番外編 結界魔法・愛
――キオ 十二歳の誕生日――
「キオは買い物に出かけたかしら?」
「ああ、元気に出て行ったよ。それで、本当にいいのかい?」
キオの母親アーシャと父親アレンは、子供部屋にある宝箱を見つめながら話していた。アーシャは一度大きく深呼吸をした後に、自身の胸に手を当てる。すると、胸の中央が光を放ち、アーシャの体の中から紫色の鉱石が現れた。アーシャはそれを手に持って、宝箱の中にゆっくりと入れる。鉱石は不気味な光を放っていた。
「ええ。魔力が日々強くなっていて、私の力ではもうすぐ抑えることはできなくなるでしょう。だから、時が来るまでこの宝箱に封印します。もしキオが十六歳までにこの結界を解けなければ、私の全てを賭してコレをこの世から消し去ります」
アーシャは、宝箱の中に入れた鉱石を睨みながら、力強く宣言をする。それを、少し悲しそうに見つめるアレン。
「だから、もしそうなった場合はキオをお願いね。あなた」
そう言って、アーシャは宝箱に両手を伸ばして結界を作り始めた。宝箱が青白い光に包まれる。アーシャの今持っている魔力全てを使って結界が構成されていく。この結界を解く方法。それは、キオと、他の
そうして宝箱に結界がかけられた。アーシャは全魔力を使ったため、息が荒くなっている。先ほどの会話もあって、キオの部屋には重苦しい空気が流れている。その空気を変えるかのように、アレンは弾むような声でアーシャに訊ねる。
「やっぱりアーシャはすごいね。とても美しい魔法だ。ちなみにこの魔法に何か名前はあるのかな?」
「え?名前?いえ考えていなかったわ。というより魔法自体はただの結界魔法よ。解除方法を決めて、魔力を全てこめたからかなり頑強になってるはずではあるけど……」
「名前を決めていないのかい?それはいけない。名前はあった方がいい!もし、アーシャが決めないなら僕が考えてもいいかい?」
アレンは何かと名前をつけたがる性格だった。アーシャは「では、どうぞ」と命名権をアレンに譲った。それを聞いてアレンは楽しそうに、ああでもない、こうでもない、と考え始める。
「う〜ん。どうしようかな。…………そうだ!」
手をポンッと叩いて、アレンは嬉しそうにアーシャを見つめた。
「これに決めた。この魔法は、『結界魔法・愛』だ!」
アーシャはそれを聞いて、「ええ〜」と少し恥ずかしがる。しかし、アレンがうんうんと頷きながら
「我ながら、なかなかのネーミングセンスだ。君も気に入っただろう」
なんて言ったものだから、それがキオの仕草とそっくりで、吹き出して笑ってしまったのだ。そして、
「え、何かおかしかったかな。うーん、いやこれで行こう。…………ああ、でも大丈夫だよアーシャ。きっと、この魔法はキオ以外には破れはしないから」
アレンは優しい笑みをアーシャに投げたのだった。
(『結界魔法・愛』、か。ふふふ、本当になんて名前なんだろう。でも、……よかった。あなたの言う通り、この魔法はきっと、キオ以外には解けないでしょう)
――娘を思い合う夫婦。幸せな家族。それを守る森の結界を破って殺人鬼は忍び寄った。その凶人を二人に振るう。
子供部屋は二人の血で赤く染まってしまっていた。宝箱は結界に護られているため綺麗なままだ。殺人鬼は、狂気に塗れたまま去ってしまった。その判断は正しい。ターゲットを庇った男はすでに息絶えているし、ターゲットにしてもあと一分もせずに絶命するだろう。
しかし、アーシャには感謝しかなかった。一分だけ猶予がもらえたのだから。アーシャは机から落ちてしまった宝箱に手を伸ばす。あと少し、あと少し。しかし、そのあと少しが全く縮まらない。もう、体は言うことを聞いてくれなかった。
命の燈が小さくなっていくのがわかる。視界がぼやけて意識が混濁していく。ああ、キオが帰ってきて、この光景を見たらどんな顔をするのだろうか。キオをひとりぼっちにさせちゃうのだろうか。
(ダメ、お願い。最後に、届いて!神様でもなんでもいいからお願い!)
果たして、その願いは神様に届いたのだろうか。
否、その願いは人生を共にした、最愛のヒトに届いたのだ。
アーシャの右腕が掴まれる。そのままぐいっと宝箱の方へ手繰り寄せられる。アーシャはその手を愛おしく感じながら振り向くことはない。視線はただ宝箱の方に。
(…………本当は、あなたの真実とか、この世界のこととか、殺人鬼の手掛かりとかを伝えるべきなのかもしれない。でもね、キオ。今はあなたへの想いしか出てこないの。ごめんね、最後までダメな母親で。最後に、こんな、私があなたに伝えたいことしか伝えられなくて)
――そうして最後のメッセージが録音されたのです。これが誰も知らない魔女の最後。
ああ、アレンに出会えて、キオが産まれてきてくれて。私は魔女だったけれど、こんなに幸せな人生を。キオ、あなたもきっと幸せに。
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