第13話 きっと、笑っていたのだろう

 どれぐらいの時間が経ったのだろうか。森は、再び静寂に包まれていた。少女は目元をゴシゴシと擦るような仕草をした後に、立ち上がって片腕の青年の元へと近づいてくる。少女の顔はいつもの凛とした表情ではあったけれど、目元は赤く腫れており、鼻をズビズビと啜っていたので格好はついていない。のだが、


 (……でも、かっこいいな)


 青年には気丈に振る舞う少女の姿が心底からカッコよく見えたのだ。


「これ、返すわ。……あなたには感謝しています。もし、私が意地になって、宝箱を開けることがなかったら一生後悔したことでしょう。だから、ありがとう」


 そう言って、少女は大事そうに抱えていた青年の義手を差し出した。青年は義手を受け取り、慣れた手つきで右腕に装着する。


「本当だったらお返しをしたいところなのだけど、生憎と私はすぐにこの森を出ていきます。この森には今、結界がかけられていないから先ほどの戦闘できっとここには調査が入るでしょう。だから、あなたもすぐに離れた方がいいわ」


 確かに、屋敷の前には魔導師殺しに刺されて絶命した魔導師の死体が転がっている。悠長にこの場に留まっていたのなら犯人扱いされかねない。いや、半分ぐらいは正しいのか?


 それから少女は屋敷を指差して、


「もし屋敷の中で気にいるものがあったなら好きに持っていっていいから」


 青年は少し思案した後に、


「……俺はあの魔導師殺しを追おうと思ってる。もし君も彼を追うと言うのなら、俺と一緒に来てくれないか?」

「…………あなた正気?死ぬわよ?今回あなたが生き残れたのは運が良かっただけってことわかってる?」

「ああ。でも、ここが調査されたのなら、魔導師の死に俺が関係していることはバレるだろう。どうせ俺はここの街には居られない。あの魔導師殺しには聞きたいこともあるし、君がついてきてくれた方が心強い。足手纏いになったのなら容赦なく切り捨ててもらって構わないから」


 少女は考え込んでいる


 (……正直、彼を連れていっても足手纏いになるのは目に見えてる。私一人で行った方が早いし確実だ。確かに今回は彼に助けられたところもあるし、恩も感じてるけど、)


『……信頼、できる、人を……みつけて、どうか……しあわせになって』


 頭の中に母の言葉が蘇る。少女は頭を横にぶんぶんと振って、


 (違う!なに考えてるの!こいつじゃない!)


 少女は、「はぁっ」と大きな溜息を一つ。そして、


「わかったわ。けど、あくまで目的が同じなだけ。仲間でもないし、足手纏いになったら本当に切り捨てるから」

「ああ、それでいいよ。ありがとう。と、そういえば自己紹介がまだだった。俺はロニ・ノーリッシュ。呼び方はなんでもいいよ。ロニでもなんでも」

「………………じゃあ、ブリキ」


 (……それはいけない。年頃の娘がどこぞの呑んだくれ中年オヤジと同じセンスを持っていらっしゃる)


 そんな少女の黒歴史確定事項をなんとか回避するため、「それはやめておいた方が……」とロニは言いかけたのだが、少女が満足げにうんうんと頷いて


「我ながらなかなかのネーミングセンスね。あなたも気に入ったでしょ?」


 なんて言ったものだから、まあ彼女が満足そうだからいっか、なんて思ってしまったのである。


「それで、君の名前は?」

「わたし?わたしは――」









 ロニは魔女と一度別れた後、旅立ちの準備をするために急いで魔道具屋に戻っていた。朝日が昇るまでには出発しなければならない。古びた扉を難なく開けて中に入る。急いで使えそうな魔道具と魔石を背負い袋に突っ込み、なけなしの貯金を懐に入れ、手紙を素早く書く。


「この店ともしばらくお別れだな!色々あったけど楽しかった、ぜ!必ずまた戻ってくるから待ってろよ!」


 なんて、サムズアップを決めてクサイ台詞と共に颯爽と魔道具屋を後に


 ギィーギギギ、ギィギィ


「いや、硬った!!」


 できなかった。コツを掴めば簡単に開くはずの扉が今回ばかりは反抗しているようである。青年は真面目な表情で、古びた扉に手をあてて


「…………大丈夫だよ。死なないから。行ってきます」


 その真剣な宣言を聞いて扉は何事もなかったかのように開いていく。そうして古びた魔道具屋は店主の旅立ちを見送った。


 ロニは街の西門まで急いで走る。魔女とはそこで待ち合わせる予定だ。朝日が昇るまでに西門に着いてなければ問答無用で置いていかれる。


「っと、流石に何も言わずに居なくなるのもダメだよな」


 そう言ってロニは少し寄り道を決める。出稼ぎで働いていた酒場に向かう。流石にこの時間には、すでに酒場は閉まっているので、裏口から勝手に忍び込む。そして、カウンターの一番目立つところに先ほどの殴り書きをした手紙を置いた。


「これなら気づいてくれるだろ。お世話になりました!」


 そうして、ロニは酒場を後にして走り出す。今度こそ魔女との待ち合わせの西門に向かうために。



「はぁはぁ、時間やばいかも」


 ロニは息を切らせながら走っている。もうすぐ日が昇ってしまう。昨日の戦いのダメージや疲れはほとんど取れていないのだが、体に鞭を打って足を前へと運んでいる。ようやく西門が見えてきた。そこにはフードの人影が一つあった。ロニはその人影に見えるように手を挙げる。人影は手を挙げることはなかったが、それに返すようにフードを脱いだ。魔女の顔が確認できる。いつもの凛とした表情でこちらを見ている。


「はぁ、なんとか間に合った」

「……ギリギリだけどね。遅れた方があなたのためだったのだけど」


 やはり魔女はロニの同行には消極的な様子。そんな言葉を気にせずに、ロニは義手の右手を差し出して


「これからよろしく。キオ・マステマ!――行こう」


 しかし、キオはその差し出された右手を凝視したまま動かない。


 (な、何この右手は?に、握ればいいの?)

 

 そうして、勢いに乗せられて、おずおずと自身の右手を伸ばしていく。いよいよ彼女の右手がロニの右手に触れるというところで、よせばいいのに一昨日の出来事を思い出す。夕焼けの公園で、手を引かれて走っていく女の子を思い出す。その女の子の幸せそうに笑っている顔を思い出してしまった。


 瞬間、キオは何故だかわからないけれど、とても恥ずかしくなってしまって、慌てて手を引っ込める。そして、脱いでいたフードをそれはもう深々と被り直した。ロニはその様子を不思議そうに眺めてる。キオは再度、ゆっくりと右手を伸ばしていく。ゆっくりと着実に近づいていく。ロニは笑いながら右手を差し出したままだ。キオの右手が遂にロニの右手と触れ合った。


 朝日が昇り、辺りが明るくなっていく。旅立ちの合図である太陽の光が二人を照らし出す。







 ――ああ、フードの下の私の顔はいったいどんな表情をしているのだろう


 


 




 

 


 


 


 

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