいから。少しだけよ。流石に今のペースで歩いてたら、あなた倒れるわ。こんな序盤に大きな荷物が増えるのはこちらとしても願い下げ」

 「あれ、足手纏いになったら容赦なく切り捨てるって聞いていたけど」

 「……そうね。その言葉は本当よ。でも今じゃない」


 そう言ってキオは先に、木陰に腰を下ろした。そうして視線で「あなたも座りなさい」と命令をする。キオがすでに腰を下ろしてしまったので、ロニはしょうがないと言うようにキオの近くに同じように座り込んだ。本当は倒れ込みたかったところなのだが、一度横になってしまったら、もう立ち上がれないと言うほどにダメージと疲労は蓄積していた。


 「右目を見せて」


 キオの言葉に、ロニは素直に従う。右目の包帯を外して、髪をかきあげた。右眼には義眼が埋め込まれており、周辺は大きな火傷の跡があった。キオはロニの右目に手を近づけて回復魔法を使用する。薄い緑色の光が火傷を負った右目周辺を覆っていく。と同時に、再燃していた焼けるような痛みも和らいでいく。


 「次は、体の傷」


 ロニは言われるがままに、昨日、魔導師の旋風に突っ込んだ時にできた裂傷部分をキオに見せる。頭と首を守るため犠牲にした左腕、腹、両足に深い傷があった。キオは順番に回復魔法を使っていく。


 「……ひとまずはこれで終わり」

 「いやー、聞いてはいたけど、本当に魔法っていうのはすごいな」


 ロニは心の底から感心している。


 「あのね、魔法っていうのは別に万能ではないのよ。奇跡を起こせるわけじゃない。時間を越えることも、空間を跳ぶこともできない。……もちろん死者を生き返らせることもね」


 悔しそうな顔で語るキオ。


 「今の回復魔法だってそう。魔法があなたの怪我を治したわけじゃない。あなたの生命力を活性化させて、怪我の治癒速度を上げているだけ。その分、細胞の寿命は減っていく。大袈裟に言えば命の前借り。」


 ロニはなるほど、と自身の傷口を観察してから尋ねた。


 「でも、キオはいろいろな魔法を使えるんだね。結界魔法と水を操る魔法と空気と、あとは?」

 「ひと通りは何でも。得意なのは結界魔法と水系統かしら。魔女や魔導師にも得手、不得手があるから。昨日の魔導師は空気魔法が得意だったみたいだけど。」


 昨日の戦闘を思い出す。魔女の結界を切り裂くほどの風の刃。自身を自動で守る旋風。果ては池の水全てを使った牢獄さえも打ち破った暴風。


 (いや、思い出すだけでも寒気がする。よくあそこまで戦えたよな。まあ、キオがいなかったら本当に戦いにもならなかったろうけど)


 「魔道具に詳しいあなたなら知っていると思うけど、魔法には二つの系統がある。一つは、実際の質量、エネルギーに関与する魔法。現実の物と言い換えてもいい。魔力を実在するエネルギーに変換して扱うの。運動エネルギーや熱エネルギー、光エネルギーとか何でもいいわ。その変換したエネルギーを利用して水を操ったり、風を生み出したりする。こちらの方が実際の質量を利用するから魔力効率がいいけど、現実に利用できる質量が少ないと威力も減ってしまう。回復魔法もこちらに入るかしら」


 キオは人差し指をピンと立てて説明している。興に乗ったのだろうか。案外、人に教えるのが好きなのかもしれない。


 「そして、もう一つが魔力を魔力のまま扱う魔法。結界魔法がそれね。あとは、精神干渉系もこちらになるのかな?そこらへんは自信ないかも。魔力っていうのは現実のエネルギーとは別枠なの。こっちは現実の質量を使わない分、魔力消費が激しい。けど、質量による攻撃が効きにくい。簡単にいうと質量攻撃に相性がいいって言えるかな」


 ロニは、優等生のように先生のお話に相槌を打っている。それから、手を挙げて質問をする。


 「じゃあ先生、昨日の魔導師は風の魔法で先生の結界を破ってたけどあれは?」

 「…………相性がいいってだけで絶対に勝てるってわけじゃないわ。単純に昨日の魔導師は私より格上だったってだけ」


 しまった!先生のご機嫌を損ねてしまった、と生徒が戦々恐々しているなか、


 「あと、あの蛇みたいな男だけど、あいつのダガーナイフには特殊な紋章が彫ってあった。おそらく何かの加護、いいえ呪いかな。あれのせいで私の結界にも刃が通ったのね」

 「へぇ。まあ確かにあの男は魔導師を殺してまわってたみたいだから、何かしらの魔法への対策があったんだろうね。……あいつ自身は魔法を使えないって認識でいいんだよな?」

 「たぶんね。流石にあの戦闘で魔法を行使しないんだったら、そういうことなんでしょう。ただ、呪いがかけられたナイフとか、逃げる時に使った魔鳥とか、何者かと手を組んでる可能性はあるかも」


 魔導師殺しだけでなく、他にも敵がいる可能性があるなんて厄介に過ぎる。ただ、気になったのはそこではなくて


 (呪いのナイフ……ね。なるほど、あのナイフはそういう原理だったから、ジェイソンmark2みたいにゴツくしなくてもよかったのか。まったく、これじゃあ図体だけデカくて燃費の悪いジェイソンmark2が馬鹿みたいじゃないか!)


 なんてロニは心の中で憤っていたり。


 「とにかく、魔法っていうのは万能じゃない。あんまり当てにはしないこと。魔法で可能なことなんて、基本的には魔道具でも可能なんだから。結局は魔女とか魔導師なんて体に魔道具を仕込んでるのと大差ないの。ただ、自由度と積んでる魔力が違うだけ。でしょ?ルベルナで評判の魔道具屋さん?」


 とてつもない皮肉をひしひしと感じるロニである。ああ、評判だとも。あそこの魔道具屋の扉は建て付けが悪すぎるってな!あと、君たちの自由度と積んでる魔力が規格違いすぎるからすごいんですけどね!


 (まあ、確かに。魔法でできることは魔道具でもできるようになりつつある。魔道具が開発されてから200年近く経つ。そして、ここ100年は文明の進歩の仕方が異常だ。特に帝国は魔道具の研究が盛んで秘密裏に超大型の魔道具の実験もしてるとか何とか。けどそんな大きな魔道具を作ったところで、それに積む魔石は何処から仕入れてくるんだろうか?)


 「……っと!ちょっと、聞いてる?」

 「ん?ああ、ごめん。考え事をしていた」

 「はぁ、まあいいわ。そろそろ出発しましょう。思ったより話し込んでしまったわ」


 そうして二人は腰を上げた。ロニの足取りは、先ほどとは見違えて軽そうだ。どうやら回復魔法がよく効いているようだった。

 

  

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