第12話 宝箱

 青年は、昨日と同じように義手の右腕を差し出した。魔女は彼の右腕と顔をみながらポカンとしている。静寂が流れる。


 (昨日はあんまり思わなかったけど、このセリフってキザすぎるよな)


 青年は今になって自身の言動が恥ずかしくなってきたらしい。しかし、すでに差し出してしまった右腕を引っ込めるのも、なかなかに格好がつかないものである。そうして、ようやく魔女が口を開いた。青年にはその口元が少し笑っているように感じた。


 「ヒトの右腕が必要だと言いました」


 彼女も昨日の言葉を繰り返す。そして、続きには


 「まあ、義手では意味がないかは試していないからわかりません。ただ、その義手はあなたの右腕で、それを借りるとなると私一人の力でこの宝箱の結界を解いたことにはなりません。なので、気遣いには感謝しますが……」


 昨日とは違う言葉が返ってきた。なるほど、どうやっても他人の手は借りないらしい。どうにも強情な魔女である。そうして、青年は差し出した右腕を引っ込める。魔女はわかってくれたみたいね、と言う顔をしている。


 義手の青年は、おもむろに自身の右腕に付いている義手を外した。そして、その義手をポイっと魔女に向かって投げる。


 「ええっ!?」


 魔女はなんとかその義手をキャッチした。


 「……っと、重っ!あなた何してるのよ!」

 「いや、君がなかなかに頑固だからイラっときた。義手ってのはその状態ではただのモノだよ。そして、俺は先ほど義手を池に落としてしまったんだが、とても親切な魔女様が拾って返してくれたんだ。だから、これは君の行いへのお返しだ。君の行動による結果なんだよ。つまりは君自身の力ってわけだ。俺の手を貸すわけじゃない、義手を貸してる」


 などと、片腕の青年はつらつらと、言い訳をこねくり回している。ただ、結局のところ


 「だって、お母さんからの贈り物なんだろ。なら、なんでも試してみた方がいい。開くかはわからないけどね」


 これが青年の本心であったのだ。



 魔女は何か言いたげな雰囲気だ。しかし、青年と宝箱を交互に見てから、


 「わかりました。これが対価ということなら受け取りましょう」


 そう言って、義手を抱えたまま宝箱に向き合った。


 ―――― ――――



 魔女は深呼吸をする。少し緊張している。まず、彼女が抱えている義手を左側の手形にセットする。ピッタリと手形に嵌るが特に変化はない。そして、もうひとつの右側の手形に魔女がゆっくりと右手を伸ばす。あと、もう少し。手形に嵌る直前に彼女の手が止まった。


 (これでダメだったらお母さんとの約束を守れないなぁ……)


 彼女は目を閉じた後に、よしっ、と覚悟を決めて自身の右手を手形に嵌め込んだ。



 辺りが静寂に包まれる。何も起きていない。ダメだったか、と目を閉じて納得する魔女がいる。片腕の青年も少し残念そうだ。そして、魔女が青年に義手を返そうと振り向いたその時、宝箱のフタがぱかっと開いた。


 『おめでとう、キオ。十六歳の誕生日までに結界を解除できたのね』


 惑いの森には四年ぶりに、静かで澄んだ声が響き渡った――






 「お母さんの、声……」


 は四年ぶりに母親の声を聞いた。懐かしくて、少女の目は潤んでいる。


 『約束通り、あなたから奪っていたものを返します。』


 そう言うと、宝箱から綺麗な紫色の魔石?が宙に浮かんでくる。そして、その石は宝箱を開けた少女の胸の前まで移動して、そのまま少女の体の中に溶け込んでしまった。


 「うあっ……、何これ?」


 少女が小さな叫び声をあげた。


 「魔力が溢れてくる!どうして?今までなんかよりずっと……。それに、何?この黒いモヤモヤ。体の中に入ってくる!」


 少女は苦しみに体をよじる。少女の体には変化が起こっているようだが、少女にもよくわかっていない。宝箱の声は続ける


 『ごめんなさい、キオ。本当はそれは封印したままにしておきたかった。でも、もうすぐ私では抑えることができなくなってしまう。だから……』


 宝箱の声はとても悲しそうだった。


 『……詳しいことは直接伝えます。キオ、負けないでね――ブツン!』


 宝箱の声は途絶えた。どうやら魔法による音声の録音だったらしい。少女は体の変化には慣れてきたのだが、音声が途切れたことにとても寂しい気持ちになった。詳しいことは直接伝えると言っていたけれど、それを伝えてくれる人はもうこの世にはいない。そして、少しの沈黙が流れたのちに


 『……ジ、ジジ……』


 途切れ途切れの音声がまた聞こえてきたのだ。先ほどの録音とは違う、雑音混じりの音声が。


 (!?……やっぱり、まだ続きがあった!あの蛇の男に襲われた後に、なんとか手がかりを残そうとしたんだ)


 そう。少女が両親の遺体を発見した時、二人は宝箱へと右手を伸ばしていた。おそらく、死ぬ間際に宝箱の結界を解いて、追加の何かを残しているのだと少女は考えていた。おそらく、それは犯人への手がかり。しかし、すでに少女は犯人を見つけており、その男を探すための手がかりも持っている。


 『……ジジジ、……キ、……オ……』


 少女に母親の掠れた声が聞こえた。息も絶え絶えで苦しそうだ。少女は耳を覆いたくなる気持ちをぐっと堪えた。もしかしたら、自分の知らない犯人のことが聞けるかもしれない。そして、


 『……あなた、を……あい、している、わ……』


 優しい母親の声が聞こえてきた



 『この……声を、聞いて、いるんだ、ったら……きっと……結界を、といたのね。さすが、ね。あなたの……こと、だから……じぶん、ひとりで……といちゃった、のかしら。それとも、だれかを……たよった、のかな。魔女としては、……だめなん、だけど……おかあ、さんは……だれか、をたよってくれてたら、うれしいなぁ』


 

 声は徐々に細く、弱くなっていく。少女は、予想外の内容に呆然としていた。その赤い瞳には大粒の雫が溜まっている。



 『ごめん、なさい。……キ、オ。あなたを……ふつう、の子に、うんで……あげられなくて。でも、……どうか、どうか……しあわせに。ちゃ、んとごはん、を食べて……からだ、に……きをつけ、て……信頼、できる、人を……みつけて、どうか……しあわせになって。キオ』





 音声はそこで途切れていた。もう、その後に続くメッセージはなかった。

 


「……お……かぁ、さん」


 少女の母を求める声がする。少女の瞳からは涙がこぼれ、頬に何本もの筋ができていた。少女の感情が堰を切ってあふれ出す。


 


 「お、かあ、さん!いや、いやよ!ひとりにしないで!ひとりは寂しいよ!いかないでよ!おかあさんっ!!おかあさんっっ!!」


 少女は大声で泣いていた。四年間、ずっと心の奥に留めていた言葉を口にしながら。



 そうして日付は変わる。少女の十六歳の誕生日。静かな森には少女の泣き声がこだましていた


 目一杯の母親の愛に包まれながら――




 


 


 

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